第1章 15 『ひとり』
「はっ!」
声の主から目で追えないほど鋭い斬撃が繰り出される。蜘蛛の魔獣はなすすべもなく脳天を切り裂りさかれた。そしてその美しいほどに平らに切られた頭から大量の血とよく分からない体液が噴出する。
しかしシゲルはもう最初の頃のようには驚かず黙って塵と化していく魔獣を見ていた。正直もう慣れてきた。なんせかれこれ二週間、休まずに毎日討伐に来てこの光景を見続けて来たからだ。
「そろそろ帰るぞ」
蜘蛛の魔獣の脳天を切り裂いた張本人、カムシン·ヴァークが尋ねてきた。シゲルはすでに傾いている日を見ながら
「はい」
と答えた。シゲルは今日初めてカムシンと討伐に来た。十日前くらいにセルメントと討伐に来てからはずっとラックかローザだったが今日は二人とも用事があるとのことでティアナの両翼の一人カムシンと来た次第だ。
カムシンはあの二人とは違い一緒に討伐をしてくれた。とは言っても日がとっくに傾いているのにこの蜘蛛の魔獣が一体目の討伐だった。それは一週間くらい前くらいから森にいる魔獣の活動が全くなくなってしまったからである。セルメントの推測では恐らく森に潜んでる六角魔獣が全魔獣にそう伝えたからこうなってしまったらしい。だから今天使は皆必死になってその六角魔獣を探しているのだが全く見つからないでかれこれ一週間も過ぎてしまっている。
「早くしろ」
上から声がした。上を見るといつの間にかカムシンはもう飛行していた。シゲルも急いで飛ぶと同時にカムシンの手にさっきまで握られていた武器を思い出す。
カムシンは魔獣と戦うとき天剣を使っていた。しかしその剣はセルメントの真剣やラックの刀ではなく両方に刃があり真ん中を持って戦う両刃剣を巧みに使っていた。珍しいと思うと同時にセルメント達が言っている天術使いは少ないと言う言葉が本当かどうか疑いたくなるほどの割合で、シゲルの周りの人達は天術を使用出来る。
そして飛行開始十分くらいの時、カムシンは西の方を指さして
「先に帰ってくれ。俺は向こうの街に用事があるから」
そう言い残して去ってしまった。シゲルは一人で家に帰ると、まず天使用のスマホで本部に一匹討伐と報告する。便利なもんだな、と思いながらシゲルは冷蔵庫を開いて、先日大量に購入した食材を見て作るものを決める。
「よし、ポトフでも作るか」
そう呟いて慣れた手つきで食材をカットし始めた。
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夜十時、シゲルははもう床についていた。それは疲れたというのもあるけれど、何より明日が楽しみで仕方がないからだ。なんせ明日からはなんとたった一人で討伐に行っていいという許可が下りたからだった。いざと言う時のサポートがないことに少し不安を感じるが、正直今の自分なら初日に倒したサソリくらい余裕で討伐できる自信があった。事実シゲルの戦闘力は慣れてきたことで、大幅に上がっている。
(早く明日が来ないかな)
そう心を弾ませながらシゲルは眠った。明日、シゲルにとって生死をさまようほどの出来事が起こるとも知らずに。
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目が覚めると七時ちょうどだった。いつものように顔を洗い歯磨きをしてからリビングで昨日の残り物を食べる。そして天使の服に着替えてから家を出た。セルメントの家やリーク塔などに寄らず直接森へ向かう。
飛行すること三十分、ついに森に着いた。しかしシゲルはさらに飛行を続けて森の深くへ降り立った。いざ森で迷子になっても飛べばいいため迷う心配もない。シゲルはウキウキした気持ちで魔獣捜索を開始した。
捜索の仕方はラックに教えてもらったやり方でしている。いわゆる力技だ。木と木の間を高速で走り抜け、ツタからツタへ飛び移り、川を跳び越えて進む。しかしやはり隠れているのか、魔獣は全く見つからない。
一時間くらいそれを繰り返すと少し疲れてきた。小川の前に座り込み小休憩する。
(不思議なもんだな)
シゲルは今の生活をそう思っていた。最初せルメントから誘われて来た時はどうせ長続きしないだろうとかすぐに地上に帰ると思っていたが、今やこの生活に慣れてしまって、最後地上に言ったのはもう一週間くらい前のことである。
(この先の人生どうなってしまうんだろうか)
そんなことを考えながら水を飲んでいる時突然
「うわぁぁぁぁぁ」
「逃げろ、逃げろー」
などの悲鳴がシゲルの耳に入ってきた。
(多分五百メートルくらい先だ)
シゲルは急いで立ち上がり悲鳴が起きた方向へ全速力で向かう。そして辿り着いたのはシゲルも何回も魔獣とやり合った経験のある、木がなくてぽっかりと空いている空間へ出てきた。そこには四人の天使と両手は鎌状で六本の足が生えている。巨大カマキリのような魔獣だった。
しかしシゲルは一目見て思った。これは今までのとは訳が違うと。圧倒的威圧感、そしてカマキリの魔獣から発される殺意、シゲルは足がすくんでしまった。
奥の方では天使四人が応戦しようとしていた。だがカマキリの魔獣が鎌を一振りするとそれだけで、最前線で戦っていた天使と構えてた盾が吹っ飛び、二振り目は後ろで剣を持って構えていた天使にあたり軽々吹き飛ばされた。
「やっぱり無理だ!全員退却!」
後ろで後方支援をしていた男が大声で叫び、こっちに向かって走ってくる。ほかの四人も様々な方向に逃げる。
(やつから、やつから背を向けて走るな!)
シゲルは四人にそう伝えたかった。しかし声を発することすら出来なかった。そしてカマキリは落とした盾を拾うために少し逃げ遅れた一人に向かっていく。右の方の大鎌を振り上げた。
「やめろー!」
シゲルは怯えながらも無我夢中でカマキリに向かって走り出した。盾を拾った天使はこちらに向かって必死に走り出した。
しかし振り下ろされたカマキリの鎌は遠慮なくその天使の首をはね飛ばした。
天使は楽な仕事じゃない 滝藤氷弥 @ZERN
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