第1章 13『反撃の拳』
ぐっと足に力を入れて姿勢を低くする。限界まで溜めてからシゲルは最大限力を込めて、爆散させるように足を蹴りつけてミミズへ突貫していく。
ミミズはこちらに向かって何発もの毒を放ってくる。シゲルはさっきのような横っ飛びはしなかった。
(ビビっちゃダメだ。怖がっちゃダメだ。恐れてちゃ何も始まらない!)
そう自分に言い聞かせてから、シゲルはまっすぐ突き進んでいく。毒と毒の間をすり抜け、さらに姿勢を低くして毒を回避したり、右左に交互にステップしたりして毒を回避する。
(よし、もう少し)
もう少しでミミズの懐へ入ることが出来る。しかしミミズに近くなっている分、吐き出した毒のスピードも上がっている。
(おそらく残りの距離的に出せる毒は一発。これさえ回避すれば···)
シゲルは右手を今度こそ当てようと強くにぎりしめる。ミミズは頭を少しだけ仰け反ってからしげるに向かって特大の毒を真正面に吐き出してきた。しかも結構な速さで向かってくるため、風の抵抗を受けて、毒は平べったくなり面積が広がっている。
(ここで止まったらダメだ。くぐり抜ける!)
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
叫びながらシゲルはもう地面すれすれまで体を低くして、思いっきり走る。毒と地面の間、そこにある僅かな隙間めがけて、足を前に出してスライディングした。全身が軋むような感覚に襲われたが、なんとか顔スレスレで避けることに成功した。痛みに構っている余裕もない。
シゲルすぐに状態を起こしてミミズの胴体めがけて突っ走り、僅かに光る右の拳でミミズの真ん中あたりを殴りつけた。拳はミミズの柔らかい肌にくい込んでいった。そしてシゲルは拳をくい込ませたまま、さっきの勢いも止めずに走り、ミミズの胴体をくの字にしてから、右腕をぶん回すことによってミミズを思いっきり奥の大樹へ叩きつけた。
派手に全身を木に叩きつけられたミミズは、そのまま倒れ崩れた。
(やったのか?)
恐る恐るミミズに近づいていく。ゆっくり近づいてもミミズは微塵も動かない。さらに近づいてあと十メートルくらいになった時、ミミズは急にうねり出した。
(死んだフリかよ、こいつら戦闘本能ありすぎだろ!)
そんなことを思いながらシゲルは体制を整えるべく、後ろに大きく飛び退いた。しかしミミズは意表をつかれたシゲルに追い打ちをかけるべく、少しうねった反動だけで低く跳ねて、そして最小限の動きだけでこちらに全身を叩きつけてこようとする。
(どこに逃げる。右、左?いや、逃げてたらまたあいつの思うつぼだ!)
そう一瞬で判断したシゲルは上から迫る、巨大なピンク色の体を天拳で迎え撃った。
ものすごい質量がシゲルを押しつぶさんと、上から振り下ろされた。
「うぉぉぉぉ!」
シゲルは振り下ろされたジャストのタイミングで拳を上に突き上げて、その攻撃を受けた。その瞬間シゲルにミミズの全体重がかかった。しかも勢いに乗っていたためその威力はシゲルの予想をはるかに超えるものだった。ただでさえボロボロになった体に負荷がかかる。片膝が地につく。体はもう限界まで負荷がかかっている。しかしシゲルはまだ諦めなかった。
(ここで倒れちゃダメだ。天使としての任務を遂行するんだ)
「グォォォォォォォォ!」
シゲルは叫び天拳を左へとずらしていく。徐々にずらされていったミミズの体はそのまま拳の軌道にのり、右へと少しズレた。そして至近距離で落ちてくる少し右へ寄ったミミズの体を、シゲルは当たる寸前で左へと跳ぶことで回避に成功する。
ズドーン、と大きな音を立ててミミズの体が地面に叩きつけられた。シゲルは体制をすぐに立て直しすぐにミミズの顔めがけて跳んだ。まだ怯んでいるミミズはシゲルの一撃に対応できない。
シゲルは顔面の前まで跳ぶと、右手をひいて少し溜める。顔と言っても目もなく口しかないミミズの顔は、まるでシゲルを睨みつけているかのように感じられた。しかしシゲルは攻撃を緩めたりはしない。殺しにかかる。
「終わりだ!」
そう叫んでミミズの顔を粉砕すべく、自身が出せる精一杯の一撃を顔面に叩きこんだ。右手がミミズの柔らかい顔にめり込んでいく。ミミズの顔が裂けていく。ミミズは仰け反り倒れた。粉々になった顔面からは血が大量に噴き出して、周りが血の海になる。
「やっと終わった」
シゲルはそう思って振り返りずっと観戦していたラックの方を見る。その瞬間
「避けろ!」
ラックが叫んだ。それと同時に後ろからなにかの液体が首元に少しかかった。後ろを見るとミミズの体の一部が裂けて、そこから緑色の液体が噴き出していた。 しかもそれは少ししか裂けていなかったためかなりの勢いだった。
それを確認した途端シゲルは全身が動かなくなり崩れ落ちる。ラックはゆっくり近づいてからシゲルの横に座ると
「安心しな。あのミミズの毒は一分くらい治るからしばらく大人しく横になってろ」
そう言った。シゲルはとりあえずひと安心する。そして
(迂闊だったな)
と最後の最後に気を緩めてしまったことを猛省する。ラックは口も動かせないシゲルの前で
「それにしてもよくやったな。あのミミズ結構強くて天使でも何人かパーティーを作って挑むのにな。本当に新人って思えないくらいの動きだったぜ。特に最後は·····」
そんな調子で茂のミミズ討伐について褒めてくれる。
シゲルは笑みを浮かべたり、相槌をうったりしたかったが顔の筋肉もすっかり固まっているため出来ない。
その時、シゲルの唯一動ける目に恐怖の光景が写った。ラックの後ろ十五メートルくらいのところの地面が静かに盛り上がり始めた。そしてそこからはピンク色の肌がどんどん見えていく。そして物音ひとつ立てずに土から出てきたのは、なんとさっきシゲルが討伐したのと全く同じミミズの魔獣だった。
(後ろからミミズが来ます)
そう言いたがったが言葉には出来ない。ラックはまだシゲルに向かって話しかけている。
(頼む。気づいてくれ)
ミミズはあと十メートルくらいの所で体を大きくくねらせ始める。シゲルの時のように跳ぶのだろう。そんなことを思っているとラックがピタッ、と話すのをやめた。
「ねちねち面倒だな」
そんな言葉がシゲルの耳に届いた時、もうラックは目の前から消えていた。そしてミミズの方を見るとラックの姿はミミズの先にあった。いつの間にか持っている刀にはなんの汚れもついてない。シゲルは速すぎるラックに目が追いつかず、何が起こったのか全くわからなかった。しかしその時ミミズの体が傾き出した。
よく見るとミミズの体の上半分が徐々にずれだしていった。その断面は平面で大量の血が綺麗にミミズの肌に沿って零れていく。グシャリ、そんな音を立ててミミズの半分が崩れ落ちた。そして塵へと変わっていく。
「ふぅ、お疲れ」
そう言って近づいてくるラックは余裕で笑っていた。
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「ここが夢幻の祠か」
「なんだかおぞましい建物ね」
確かに周りには一本の木どころか雑草の一本もないほどの荒地だ。最後の町から一時間もかかるほど果てに来たセルメントとティアナは無限の祠の前にいた。もう日は傾き始めていた。
「それで、どうだ?」
「うん間違いない。私の気配の加護に強く反応。間違いなくここにいるわ」
「分かった。連中が出てこないうちに早く帰るぞ」
「ええ、そうね。今夜はどこかに二人で泊まりましょう」
「ああ」
そう言って二人は夕焼けの空を全速力で飛び始めた。
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