第1章 11『力試し』

刀がシゲルの首を狩り取ろうと迫ってくる。唯一対抗できるかもしれない天拳は発動準備みたいな状態だ。


(クソっ、なんで···。こんなところで死ぬのか)


まだ天使になったばかりなのに。これからっていうのに。なんでこんなところで···。そんなことを思いながら目をつぶっていた。しかし自分の首は一向に飛ばされる気配はなかった。


恐る恐るゆっくり目を開けると、持っていた刀はどこえやら、片手を腰に当てたラックが普通に立っているだけだった。


「悪ぃ驚かせちまって。でもお前の実力を知るためには必要だったんだ」


「·····」


「さっきも言った通り俺は天刀しか使えない。だから魔獣の相手している時あんまり守れねぇんだ」


「そうゆうことでしたか····。本当に斬られるかと思いましたよ」


「まぁ、今のは本気の一撃だったからな。じゃ、出発するか」


玄関へと歩いていくラック。その背中を見つめながら考える。


さっき自分の首を刎ねようとした一撃。あれが大天使のトップの一撃。それを目の前で見れたのはとても運がいいと言えるだろう。昨日のローザのサソリに向かって放ったあの魔術の威力、さっき見せられた一瞬で音もなく首を刈りとる剣の技量、多分今の自分では真正面からやったら相手にもならないだろう。シゲルはとりあえずこれからの目標としは彼らとまともに渡り合得るほどの実力をつける、ということにした。


「なーにぼーとしてるんだ。早く行くぞ」


靴を履き終わったラックは急かすようにシゲルを呼ぶ。シゲルは急いで玄関に向かった。




************************




「よし、まず頑張って魔獣を見つけないとな」


「なにか手はあるのですか?」


「野生の勘」


「·····」


「おい黙り込むなって。仕方ないだろ」


森の入口でラック両腕を頭の後ろにまわし、シゲルにそう言う。


「そういえば昨日はローザと討伐に行ってたんだっけ?」


「はい。三体討伐できました」


「あーあ。あいつの加護があれば便利だもんな」


「ローザさんは今日何してるんですか?」


「有給だよ。有給。マイペースのやつだからこんな忙しい時とかお構い無しに休みやがる」


そう言うとラックは森の中へと歩き出した。シゲルも後を追う。ラックは数歩歩いたところで、振り返りシゲルに向かって


「ついてこいよ」


そう言った。なんのことだろうと思っていると、ラックはいきなり森の中の道を走り始めた。それも、もの凄い速さで。


シゲルも全速力で追いかける。しかし、天使となり能力を解放したことによって、とても身体能力が向上したシゲルの全速力は、軽々そうに走っているラックと同じくらいで、差は一向に縮まらない。


するとラックはなんと跳躍して木の枝をつかみ、ターザンするようにして、森の中の道から外れて進んでいく。まるでオラウータンのようだった。


シゲルは幼いころ公園の木でターザンみたいなことをしようと思ったら枝が折れて、思いっきり尻もちをついてしまったことがあり、正直このようなことはトラウマになっていたが、身体能力の上がった自分の運動能力を信じて、ラックに続き木の枝から枝へ飛び移っていった。


その後三十分。川を岩の上をつたって超えていったり、蔓がたくさん絡まっているエリアを斬りまくって進んでいったりと、とんでもない速さでラックは自然の中を進んでいく。しかも相当手際がいいように見えた。感知能力がない天使はこうやって自力で探すんだとシゲルは昨日ローザに言われたことを思い出した。


そしてさらに三十分がたった頃、木々を超速でかわしていたラックが急に止まった。シゲルもしばらくして追いつくとそこには昨日のような、木が生えてない場所にたどり着いた。広さは直径三十メートルくらいの円型だ。


しかしそこには何もいなかった。なんでラックは止まったのだろうと思っていると、


「気配を少し感じる。気を付けろ。何かがくる」


シゲルはラックの方を見ると、いつの間にか両手に天刀をかまえていた。


(二刀流···)


かっこいいなと思い見ていると、


「しっかりと天拳構えてろ」


と言われたためシゲルは、手に力を込めて天拳を発動させた。一向に気配を感じないシゲルは、ラックの勘違いだと思いラックの方を見た途端、ラックがシゲルに向かって


「来るぞ!」


と叫んだ。


(どこからくるんだろう)


そう一瞬頭に過った瞬間、地面にいきなりヒビが入った。


「うわっ」


「くっ」


両者反対の方向に飛び退ける。シゲルがそこからさらにおどいたのはそのヒビの中からなんと巨大ミミズのような魔獣が出てきて、シゲルの方に近づいできたからだ。


その魔獣の体には横線が無数に刻まれている上に、皮膚は赤茶色で少し透けている。まるでミミズをそのまま拡大したようなものだ。歯もなく獲物をいくつも丸呑みしていそうな巨大な口を大きく開いていた。


ミミズは全身地面から抜け出すと、その恐ろしい容態でシゲルの方に向かってきた。一瞬ラックの方を見ると、ラックは刀を握っているにしてもないにしても両手を組んでこっちをじっと見ている。また昨日のローザのように観戦して、ピンチの時だけ助けろとセルメントに指示されているんだろう。


シゲルの五倍ほどの背丈の巨大ミミズは、口を大きく開けて体勢を低くし、体を高速で捩らせることで結構な速度でシゲルの方に突進してくる。


シゲルは限界まで引き寄せてから、あと数メートルのところで横に跳ぶ。そしてミミズの柔らかく、弾力性のありそうな胴体に狙いを定めた。


ミミズはシゲルの速さについてこれていない。やっと頭をこっちに向けた。


(遅い!)


シゲルはミミズのがら空きの胴体に向かって、今自分が出せる最速の速さで突撃する。


(いける!)


そう確信した時、ミミズが「ペッ」と何かをこちらに吐き出した。ちらりと見ると、それは緑色をした液体だった。本能が避けろという。シゲルは右足を思いっきり前の地面に蹴りつけることによって勢いを何とかなくし、左足も踏み込んで後ろに飛び退いた。しかしバランスを崩し転んでしまった。


前を見るとさっきシゲルがいた場所の辺りに広く放たれていた、緑色の液体は地面を「シューシュー」溶かしている。


(やっぱり一縄筋じゃいかないか)


シゲルは姿勢を少し低くして、戦闘体制をとる。


討伐二日目。巨大ミミズ討伐開始。

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