第1章 7『正常者に生き物は殺せない』
全身がヒリヒリして痛い。しかしさっきから叩きつけられたりされた割には、骨折などをしている気配がない。肉体も天使になって能力を解放したことによって、大幅に強化されたらしかった。
五回目の巨大サソリへの突撃。茂は何も無策で突撃したわけではなかった。サソリはまたしても反転して尾の先を茂にぶつけようとする。しかしもう四度も見た攻撃のため慣れた。姿勢を極限まで低くすることで避ける。
そして茂はサソリの懐に入りこんだ。そしてサソリの硬い殻に覆われた胴体は狙わずなんとそのままでは低い姿勢を維持して、サソリの短くて太い足を狙った。足も殻で覆われていたものの、体ほど分厚くないことは見ただけで分かった。
サソリは素早く尾を立たせて、三日月状の先っぽをこちらに向けて、毒針を放出するものの、茂は前に走ることでその毒針を避けて、さらにその勢いでサソリの十本くらいついている足のうち、三本に思いっきり天拳を叩き込んだ。サソリはあまりの痛さに、声にならない声をあげて横に倒れ込んだ。茂は前に転がりサソリの顔の前に立つ。サソリは目をひん剥いて、しかも動くことも出来ないようだった。
茂はサソリを殺すためもう一度天拳を出す。そしてそれをサソリの体のうち、唯一殻で覆われていない顔に叩き込もうとした。拳をふりあげる。そして振り下ろしサソリの顔面を破壊、とはならなかった。茂は拳を振り下ろさなかった。いや、振りおろせなかった。
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拳を振り上げたまま硬直する茂にローザがよってくる。茂は拳を下ろしローザを見て言い訳するかのように言う。
「すみません、僕には出来ません」
その声はかなり掠れていた。天使になる時、多少覚悟したものの、いざ実践となると人は簡単に生物を殺すことは出来ない。
「······」
「僕じゃやっぱり天使なんて、務まらないんでしょえうか」
「あなたはもし殺人鬼と子供がのどちらかが死ぬ状況だったらどちらを助けますか?」
「·····?」
今度は唐突な質問に茂が黙ってしまった。
「このサソリの魔獣は人に会ったら間違いなくなんのためらいもなく殺すでしょう」
「····!」
「最初からなんの躊躇いもなく生物を殺せる人はただの殺人鬼です。でも平和とこれ以上の犠牲をうまないためには必要な行為なのです。その意味を理解していて殺すのと理解していないで殺すのでは意味が全く違います」
「········分かりました。覚悟が出来ました」
そう、自分はこの天界という世界を守るため天使になったんだ。
そして拳を固く握る。手が光り天拳を発動する。
「ウォォォ」
掛け声とともに拳をサソリの顔面にめり込ませる。サソリは顔が破壊され大量の出血をしで崩れ落ちた。
そのうちどんどん原型が保てなくなって、塵となっていく。茂はそれを見つめて、しっかり脳内に焼き付けた。
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「そのまま動かないでください、動いたらヒールポイントがズレるので面倒です」
「は、はい」
今茂はローザに治療してもらっている。その距離が間近、というか五十センチくらいしかないのでとても緊張してしまう。目を合わせることさえ出来なくて視線は常に斜め後ろだ。
ローザは両手を茂の傷口の前に添えて、両手から青白い光を出している。どんどん傷は無くなっていった。
「あの時、もしあなたがなんの躊躇いもなくサソリを倒していたら、私はあなたを天使としては優秀と評価していても、人として軽蔑していたでしょう」
「·····」
急な褒め言葉かどうか分からないような言葉をかけられても茂は返答できなかった。そして茂の体中の癒えたところで、
「次、行きましょう」
と言ってローザはすぐに立ち上がると森の方へ歩いていく。
「ま、待ってください」
茂も走ってローザに着いていく。
まだ魔獣討伐は始まったばかりだった。
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「それで今回掴んだ情報は良い速報、なんてことありませんよね?」
「当たり前だろお前、この状況下でいきなり集められて良い情報なんて有り得ないぜ。そうだろセキさん」
「な、何も全て悪い情報という訳でもないぞ」
「でも、悪い方が多いんでしょう」
「う、うむ。まぁそうだな。しかし天使を代表する四大天使がそんなことを愚痴るのではない。早く本題に入るぞ」
「はいはい」
「実は今日朝に起こった事なんだが、なんと六角魔獣のうち五体が森から抜け出したらしい」
「はー、まぁ予想はしていたんだがな。なんせ六角魔獣はIQも高いらしいし」
「どこに向かわれたのですか?」
「突破された場所の近くを守っていた天使によると北の方角に逃げたらしい」
「他には?」
「その天使によると自分が見たのは五匹の巨大な魔獣とその中に一人人間が混ざっていたということです」
「おそらくその人が今回の魔獣騒動を起こした張本人ということで間違いなさそうですね」
「ああ、どこの誰だかわからんがとんでもないことをしおって」
「で、俺ら天使がやることはまず森の魔獣と何故か残った六角魔獣の一匹を倒すことだな」
「そういう事だ」
「それで、セキさん。私たちを呼んだってことはもっと凄い情報起こったんですよね?」
「む、流石鋭いな」
「そのくらいわかりますよ」
「それじゃ本題に入ろう。1時間くらい前にあの魔獣研究所の襲撃で唯一生き残っていた職員が目を覚ましたらしい。そしてとても厄介なことが判明した。それは魔獣同士が脳内でやり取り出来るらしい」
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