第1章 5『死にもの狂い』
「もう一度出せるか?」
セルメントが茂に聞いた。
「はい」
「ちょっともう一回出してくれ。威力を試したい。全力で殴れ」
(何を?)
茂がそう思った瞬間茂の目の前に一つの十五センチ×十五センチくらいの正方形の形をした氷の板が突然出来た。どうやらこれを全力で殴れって言うことだろう。
茂はもう一回天拳を出すべく集中する。するとさっきの二分の一くらいの早さで右手が光り始めた。これも慣れなのかなと思うと同時に、少しでも集中を切らすと無くなるので雑念を振り払う。
そして氷で出来たと思われる板を見つめる。茂は喧嘩などをあまりしなかったため、殴り方などを全く知らなかったがなんとなく体が知っている気がする。
氷の板に向かって右半身を少し下げて体を傾ける。そして「スーハー」と少し大きめな深呼吸をしてから左足で思いっきり踏み切って、右手を全力で前に突き出す。
郡の板と激突する。鈍い音が本の匂いが充満するこの部屋に響く。茂は空気が振動したのを肌で感じた。と同時に自分がこの振動を起こせたことにも驚きを感じた。
そして前を見る。手応え的には粉々に砕けたような感じだった。しかし前を見てみると、そこにはまだ氷の板が宙に浮かんでいた。中心部から周りにかけて、ヒビが入っていたもののまだ形を保ってる。
(やっぱりまだ天人になったばかりだからだめなのかな)
そう茂は思ったが、二人のコメントは茂が全く予想だに死ながったものだった。
「マジかよ。すげぇ威力だな」
「十分だ」
「え、ヒビ入っただけですけど」
「セルメントの氷を割れるのは天使でも大天使くらいしかいない。それをお前は一発でヒビを入れた」
「これは後が期待できるな」
どうやら凄いことをしたらしい。そんなことを思ってると目の前のヒビが入った氷の板が消える。そこには何も残らなかった。
************************
「それじゃそろそろ討伐に向かうか」
セルメントは、そう言うと扉の方へゆっくりと歩き始める。茂は、スナプスからバッチや忘天銃を受け取るととびらの方へ向かった。扉の前まで来るとセルメントは、戸を開けて一回振り返って言う。
「お前も明日から前線にでて討伐手伝えよ」
「出来たらそうするよ」
スナプスがそう答えるとセルメントは、今度こそ部屋から出ていく。茂も振り返って「失礼しました」と言ってから退室する。
セルメントは元来た道、と言っても一本道なのだがそこを歩き入ってきた自動ドアの前に立つ。そしてこちらを見て
「まず服を着替えよう」
そう言ってセルメントは純白の天使の服を上下渡してくれる。それはまるでタキシードみたいだったが、なかなか着心地も良かった。そして銅バッジを右胸につける。つけ終わると
「よし行くか、今日は俺が一緒について行ってやるから」
とセルメントが言った。しかしその途端どこからか携帯の着信音が聞こえてきた。さっき貰った茂の携帯では無い。どうやらセルメントのものだった。
セルメントは電話に出ると「えっ」と言ってから何度か頷いたり「はい」と言ってから切った。
そしてまたもや茂の方を向くと
「悪ぃ、緊急会議に呼ばれた。今日は行けないと思う」
「一人で行くなんて無理だよ!」
「だよなー。でも討伐組はもう向かってるだろうし」
セルメントは、しばらく考え込んでいると「待てよ、マイペースのあいつなら」などと独り言を言って誰かに電話をかけた。
「今どこにいる?うん。よかった。今からこっちきてくれ。リーク塔の二十階だ」
と言ってから電話を切った。するとその十秒後くらいに自動ドアが開き一人の女性が入ってきた。
真っ白い髪に黒い瞳。色白の肌に上は茂たちと一緒の服で、下は白いロングスカートを履いている。無表情な顔はどこか可憐さがあり、雪のように白く透き通るような美しい髪の毛を後ろにだらんとおろしている。そして服の右胸には銀のバッチがついている。
女は茂をちらりと見るとセルメントに顔を向けぶっきらぼうに質問する。
「こちらの方は?」
「ほらこの前言ったろ。地上に天使になる適性があるやつがいるって。今天使になったんだよ」
「了解致しました」
すると今度は、茂に体を向けると
「初めまして。大天使にして天使軍第一将、セルメント·ガブリエル様の両翼が一人ローザ·クルトです」
無表情のままそう言われた茂は少し緊張してしまい
「は、はい、よろしくお願いしまふ」
と噛んでしまった。そんな茂を無視してローザはセルメントと話し始める。
「彼の能力は?」
「天拳だ」
「なるほどそれは珍しい。どれくらい使いこなせてますか?」
「俺の氷にヒビを入れるくらい」
「分かりました」
「じゃあ悪いけど今日は一日茂と組んで討伐に向かってくれ」
「了解致しました」
「じゃ、あとは頼むぞ」
セルメントは、そう言うと自動ドアに背を向け反対向きに歩き始めた。その背中がずいぶん小さくなってからローザは、
「私たちも行きましょう」
と言って自動ドアの方へ歩き始める。茂はまさかと思い聞いてみる。
「えーと、すいませんローザさん。ここから飛び立つとかではありませんよね?」
「いえ、そうですが」
「じゃあセルメントみたいに風魔法で飛ばしてくれるんですか?」
「いえ、私は風魔法を使えないので自力で飛んでください」
「いや、さっき天使になったばかりなんでとびかたとかわからないんですけど···」
少しだけローザの顔が険しくなった。
「天拳が使えるなら飛ぶことなど容易なことです。肩から翼が生えてそれを羽ばたかせるイメージをすればいいのです」
茂は説明こそ理解したもののいきなり二十階から飛ぶなんて度胸は、さすがに持ち合わせていなかった。
そのため茂はこんな提案をしてみる。
「一階に降りてから少し飛ぶ練習させて貰えませんか?」
するとローザは、「はぁ」とため息をついてから手を招いた。茂はローザの方へ行く。自動ドアまで一メートルくらいの地点に立った。
「あのー何をするんでしょう?」
返事は帰ってこない。ローザは右手をドアの方へ伸ばす。自動ドアが開く。ローザは茂の方へ寄ってきた。
(何をするんだろう?)
そんなことを思っていたその瞬間、茂は後ろから軽い衝撃を受けて前に押し出されていた。
「えっ」
気づいた時にはもう宙に放り出されていた。下には硬そうな地面が待っている。前のローザが
「死ぬ気になればできるはずです」
と無表情で言ってくる。それを聞いたが最後。茂の体が垂直落下を始めた。
************************
アスファルト出来たと思われる地面がどんどん近ずいて来る。体にとてつもない風を浴びてている。昔やったバンジージャンプより何倍も怖い。なんせ命綱もなく頭から落ちていくのだ。このまま行ったら間違いなく頭から落ちて死ぬだろう。
茂はそれだけは絶対に嫌だと懸命にさっきローザに言われたことを頭で繰り返す。
(翼を出す、翼を出す。はばたかせる)
しかし体は一向に上昇しない。もうあと三十メートルをきっただろう。浴びる空気はどんどん重くなり、自分の落ちるスピードもどんどん早くなっていることも感じる。茂は必死に雑念を振り払い飛ぶことに集中する。
(はばたかせる。はばたかせる)
するとなんと加速が止まったのを茂は変わった。少し上昇する力が働き始めたのだ。しかしまだ落ちるのは変わらない。あと二十メートルくらいのところでついに減速に成功した。茂は集中し続ける。疲労で頭が痛くなってくる。しかし茂は茂は上昇するのを諦めず翼をはばたかせるイメージをし続ける。なんせ集中力が少しでも切れた時点で間違いなくお陀仏だからだ。
あと十メートル。茂の体はだいぶ減速していた。しかし位置エネルギーは変わらない。おそらく着地は、出来ないだろう。なんせ頭から落ちていっているのだ。
「ウォォォォォ!!」
茂は最後の力を振り絞って上昇しようとする。
そしてついにあと三メートルの地点で、落下が止まった。茂の体は一気に上昇していく。不思議なくらい体が軽く感じられる。集中力も少し落としても体が上昇出来る。
(こりゃもう本当に人間じゃねぇな)
そんなことを思っていると隣に茂を無慈悲にも突き飛ばした当人、ローザが飛んでいた。
「死ぬところでしたよ」
茂は少し皮肉ったつもりで言ったのだったが、
「死ぬ気になれば人間なんでも出来ます。そもそも天拳が出せるのに飛べないこと自体おかしいんです。それに風魔術を張っていたので死ぬことは有り得ません」
そこまで言われれば茂はぐうの音も出ない。ただ黙って前に飛ぶローザの背中を追うことしかできなかった。
両者無言のまま飛び続ける。ローザは前に飛んでいるため茂を導くと同時にどうやら話す意思はないらしい。茂もわざわざ話しかけにいって、途中で話題が途切れてさらに気まずくなることは避けたいので、話しかけにはいかない。
下は大通りで賑わっていた。色んな商店や出店があり、子供たちが走り回っていたり、ベビカーを押す母親がいたりと地上とあまり変わらない風景が広がっていた。
そのまま五分くらい飛んでると何やら高い壁みたいなものが見えてきた。近づいて見るとそれがただの壁ではなくこの街を大きく囲む壁であるということがわかった。しかし壁と言ってもとても分厚く作られており上には幅五メートルくらいのスペースがある。今茂達が飛んでいるのが高度五十メートルくらいなのだがその関門は、茂達より三メートルくらい下にあった。
セルメントが言っていたように、もし戦争が起こった時にここで防衛するのかなと茂は推測する。
そして壁を超えるとそこにはさっきの景色とうって変わって辺り一面に草原が広がっていた。そして、途中いくつか壁で囲まれた街をポツポツと見つけながら無言で飛び続けること三十分。ついに茂の視界に森が入ってきた。その森は奥が見えず一見無限に広がっているように見える。まるで一度入ったら出られなそうな樹海のようだった。
森の手前でローザが下降を始めた。茂も一緒に下降する。そして地上に降りて真っ直ぐ森に向かって歩き出した。
森の前には一人の天使がいた。胸に白いバッチを付けている。どうやら小天使らしい。森にいる魔獣の包囲係だろうか。
ローザはそのまま直進して森に入っていく。茂もそれに続く。森には意外とくま一匹くらいは通れそうな道があり、そこを歩いていく。
そして三分くらいその道を行くとローザが急に止まった。そして、両耳に包み込むように手を添える。
「どうしたんですか?」
尋ねて見るも返答は来ない。十秒後くらいすると
「こっちです」
と言って道を脱線して気が生い茂っている中を歩き始めた。
「本当にこの道であっているのですか?」
質問をするもやはり返答はない。その後そのまま木時の間を木の葉を踏みながら歩くと何やら木がない場所にたどり着いた。
そしてその奥には巨大なサソリがこちらを睨んでいた。
体中硬そうな甲羅で覆われていて、尻尾の先端は三日月状になっている。そして両手には巨大なはさみがついていて、ガチガチとカスタネットのように鳴らしている。
「あれを倒してみてください」
ローザはそう言うと後ろ向きに飛び茂より少し後ろの場所で浮いた状態で止まった。どうやら本当に一人で倒さねばならぬらしい。
最初の任務巨大サソリ討伐開始
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