文化祭を前にクール系女子の好感度を上げようと奮闘するお話

西 勇司

好感度

 三日後に控えた文化祭を前に起きた、小さなハプニング。

 演劇で使う小道具がちょっとした不注意でいくつか壊れてしまったのだ。まだ時間はあるし、量もそこまで多くはない。小道具係のリーダーである俺は放課後に修復作業を1人で受け入れることにした。

 そう思っていたのだが……。

「なんで、お前がいるの?」

「いいから、手伝わせて」

 これ以上の発言は許さないといった表情をしている彼女は同じクラスの涼香だった。長い黒髪をなびかせ、美しくも鋭い瞳をした涼香は、2つ合わせた机を隔てて俺と向かい合って作業をしていた。たしか、涼香は劇のメインヒロインだったはずだが……。

「舞台の練習はいいのか?」

「台詞はもう全部覚えたから……」

 涼香の手つきが先ほどより速くなった気がする。ふと顔を見やると頬は少し紅潮しているような気が……。ふと涼香と視線が合ってしまい、鋭い瞳が俺を捉える。

「何か、私に用でもあるの?」

「ッ……!いやっ、ないっす……」

「早く手を動かしたら?」

「おう……」

 言われるがままに、俺の作業も再開させる。

 見ての通り、とにかく冷淡で素っ気なくてかなりキツい。でも、最近はどうも目の前のコイツのことが頭から離れられない。普段はクールな涼香が彼氏だけに対してデレデレするところを見せたら……。

 なんてことを妄想しては、現実に引き戻されて、また再び……といった感じで循環して葛藤してしまうのだ。

 本当にコイツがデレなんて見せるのだろうか……。

「なにジロジロと見てるのよ」

「えっ、あーいや、悪い悪い」

 いや、やっぱりありえないわ……。

 それでも、見たくなるのが男の性ってやつだろうな。是が非でも好感度を上げておきたい。上手く会話を弾ませようと、接触を試みる。

「舞台の調子はどうだ?」

「ええ、順調ってところかしら」

 手元の作業をしながら淡々と応える。

「舞台はこのまま成功しそうか?」

「誰かさんがアクシデントを起こさなかったらね」

「うっ……」

 相変わらずの耳が痛くなる毒づきである。

 本当にコイツの好感度なんてどうやって上げろというのか。無理難題を押し付けられている気がする。

 とりあえず俺は偶然を頼りに、会話(俺が一方的に話しているだけ)を続けてみることにした。


 そんな偶然が起きたのは、教室に夕日が差し、沈みかけようとしたときだった。

 俺は次の作業に取りかかろうと指示書に目を落としていた。

「えーっと……、次はこれか」

 はさみ、はさみっと……あった。

「……画用紙をこの形に切るっと」

 指示書を見ながら俺が手を伸ばしていた瞬間だった。

「……ひゃっ」

「……おっと、悪りぃ!」

 涼香の妙に冷たくて細い指がぶつかってしまった。慌てて手を引っ込めて涼香を見ると、折り紙で飾りを作っているらしかった。

「すまん、先に使ってくれ」

 そう言って、涼香は下唇を噛んで俺をにらむと、はさみをささっと拾い上げた。

 はさみは諦めて別の作業に取りかかるか……。

 それからしばらく、先ほどのことが思い起こされて気まずくなり、沈黙して作業を進めることになった。


 その後もお互いに黙っていたが、最後の作業が終わり、沈黙を破る。

「やっと終わった~!!」

 ようやく作業から開放された俺はほっと胸を撫で下ろす。凝り固まった手足をほぐすようにぐーっと伸ばした。

 安堵する俺を横目に、涼香は平坦な声で呟く。

「最初から黙ってやっていればすぐ終わってたのに」

「まあまあ、こういうのもいいじゃん」

 ニカッと笑ってごまかす俺とは反対に、涼香は黙々と演劇の台本に目を落としている。やがて、パタンと閉じると、涼香はすっと立ち上がった。

「すっかり暗くなったのね。私たちも帰りましょうか」

 廊下を歩く人影がちらほらと見え始めた。そろそろ下校時刻らしい。涼香はパチッと教室の電気を全て消すと、廊下から漏れた光でドア付近が照らされた。俺はそこに演劇で使うための小道具がぎっしりと詰まっているダンボール箱を見つけた。涼香がそのダンボール箱をゆっくりと持ち上げたのを見て、俺も席を立って、涼香の元へ歩み寄った。

「それ、代わりに運ぼっか?」

「いいの? すごく重たいけれど」

 その心配げな眼差しに俺は声を出さずに頷きを返す。受け取る際に、細い指が触れたけど、顔に出ないよう努めた。

「1階の会議室でいいんだよな?」

「ええ、そこでお願いするわ」

 2人はどちらからともなく、教室を後にした。


 廊下に出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。

 涼香の方をこっそり見やると、どうやら俺の腕を凝視しているらしい。

「俺の服に何か付いてるか?」

「いいえ、……あなたって意外と力持ちなのね」

 どうやら、俺の筋力に感嘆しているらしい。

「男子なら、これくらいは当然だろ」

「あら……、そう」

 むしろ女子に持たせては男が廃るというものだろう。


 話し込んでいるうちに下駄箱がある玄関まで着くと、俺の方から話しかける。

「これを置いてくるけど、先に帰っててもいいぞ?」

「いいえ、校門前で待ってるわ」

 たしか、帰る方向は違うはずなのに待つ必要はあるのだろうか。

「いいって。先に帰っ」

「いいえ、待つわ」

「お、おう……」

 俺の言葉を遮るほど、涼香は待って伝えたいことでもあるのだろうか。

 疑問に思いながらも、俺は会議室を目指した。


 やがて校門前まで近づくと、涼香は校門に背中を預けて、静かに佇んでいたのを見つけた。街灯に照らされながら待つ彼女は、なぜか目を引いてしまう不思議なオーラを放っていた。それでも、意を決して涼香に話しかける。

「すまん、待たせて悪かったな」

「気にする必要はないわ。私は駅の方角だから」

「ここでお別れだな。今日は手伝ってくれてサンキュな」

「私の方こそ……、んんっ、当然のことよ」

 涼香は軽く咳払いをして、訂正する。暗くてよく見えないが、頬が少し紅潮しているような気がした。

「じゃあ、さようなら」

「おう、また学校でな~」

 と、俺の言葉を聞くなり、涼香は正面を向き、おもむろに歩き始めた。

「よっし!」

 小声で小さくガッツポーズ。

 以前よりも明らかに話せるようになったぞ! 好感度は案外、高いのかもしれない。勇気を振り絞って、声をかけてみる。

「あ、あのさ……!」

 少し先を歩いていた涼香に話しかけると、こちらを振り向いてくる。

「まだ、私に何か用かしら」

 続きの言葉が出ない俺を不思議に思ってか、疑問の瞳が俺を捉える。よし、これならいけるぞ!

「よかったら、これからイタリアンレストランでも行かない?」

「ごめんなさい、イタリア料理は苦手なの」

 そう言って、俺の誘いを断る。

 どうしてイタリアンにした、俺は!?

 もっとオシャレなカフェとかにしとけばよかった! 今の、センスないとか言って絶対嫌われたよな!

 せっかく上げた好感度が逆戻りじゃねえか!

 涼香は頭を抱えて落胆する俺を横目に、口の端をニッと吊り上げると、再び歩き去っていった。

「ちくしょおおおおう!!」

 俺の甲高い悲痛の叫びが夜空に響き渡った。

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文化祭を前にクール系女子の好感度を上げようと奮闘するお話 西 勇司 @nishi_yushi

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