第1話 私が壊れた時

私が世の中の残酷な真実に気付いてしまったのは、小学校4年生の時だった。


私は昔からどちらかというと気の強い性格で、「やられたら3倍返しでやり返せ」という母の教えを、1つ年上の兄よりも忠実に守っていたような子供だった。

例えば、女子のスカートを捲っては茶化しながら逃げる男子生徒を、どこまでも追い掛けては捕まえ、相手が諦めて謝るまで離さなかったり。

意地悪を言ってきた男子には、言われた意地悪を3倍にして言い返したり。

とにかく気が強くて活発で、遊びと言えば近所の公園で駆け回るか、裏山へ探検に行くか、川や海の潮溜まりで魚を捕まえるか。

そのせいで今では考えられない程日に焼けていたし、まるでゴボウのように痩せていたので、遠目で見ると男の子と間違える人もいたくらいだった。


小学校4年生。10歳という年齢は、子供から半歩程、大人に近付いていく時期だと思う。

男女がお互いを男女として少しずつ認識し出す頃で、今まで気にならなかったお互いの“見た目”なども、ちらほらと意識し始める。


この頃友達だった“ハルちゃん”は、小さくて色白だったけれど、日に焼けるとすぐに赤みが出てしまう肌質で、顔がいつも真っ赤っかだった。

だから男子からよく「猿!猿!」とからかわれては泣いていたが、小学校4年生の頃から、いきなり男子たちが彼女に優しく振る舞うようになった。

「アイツ可愛いよな」と、ハルちゃんを指差してこそこそ話をしている男子を見掛けた時、なるほどそういうことかと納得した。

ハルちゃんは小さくて細くて、目がクリクリとしていて確かに可愛らしい顔立ちをしていた。

その男子たちの突然の異変にハルちゃんは戸惑っていたけれど、やがて全てを理解したように“イイ女アピール”をするようになった。

今まで気にしていなかったシャンプーを甘くていい匂いのものにしたり、薄く色の付くリップクリームを使ったり、肌が赤くならないように日焼け止めを塗りだしたり。

「ねぇ、ハルって“ハナナ”に似てるんだって。ねぇ、まーちゃんはどう思う?」

“ハナナ”は当時人気だった女性アイドルで、言われてみれば確かにちょっと似てるかも。

そう思ったから、私は「本当だね。似てるね」って言った。

そしたら、「ちょっと茉由梨(まゆり)ちゃん!」と、怖い顔をしたカナちゃんとアヤコちゃんに無理矢理腕を引かれて教室の外に連行された。

何事かと驚く私に、カナちゃんは怖い顔を更に険しくさせて、「ハルにあんなこと言っちゃ駄目じゃん!調子に乗ったらどうすんの!」と激しく捲し立てた。

その勢いに押されて、私の口から勝手に「ごめん」という言葉が滑り落ちる。

「もう2度と言っちゃ駄目だからね!」と念を押され、私は素直に頷いた。

けれど、その日を境にハルちゃんはますます“調子に”乗り始めてしまったのだ。

「ハルってハナナに似てるよね?」

「う、うーん、うん?」

どう答えるのがベストなのか、答えはいつまでも見付からないまま、曖昧な返答を繰り返す私。

それを見ていたカナちゃんとアヤコちゃんは、「もっとハッキリ言え!」という鋭い視線を寄越してくるし、ハルちゃんの取り巻きの男子からは、「似てるって言えよ!」っていう言葉を暴力のようにぶつけられるし、それはそれは大変だった。

けれど、本当に大変だったのはこの後で、ある日、ひとりの男子が無邪気な悪意を含んだ顔付きで私に近寄ってきたと思えば、教室の皆がいる前で、ハッキリと言ったのだ。

「お前、自分がブスだからって僻んでるんだろ!」

一瞬、教室内はシンと静まり返った。

だが、次の瞬間には子供たちの甲高い笑い声が鼓膜を激しく揺らした。

私の顔は真っ赤になって、頭に血が上り、すぐに「違う!」って否定してやろうと思った。

だけど、できなかった。

声が出なかったのだ。

子供の無邪気な悪意は、鋭利なナイフと一緒だ。

心を一瞬で傷付けて、息の根を止めてしまう。

私は黙って教室から逃げ出したけれど、その次の日から、私は事あるごとに「ブス」とからかわれた。

確かに、私は可愛らしい顔立ちをしていた訳ではなかった。

THE・日本人といった古風な顔立ちで、目も鼻も口も小振りで地味な作りだった。

しかも髪は剛毛なくせ毛で、色は黒いし背は高いし、ゴボウみたいな体型だし。

皆が言う通り、私は“ブス”なのかもしれない。

そう思ったら、顔を上げて歩くことが怖くなった。

いつもうつ向きがちになり、背が高い分それは皆の目には不気味に映ったのか、「ブス」呼ばわりはますます深刻になっていく。

ついに同じ女の子たちからも、直接口では言わないがそんな扱いを受けるようになった。

そんな日々の中、気が強くて活発だった私は徐々にその目を閉じ、ゆっくりと死んでいった。

意地悪を言われれば石のように固まり、悪戯をされても知らないふりをし、口数も随分と減ってしまった。


『大人になるにつれ、世間からの評価は顔で決まるようになる。可愛くないと、この世界では強く生きていけない。』

そんな事を強く思い知らされ、大人になっていくことに強い恐怖を覚えた。


小学校4年生。それまで私を彩っていたものが、全て壊れて朽ちてしまったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る