ラブレターン

黒うさぎ

ラブレターン

 放課後。

 遠くから聞こえる野球部の掛け声や吹奏楽部の演奏が静かな校舎に響く。


 山岸は一人、下駄箱の前にたたずんでいた。

 脈打つ鼓動はまるでマラソン後のようで、不思議な高揚感に思考が支配される。

 誰もいないか周囲を確認する素振りは不審者のそれであるが、幸か不幸かその事実を指摘する者はいない。


「スゥー……、ハァー……」


 誰もいないことを確認すると深呼吸をし、下駄箱の一つに一通の手紙をそっと入れた。


 それは山岸の溢れ出る想いの丈を綴った文章。

 いわゆるラブレターである。


 山岸は同じクラスの佐伯に恋をしていた。

 きっかけはなんてことはない。

 グループワークで隣の席になった佐伯がみせた、柔らかな微笑みが忘れなかった。

 ただそれだけだ。


 自分でも単純だと思う。


 佐伯は明るい性格をしていて、誰に対しても分け隔てなく笑顔で接する。

 だからあのとき山岸に向けられた笑顔にも、特別な意味がないということはわかっている。

 微かに残っている冷静な部分が勘違いするなと警告してくる。


 だがそれでも、この想いに蓋をすることはできなかった。

 好きになってしまった気持ちを誤魔化すなんてできなかった。


 それからというもの、気がつくと佐伯のことを視線で追いかける日々が続き、そして現在に至る。


 やり遂げた満足感と不安を胸に、山岸は眠れぬ夜を過ごす。


 ◇


 そして次の日。

 山岸は手元にあるラブレターを見て、呆然としていた。


 朝、登校して下駄箱を開けると、そこには一通の封筒が入っていた。

 一瞬もう返事がきたのかと驚いたが、よく見ると見覚えのある封筒である。


 それはわざわざ今回のために山岸が通販で購入した、若葉のイラストが描かれた封筒だった。


 ラブレターが突き返された。

 つまりそういうことなのだろう。


 だがしかし、諦めきれない山岸は「佐伯が封筒を用意できず再利用した可能性」というあるはずもない望みにかけることにした。


 急ぎトイレの個室にこもり、震える手で封筒を開く。

 そして中に入っていた手紙を見る。


「は?」


 思わずすっとんきょうな声が漏れる。

 それは紛れもなく山岸の書いたラブレターだった。

 ただし、赤ペンでビッシリと添削されていたが。


 これはどういうことだろう。

 断るだけなら断る旨を書けば良いし、あるいは突き返すだけ、なんなら無視すれば良い。

 しかし、添削されたとなると途端に意味がわからなくなる。


 まさか書き直しということだろうか。

 もしそうならつまり、書き直せば受け取って貰えるのでは。


 その日家に帰った山岸は、よくわからぬままラブレターの書き直しを行った。


 ◇


 それからというもの、ラブレターを出しては添削されて返ってくるという奇妙な日々が続いた。

 単純な誤字脱字から始まり、熟語の誤用やより良い表現のアドバイスなど、まるで通信教育を受けているような気分だ。

 しかしそれも見方を変えれば、まるで佐伯と文通をしているようでこそばゆかった。


 教室での佐伯はいつもと同じようにみえた。

 タイミングがあれば普通に山岸にも挨拶をしてくる。

 ラブレターを受け取った側の反応としてはあまりに平然としすぎている気がする。

 だが、だからといって本人に確認するような度胸は山岸にはなかった。


 そしてこのやり取りにもついに終わりを迎える日が訪れた。

 いつものように下駄箱を開けると、そこに封筒がなかったのだ。


 基本的にラブレターを出した次の日の朝には、添削された状態でUターンしてきていた。

 今までこんなことはなかった。


 つまりこれはどういうことか。

 もしかしたら、遂に受け取ってもらえたのではないだろうか。


 柄にもなく小さくガッツポーズをすると、軽い足取りで教室へと向かった。


 ◇


 その日の休み時間、トイレから戻ると椅子の上に四つ折りにされたノートの切れ端が置かれていた。

 もしやと思い、周囲にみえないよう隠しながら広げると、そこには『放課後、図書室へ』と一言だけ書かれていた。


 差出人の名前はないが、タイミング的に考えてまず間違いなく佐伯からだろう。

 つまりこれは返事をするための呼び出しだ。


 図書館というのが気になるが、そういえば佐伯は図書委員だったことを思い出す。

 山岸はあまり図書館を利用しないのでわからないが、きっと放課後の図書館というのは二人きりになるのにちょうど良い場所なのだろう。


 ラブレターを添削する、されるの関係とはいえ、そんなことをわざわざするということは脈があるはずだ。


(今日の放課後には佐伯さんと恋人に!)


 浮かれた思考のまま、とうとう放課後を迎える。


 はやる気持ちを抑え、不審に思われないよう冷静を装って静かに図書館へと向かう。


 そして扉の前で呼吸を整えると、静かに扉を開けた。


「いらっしゃい、山岸君」


 はたしてそこにいたのは佐伯ではなく、クラスメイトの橘だった。


「橘、さん?」


 予想外の人物に思考がフリーズする。


 いったいどういうことだろう。

 あの呼び出しは佐伯ではなく、橘からのものだったということだろうか。


(まさか橘さんは俺のことを好きなのか?!)


 橘との接点はそれほどないし、もちろんこうして放課後に呼び出される理由もない。


 ということはつまり、これは橘が俺に告白をしようとして呼び出したに違いない。


(橘さんは確かにかわいいと思う。

 クールで、ひそかに男子人気が高いことも知っている。

 だけど俺が好きなのは佐伯さんなんだ。

 嬉しいけど、ここはきっぱり断るのが橘さんのためだろう)


 暴走する山岸の思考。

 しかし、残念なことにそれを止めることができるものはいなかった。


「山岸君、はいこれ」


 そういって差し出されたものを見て、山岸は目を丸くした。


 それはもはや見慣れた、若葉のイラストが描かれた封筒だったのだ。


「今日の分を読ませてもらったけど、これなら問題ないと思うわ。

 成功するかはわからないけれど、少なくとも山岸君の気持ちはしっかり佐伯さんに伝わると思う」


「……どうして橘さんがこれを?」


「ここまでの山岸君の頑張りは、私が一番よく知ってるわ。

 だから最後くらいは直接応援してあげようと思って」


(つまりこういうことか。

 俺は佐伯さんに宛てたラブレターを毎日橘さんに添削してもらっていたという……)


 同級生女子に己のラブレターを毎日添削される。

 そのあまりの羞恥に山岸は膝から崩れ落ちた。


「最初、ラブレターがラップで書かれていたのをみたときは思わず頭を抱えたわ」


「いやーーーーーっ!!」


「ちなみに佐伯さんの下駄箱は私の左隣よ」


「うわぁーーーーっ!!」


「図書館では静かにしなさい」


 その日、とある男子生徒の悲痛な叫びが校内にこだまし続けたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラブレターン 黒うさぎ @KuroUsagi4455

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ