人狩り ~朽ち果てた標識~

澤松那函(なはこ)

人狩り ~朽ち果てた標識~

「これはなんぞや」

「この曲がった矢印はどういう意味ぞや」

「分からぬ。全くわからぬ」


 異形たちが私の前で群れている。

 様々な生物の特徴を寄せ集めたような連中だ。

 最近は人間よりもこうした精霊と呼ばれるものや言葉をしゃべる獣をよく見かけるようになった。


 以前は多くの仲間が舗装されたアスファルトに立っていた。

 今では私以外の同族を見つける事は叶わない。

 それを私は寂しいと感じているのだ。


 Uターン禁止の道路標識であるはずの私は、今意思を持っている。

 人間の学者によればそうらしい。この世界を覆っている大樹の一部となったが故、私にも意思が生まれたのだと。


 意思が生まれたころには、すでに錆だらけになっていた私だが、それ以上錆が広がっていかない。

 大樹に取り込まれた影響なのだそうだ。

 もっとも私は言葉を発する事も出来ないし、身じろぎ一つ出来はしない。

 ただここに立ち尽くして眺める以外に何もない。


 とは言え、見られるだけ幸せだ。

 考えられるだけ幸せだ。

 少なくとも私はそう感じている。


 過去の記憶というやつも持っているのだ。

 人間たちに何が起きたのかも知っている。

 何かが来て、文明を蹂躙した。今よりもはるかに進んだ技術を持っていた人類をもってしてもそれらを駆逐するのは困難であった。


 数十年に及ぶ戦いの末、何かは滅ぼされた。しかしその代償に地球は深手を負ってしまった。

 人類としても苦渋の決断だったのは間違いない。致命傷を覚悟しなければ絶命するしかなかったのだから

 地球の受けた傷を癒すために、大樹が生まれて星を覆いつくしていった。

 その過程で私も大樹の一部に取り込まれたのである。


 当初人類は、大樹の謎を解き明かそうと躍起になっていた。私の元を訪れる人間もかつては大勢いた。

 とはいえ、彼らは旧文明の人類とは比較にならないほど脆弱な技術しかもっていない。

 その技術も文明が崩壊するたび、人間の数が減るたびに、失われていった。


 科学技術を失った人間は、幼子のように脆い。

 大樹の作り出した新しい環境に適応できない人間は次々に淘汰された。

 今ではどれほどの数が居るのか。少なくとも億は居ない。

 現在の私は大樹とつながっているおかげで人間の存在を大和にいる人間を認識できるのだ。

 一人一人数えるには、いまだ膨大すぎる数が生息しているが、星の支配者としての勢いは数千年前に失われているし、今後取り戻す日も訪れないだろう。


 時間は無慈悲なまでに一方通行でUターンを許してくれない。

 衰退と黄昏の道をUターンし、繁栄にハンドルを切ることはもう二度とありえない。

 歴史は、どう足掻いても一度歩んだ時点で引き返す事も進路を変える事も許されない。


 今の人類は、自分たちが自然の一部であると受け入れている。

 そういう人間たち以外は生き残れなかったのだ。文明に固執せず、今日を懸命に生きたものの子孫が今の人間だ。

 失ったモノは多すぎるが、得たモノも少なくない。

 


「あんたら何してるのさね」


 一人の青年が私の前でたむろする精霊たちに声をかけた。


「ヒスイ殿。おお、人ならば知っているかもしれない」

「ヒスイ殿、これは何というものだ?」

「そうさね。看板のように見えるがね。大樹に取り込まれているようだから、あんたらなら大樹に聞いた方が早いさね」


 精霊たちはいっせいに抗議の声を上げた。


「それではロマンがないのだヒスイ殿」

「これがなんなのかを自分たちで感がねばつまらないのじゃ」

「大樹に聞いて得た答えなど意味がない」

「俺に聞くのは、ロマンの範疇なんかね……」


 呆れ顔の青年だったが、精霊たちは嬉々として踊り出した。


「どうせヒスイ殿は知らないのじゃ」

「そうじゃそうじゃ。知らないのを知っていた」

「だからここで一緒に考えるのじゃ」

「酒があるのじゃ」

「肴もあるのじゃ」

「さぁ飲みながら食べながら考えるのじゃ」

「まぁいいさね。急ぎの仕事はない。数日ここで過ごすのも悪くないさね」


 青年よ。私もそうだ。


「さて、これがなんなのか。そうさね。俺の考えは――」


 今の人類のほうが私は好きだよ。

 君たちの技術がなければ生まれえなかった私だが、それでも今の君たちのほうが好きだ。

 そんな身勝手なことを思いながら私は人間と精霊たちを見つめ続けた。

 彼らの宴の声と酒の匂いで、私も少し酔った。

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