第27話 羨ましい生

「夏ってなんで風吹かないんだろうね」


「吹いても生暖かいじゃん。うちわ持ち運べばいいんじゃない?」


「扇風機は持ち運ばせてくれないんだ」


 津田空那と伊藤駿が、シートの上でお弁当を食べながら話しています。

 なんでも、高校受験合格記念デートだとかで、山を登りに来たのです。

 とはいっても、もちろん本格的な登山ではありません。ハイキングです。ピクニッ

 クに来たのです。


「わっ!これ、梅干し?」


 津田空那が素っ頓狂な声を上げました。


「うん。あれ、梅干し苦手だったっけ?」


 伊藤俊が首をかしげます。


「いや、そうじゃなくてね。梅干しは好きなんだけど。これ、めっちゃ塩辛くない?こんなに辛いの初めて食べた」


「え、そうかなあ。うちいっつもこれだけどなあ。ばあちゃんが作ってくれるの」


「いやいや、辛いでしょ。おばあちゃんの手作りなんだ。おいしいけどさ、めっちゃびっくりしちゃった」


「無理そうならやめていいからね。他のもあるし」


「ううん、びっくりしただけだから。おいしいよ。ありがとね」





 あの後もしばらく談笑が続きました。そうして、暗くなってきたので家に帰りました。

 実況をしてはみましたが、どうでしょう。わたくしは話しなれていないものですから、聞きにくかったかもしれません。実況というのは難しいものですね。旅立った前evaから一度ぜひやってみなさいとのことだったのでしてみましたが、私には少々早かったようです。ですから、もう皆様にお会いすることはこれで最後でしょう。私は、前evaの『人間はいい。とてもいい。なんてったってご飯がおいしい』という最期の言葉を確かめてゆきたいと思います。なにしろ他のevaに出会ったことはまだ2回しかありませんから、前evaがどこに消えたのかも分かりません。しかし、人間の生の良さというものを感じられたら、なにか分かるかもしれないと思うのです。今のところはとりあえず、あの塩辛い梅干しというのはとても癖になる味でした。

 ここまでお聞きくださりありがとうございます。私はこれから、ひとりで楽しく、津田空那を見守ってゆきたいと思います。それでは皆様、良い生に出会えますように。

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EVA 巴菜子 @vento-fiore

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