第26話 プリンパフェ

「誰かわかんなかったよ。優ちゃん」


 ニヤッと笑って空那が言う。振り返ったそこにいたのは自転車に乗った優花だった。


「だって空ちゃん、最近そうやって呼んでくれないじゃん。私がこう呼んだら乗ってくれるかと思ってさ」


「呼び捨て嫌?」


「嫌じゃないけど・・・、呼び捨てってなんか寂しくない?ちゃんづけっていうか、あだ名?のほうが優しい感じがする」


 分かるでしょ?と言わんばかりの同意を求めるような目を向けてくる。


「いや、優花だって私のこと呼び捨てじゃん。それはどうなの(笑)」


「いやいやそれはさ、愛情表現じゃん?それだけ近しいと思ってますよ的な。ってまた呼び捨てに戻るじゃん。もうちょっと優しく呼んでほしいなー」


「さっき呼び捨ては愛情表現って自分で言ったばっかでしょうが」


「あたしは愛情表現より優しさの方が欲しいんですー。それに、あだ名から呼び捨てに変わるのはちょっとさあ。優花ちゃんから優花に変わったとかなら距離縮まった感じで嬉しいけどぉ」


「そお?なら優ちゃんって呼んでもいいけど、優花って呼びやすいってことに気づいちゃったからなあ」


 たぶんすぐに呼び捨てにしちゃうよ、と冗談ぽく空那が言うと、優花が「ちぇっ」と少し寂しそうな顔で言う。予想外の反応に空那は少し動揺したが、気付かないふりをしてすぐにまた返事を返す。

 あっという間に空那の家に着いた。久しぶりに二人きりで喋るこの時間に少し名残惜しい気持ちはありつつも、お互い勉強に追われる身なので立ち話も短めにさっさと別れる。


「受験勉強頑張ってね。まあ、空那の学力ならいけるとは思うけど」


「自信の持ちすぎは失敗のもとだし、まあ頑張るよ。でも万が一落ちたらそのときは清風受けるから、優花、絶対受かってよ」


「縁起でもないこと言わないでよ。空那なら絶対受かるって。それに、いくらなんでも清風はレベル下げすぎだから。海雲にしときなさい。いや、第一志望に受かるっていうのが一番なんだけど」


「そーねー。できるかぎり頑張りますよ。優花も頑張ってね」


「うん。私は私立だし、そんなに偏差値も高くないし、滅多なことでは落ちないと思うけどまあ頑張るとします。じゃね。ばいばい」


「ん。ばいばい。またね」


 そう言ってお互い手を振ると、優花は自転車に乗り、空那は見送りもそこそこに家に入る。

 リビングのテーブルに座ると、さっそく買ったばかりのプリンパフェを取り出し、牛乳を用意する。空那はなにか食べるときは必ず飲み物を用意する派である。飲み物がないと気持ち悪くなるらしい。


「いただきます」


 さて、このプリンパフェ、果物がどっさりのっている。いちご、メロン、ぶどう、みかん、などなど。空那はそんなことはお構い無しに、主役のプリンにスプーンを刺す。プリンの、少し生クリームがのった部分をすくい取り、口に運ぶ。


「美味しっ」


 一口目の余韻に浸りつつ、牛乳をコップに注ぎ、ゴクッと一口飲む。次にメロンに手を伸ばし、次にプリン、牛乳、みかん、プリン、牛乳、と、どんどん食べ進める。

 空那の手が止まる。目線の先にはポツンと残ったいちごが一つ。嫌いなのかって?そうではない。むしろ大好きだ。空那は好きなものは最後に食べる派なのだ。手が止まっているのは単に名残惜しいだけである。思い切っていちごを刺すと、2つに割れた。そのまま片割れをすくい取り、口に運ぶ。 よく味わって、飲み込む。そしてまた、もう一方をすくい取る。


「こんなに食べたら太っちゃうよなー」


 残されたいちごの片割れの気持ちを考えてやってほしい。最後に1人残されて、生まれる前から一緒にいた相棒も食べられ、相棒を食べた犯人は自分を食べないかのような台詞を吐きながらうっとりと自分に見惚れているのだ。きっと『いちごをばかにしやがって…!許さねぇ、末代まで呪ってやる』とか思っているに違いない。


「あー美味しかった。ごちそうさまでしたっ!」


 いちごの気持ちなどお構い無しにあっさり食べ終わった。そういえばいちごはヘタのほうから食べた方が美味しいと聞いたことがあるが、空那は丸ごと派だ。どれほど変わるのか、一度試してみたい。


 あぁ、こんなにも美味しそうなものが沢山あるのに見るだけだなんて、EVAとして存在するというのは罰か何かなのだろうか。辛すぎる。高いからといってあまり食べないお菓子も、テレビで観たフランスかどこかの予約殺到のケーキも、etc…。



 人間っていいなー。

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