第14話 引退試合

 前回の試合のとき同様、現地集合となったので、空那は体育館にいた。今日は1人ではない。新宮楓も時間通り来ている。

 なのになぜ空那が魂が抜けたかのような顔をしているのかというと、言うまでもなく先日のメッセージのことである。あのあと自分のしたことに気付いた空那は、しばらくの間、布団にくるまってもだえていた。夜もなかなか眠れず、次の日の朝は魂が抜けたようだった。


(試合観に行って疲れて頭がうまく働かなかっただけ。うん、それだけ。ほんとにそれだけ。大丈夫。別に伊藤のプレイが観たくなったとかじゃないし、彼女として目覚めたとかでもない。疲れてただけ)


(そもそも伊藤も急に誘ってくるとかどうしたんだろ。・・・そう、そうだ、あんまり急に誘ってくるもんだからびっくりしちゃったんだ。そうだよ。私は悪くない。伊藤が急に誘ってくるからだ)


 今も頭の中はすごく忙しそうである。試合を観に行くのに良いも悪いもないと思うのだが・・・。まあ、それで気が済むのならいいが、朝からずっとこんな調子だから困る。新宮楓に話しかけられても、ボーっとして半分聞けていない。それでも新宮楓はこんなことを言う。


「あぁ、大丈夫大丈夫。逆にごめんね、話しかけちゃって」


「え?」


 なぜ謝られたのかと不思議な様子で空那が聞き返すと、


「いや、だって空那ちゃん今まであんまり試合観に来たことないでしょ?折角来たんだから伊藤くんのこと見てたいよねー。私も最初の方はずっと理久ばっか見てたもん。ごめんごめん」


 と言う。鈴木に対しての好きだという気持ちをオープンにしすぎて、それを聞いている空那の方が少し赤くなっている。


「え、あ、うん。大丈夫だよ。別に伊藤を見てたとかじゃないし。なんかボーっとしちゃってただけだから」


「いいのいいの。恥ずかしがらなくたって。じろじろ見ちゃえ」


 訂正してもずっとこんな調子なので、空那の頭の中はいまだに大忙しなこともあり、まあいいかと訂正するのは早々に諦めた(じろじろという表現はちょっとどうかとは思うが)。

 まあ、そんなこんなで試合が始まり、最初は3年対2年からだ。


「理久ー!頑張れー!!」


 新宮楓が立ち上がらんばかりの勢いで叫んでいる隣で、空那はじっとボールを目で追っていた。ついさっきまであれやこれやとごちゃごちゃ考えていたが、試合が始まってからはすぐにボールに釘付けになった。隣に新宮楓がいるから安心感があるというのも1つの理由だが、なにより、ルールを覚えてから初めて観る試合だから面白いらしい。ボールを持っているのが伊藤でも、気にせずにずっとボールを追っている。


「え、今のファウルじゃないの?絶対あたってたでしょ」


「あれはファウルだよね!2年に対してなんか甘くない?」


 とか、


「今のってトラベリングじゃないの?3歩歩いてたじゃん」


「最初の着地は両足でも1歩でカウントされるんだよ」


 とか、空那が疑問を唱えるたびに新宮楓が答えてくれるという形式が出来上がった。約2年、理久の試合を観続けてきた新宮楓は、バスケは出来ないがルールは完璧らしい。

 空那から疑問がでることもほとんどなくなったところで、丁度昼休憩に入った。


「空那ちゃん、差し入れ持って行こ!」


 スポーツドリンクの入ったビニール袋を持って、もう片方の手で空那の腕を掴む。


「え、あ、あぁ。そうだったね」


 そう言って、休憩している部員たちの方へ行く。鈴木も伊藤も今はいないようだ。


「北口くんお疲れ~。はい、これ差し入れ」


「あ、これも、どうぞ」


「お、新宮ありがと。津田さんも。・・・伊藤見にきたの?初めてだよね?」


「え、いや、そういうわけじゃなくて、なんか知らないけど伊藤が急に誘ってきて、楓ちゃんも誘ってくれたから、せっかくだから行こうかなって思っただけで、別に伊藤を見にきたとかじゃないよ」


 空那があわてて答える。


「ふーん、そっか。とりあえず、差し入れありがと。昼飯、ここで食べんの?」


「うん。お弁当作ってきたからね。じゃね、頑張って」


「ん。ありがと」


 空那たちは、ご飯を食べるために中庭へと向かう。この学校の中庭は結構広く、ベンチがたくさん置いてある。そのうちの1つに腰を下ろすと、2人はお弁当を取り出して食べ始めた。

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