第13話 お兄ちゃんのせい

 待っても待っても新宮楓も鈴木理久も来ず、1試合が終わった。

 この練習試合は4校で行っていて、会場は空那たちの中学の体育館である。公立にしてはそこそこ広く、観覧席(といってもパイプ椅子を並べただけだが)が十分に設けられる。部員たちは舞台上で休み、試合を観に来た人が少しでも椅子に座れるようにしている。

 伊藤も例にもれず舞台上で休んでいるわけだが、これが空那の誤算だった。

 空那は3列ある観覧席の一番後ろの端っこに座っているのだが、舞台に近いほうの端っこに座ってしまっていたのだ。


(ここにうちの中学のチームの関係者たちが集まってたからってこっちに座るんじゃなかった。絶対見つかる。どうしよう)


 いやまあ帰れば済む話なのだが、もう軽くパニック状態でそんなことは考えられない。


(あっ新宮さんから返信だ。大丈夫かな)


『空那ちゃんごめん!今日いけなくなりました(;;)

 私から誘ったのにホントごめんね。なんか理久が調子悪くなっちゃったみたいで・・。連絡遅くなってごめんね(汗)伊藤くんのかっこいいプレイに免じて 許しておくれ・・。ほんっとにごめん!』


 鈴木理久の体調不良が原因でのドタキャンとのこと。『伊藤くんのかっこいいプレイに免じて』とあるが、新宮楓がいなかったせいで空那は誰のプレイもろくに観れていない。それなのに空那は優しいもので、


(良かった。新宮さんに何かあったわけじゃなかった。ならもう万事解決)


 などと思っている。万事解決はしていない。伊藤に見つかるかもしれないという危険は残ったままだし、今なんてメッセージに気を取られて警戒が薄れてしまっている。


「空那?」


「ひゃっ!?」


 驚いて振り向くと、そこには透也が立っていた。


「えっ、お兄ちゃん?なんで?」


「なんでって、後輩の応援。暇だったし。空那、1人?友達は?」


「ドタキャン。彼氏が体調崩したんだって」


 そう言いながら空那は内側の席に移り、一番端を透也に譲る。


「ふーん。で、1人で観てるわけか。普通帰るだろ。あ、彼氏がいるから?」


「違うし、何でそうなんのよ。連絡来たのがついさっきで、それまではもしかしたら遅れてくるかもしれないって思ってたから帰らなかっただけ」


「へぇ。じゃあ、別に駿のプレイには興味ないんだ」


「あるわけないでしょ。お兄ちゃんが来てなかったらもう帰ってた・・・。え?今誰って言った?」


「えぇー?駿のプレイには興味ないんだって言ったけど?」


 ニヤニヤしながら透也が答える。


「ちょっ、なんで知って・・・。あぁ、お兄ちゃん先輩だったね。そういえば」


「後輩の顔と名前くらい覚えてるよ。そんなに大所帯でもないしね。ってわけで、空那の彼氏が伊藤駿ってことはばっちり分かってますよ」


「あぁもぉ」


 空那がため息をつく。


「伊藤には知ってるってこと言わないでね?お兄ちゃんに喋ってるって思われたら嫌だから。いい?」


「はいはい、分かりました。言わないでおいてあげるよ」


「絶対だからね?」


 そんな会話をしていると、1人の男子が空那たちの方へやってきた。


「津田さんっすか?」


「おっ大谷じゃん。お前もう試合出た?」


「いや、俺はまだっす。彼女さんっすか?」


 大谷と呼ばれた男子は空那を見てそう聞いた。


「ん?ああ、いや違う違う。あっそうだ。空那、なんか差し入れ持ってただろ?今渡しとけよ」


「えっ、あ、うん。はい、これどうぞ」


 そう言ってここに来る前に買った塩レモン飴を渡す。


「あざっす。あ、津田さん、俺たぶん次出るんで、観ててください。ゴール決めてみせますよ」


「おう。3時まではいるから、それまでには決めてくれよ」


「次の試合で決めますって。あ、呼ばれたんでもう行きますね」


「おう。頑張れ」


 そう言って走っていく大谷を見て、空那はほっと胸をなでおろした。


「ねえ、大谷くんってお兄ちゃんが部員だった時まだいなかったんじゃないの?3年じゃないよね?」


「そうだけど、俺、卒業してからも結構顔出してるから。高校のバスケ部もそんなに練習だらけじゃないし」


「ああ、暇人だもんね、お兄ちゃん。良かったね、みんな受け入れてくれて」


「暇人じゃねぇし。あ、駿呼んでやろうか?」


「私が悪かったからそれだけはやめて」




 このあとも、こんな会話をして試合を観て透也に群がってくる部員達を警戒してを繰り返し、なんとか無事に3時まで持ちこたえ、ようやく体育館から脱出した。

 その日の夜、伊藤からこんなメッセージが届いた。


『津田、今日試合観に来てたんだって?』


 と。

 何故ばれたかというと、空那から差し入れを受け取った大谷が「津田さんの、妹さんかな?がくれました。彼女ではないって言ってたんでたぶん妹さんっす」と供述したそうだ。


「大谷の奴め。いや、それよりもわざわざ私に声かけてきた透也のせいだな」


 そんなことをぶつぶつ言っていると、また伊藤からのメッセージがきた。


『わざわざ観に来てくれてありがとな。飴も、美味しかった。あと、もしよければなんだけど、来週の木曜にある引退試合、観に来ない?もし今日見てみて面白いって思ったのならって感じだけど。新宮とか誘ってさ。あいつは絶対来るだろうし。まあ、もし用事がなければ、ぜひ、どうだろうか』


「来週の木曜か。空いてはいるけど、どうしよっかな」


 そのとき、もしかして見ていたのではというほどのぴったりのタイミングで、新宮楓からメッセージがきた。


『空那ちゃん、今日はホントにごめんね。

 ところでなんだけど、来週の木曜空いてるかな?バスケ部の引退試合があるらし いんだけど、一緒にどうでしょう?次は絶対にドタキャンなんてしないので、どうか、どうかもう一度チャンスを!!』


 空那は少し迷ってから、2人に返信をした。


「次こそはしっかりルール覚えて観よ」


 このとき自分が何をしでかしたのかを理解してもだえるのは、すぐ後の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る