第15話 引退試合2

 ご飯を食べながら喋っていると、新宮楓がふとこんなことを言った。


「空那ちゃんさ、伊藤くんの彼女とかそういうこと言われるの苦手?」


「え、なんで?」


「いや、伊藤くんがどうこうって言われたとき、上手く受け流せてないなって思って。もう1年くらい経つでしょ?伊藤くんがいじられてるのも結構見たことあるし。だから慣れてないっていうのも変かなって」


 空那がぎくっとする。


「い、いや、私自身はそうやっていじられること少なかったからさ。あんまりいじりやすいキャラじゃないらしくて。だから、1年たってもいまだに慣れないんだよね。それになんか、伊藤のか、彼女っていう自覚?っていうのがあんまりないっていうか。ずっと気の合う男友達っていう認識だったからさ」


 新宮楓が卵焼きをほおばりながら相槌を打つ。


「いじられるとさ、いやでも自覚しちゃうじゃん。別に嫌ではないんだけど、なんかむずがゆいっていうか」


 卵焼きを飲み込むと、新宮楓が口を開いた。


「分かる、って言いたいとこなんだけど、ごめん、私目立ちたがりだからさー。でも、空那ちゃんがそういうの得意じゃないっていうのは分かる。私なんかは注目されるの楽しんじゃうタイプだけど、空那ちゃんはそうじゃないイメージがある。」


 新宮楓は自分でうんうんと頷くと、真面目な顔でこう続けた。


「でも、あんまり動じなさそうな空那ちゃんがあわあわしてるのは可愛かったから、チャンスがあればまたいじりたいと思う」


「なんでそうなるの!まあいいけどさ」


 可愛かったと言われて照れたのを隠すように空那が笑った。




 引退試合が終わった。昼休憩の後、観戦に慣れた空那は、ボールだけでなく伊藤のプレイを観る余裕も出てきた。そうして伊藤を見つめていると、新宮楓に「もっと早くに観に来てればよかったって思ったでしょ?後悔した?」といじられていた。


「じゃ、帰りますか」


「え、鈴木くんに会ってかなくていいの?」


「いやぁ、後輩くんたちに囲まれてるし、それ終わったら後片付けあるだろうし、また後日かな。空那ちゃんは伊藤くんに・・・会いに行く必要ないね」


「みたいだね。あ、先に帰ってていいよ」


「いや、待ってるよ。空那ちゃんと喋りたいし。あ、時間は気にしなくていいからね」


 そう言うと新宮楓は体育館から出て行き、代わりに伊藤が空那の方に来た。


「あ、お疲れ様。すごいね、伊藤。ほんとにバスケできるんだね」


 空那の方から喋ったことに少し面食らったような顔をしたが、すぐに伊藤が答えた。


「そりゃできるよ。小学生のころからやってんだぞ。津田は観たことなかっただろうけど、これでも結構上手い方なんだからな。っていうかさ、津田ってバスケのルール分かんの?すっごい熱心に観てたみたいだけど」


「え、私のこと見てたの?試合観ろよ」


「いや、客席が向かいにあるんだから見えるだろ、普通に」


「はいはい、そうですか。ルールはね、試合観に行くってなってからお兄ちゃんにルールブック借りて覚えた」


 それを聞いて、伊藤がえ?と聞き返す。


「1週間くらいしかなかっただろ?まじで覚えたの?」


「うん、覚えたよ。あ、いや、基本だけね?トラベリングとかダブルドリブルとか」


「それは、そうだろうけど。基本だけじゃなかったらさすがに恐れ入るわ」


 そこで伊藤が一瞬黙り、もごもごと喋り始めた。


「いや、まあ、なんていうか、今日、来てくれてありがとな。・・わざわざルールまで覚えて」


「うん。いや、こっちこそ誘ってくれてありがとね。結構楽しかったし。それにまあ、楓ちゃんにも誘われてたしさ。ルールは、せっかく観るなら覚えたいなって思っただけで、自分のためだし」


「そっか」


「うん」


 お互いに言葉が見つからず、沈黙が続く。その沈黙を破ったのは、空那でも伊藤でもなかった。


「駿!お前も椅子運べよな。ごめん津田さん、こいつ借りてく」


「あ、うん、どうぞ。じゃあね」


「あ、ちょっと待って」


 伊藤は帰ろうとする空那を呼び止めると、肩にまわされた北口の腕を解いた。北口は「早くしろよ」と伊藤の背中を軽くたたくと、またパイプ椅子を運びに行った。


「何?」


「あ、いや、あのさ」


 呼び止めたものの、なかなか言葉が出てこないらしい。


「何?楓ちゃん待ってるから、早くして。ほら」


「あの、今度の日曜って空いてる?」


「うん、空いてたと思うけど、なんで?」


「その、花火大会があるんだけどさ」


「ああ、知ってる。神社のとこの祭りでしょ?1人で行くの寂しくて行くのやめたから忘れてた」


 鈍感なのか全部分かって言っているのか、空那がそう答える。


「一緒に行く人いないってこと?」


「うん、そうだよ。みんな塾とか旅行とか忙しいんだって」


 それを聞いた伊藤の表情が少し明るくなり、ついに言った。


「じゃあさ、俺と一緒に行かない?」


「え、伊藤とって、2人で?」


「うん、2人で、行かない?」


「え、と」


 空那がおろおろしていると、北口の「伊藤、まだかー?」という催促がかかったので、伊藤は「じゃ、またな。あ、返事は当日までにメッセージ送ってくれたらいいから」と言って北口の方へ走って行った。


「花火大会って、デート、だよ、ね?今8月だから、9か月ぶり、か。え、なんで?なんで急に?試合とか花火とか、なんで。・・・そうだ、楓ちゃんに相談しよ」

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