第10話 天然?な兄

駅近くの住宅街に建つ、津田家。その二階の部屋で、スマホを見つめてニヤニヤしている女子おなごが1人。


「お兄ちゃん、これは何ですかぁ?」


空那が、2つ上の兄である透也とうやに向かってスマホをつきつけながら問う。


「え、何って?え、うそ、うわっ、頼むから消して。お願い。なんでよりによって空那に送っちゃったんだ、俺」


透也は、空那の兄であり、現在高校2年生で同級生の彼女がいる。バスケ部でレギュラーメンバーではあるものの、チーム自体はあまり強くはない。だが、成績も優秀で、運動神経も性格も良く、イケメンとまではいかないが整った顔立ちをしているため、モテる。

そんな彼が、間違えて妹に送ったメッセージがこちら。


『次は来週の土曜日にある』14:07


『来てくれるの?』14:08


『わくわく(イヌのスタンプ)』14:08


そう!これは!彼女宛のメッセージである!この男、実は相当なドジであり、何も無いところでこけ、目玉焼きに砂糖をかけ(普段は塩)、レタスを千切りにする(キャベツを切れと言われた)。だが、メッセージなんてものはそのままの画面で返信すればいいだけである。そのままの画面で返信すれば、間違っても妹に送るなんて失態を晒すハメにはならなかったはずだ。


「いや、カレンダー確認するために1回閉じちゃったから」


「ちゃんと確認しなよ。そもそもそれまでにしたやりとり見れば分かるでしょ。そーいえば、井口いぐちさんには送ったの?」


透也が「あっ」と言って口に手を当てる。井口さんとは、彼女のことである。


「まさか、送ってないの?」


「忘れてた」


「今すぐ送れ。私にメッセージがきてからもう15分以上経ってる。ほら、早く」


空那に促され、透也がスマホの電源をいれる。


「催促がきてる」


そう言いながらメッセージを打つ。


「そりゃそうでしょうね。怒ってない?」


空那が画面を覗き込む。


『津田くーん』14:15


『おーい(クマのスタンプ)』14:24


『日程表見つからない?』14:29


「うわ、井口さん優しすぎる」


透也の彼女には、しっかりした性格と寛容さが求められる。今回のように返信か遅れることなどは、透也の性格上よくあることだからだ。そのくらいで怒っていたら心がもたない。


「ねえお兄ちゃん?なんで謝らないわけ?いきなり『見つかった』だけはおかしいでしょ」


「え?だって怒ってないし」


「怒ってないって、井口さんが試合の予定聞いてから30分も経ってるんだよ?『ごめん、おまたせ』くらい送れ」


「別に、井口いぐちはいつもこのくらいで怒んないし」


「いつも?まさか、いつもこんなに待たせてんのか?」


「いや、たまにだよ、たまに。言葉の綾。途中で別のことが気になっちゃって、ってときあるじゃん」


「そのときはちゃんと謝ってるんでしょうねぇ」


「そりゃ謝ってるよ。俺が勝手に夢中になったんだから」


「今回は相手がそう仕向けたんだから仕方ないって?」


「いや、そういう訳じゃないけど」


透也がそう言うと、空那がため息をついた。


「じゃあ謝れ。そういうことが積み重なって振られる前に謝れ」


「え、振られるって、それは嫌だ」


「嫌だったらさっさと謝れ。待たせてごめんねって送るだけでいいんだから」


空那にそう言われ、透也が慌ててメッセージを送り出す。


「いくら井口さんが優しいからって甘えてちゃダメだよ、お兄ちゃん」


「気をつけるよ。ところで、空那はどうなの?彼氏いるんだよね?」


急な質問に、空那が慌てる。


「え、、ちょ、、な、なんで?言ったっけ?」


「去年、井口と出かけたときに見かけた」


「うっわ、まじか」


「うん。で、どうなの?上手くいってる?」


「いや、全く。連絡はまあくるけど、一緒に出かけるとか2回しかしたことないし」


空那が少し早口になる。


「付き合い始めたのもその場のノリみたいなもんだし、考えてみれば、そもそも相手が付き合ってるって思ってるかも分かんないし、それに、友達でいれたらいいかなって感じで別に好きとかじゃないし」


だんだん視線が下がっていく。一呼吸置いて、ぱっと顔を上げる。


「まあ、お兄ちゃんたちみたいなカップル感はないかな。ってことでお兄ちゃん、くれぐれもメッセージの誤送信には気をつけてね。お母さんとかに送ったら最悪だよ」


「うん。それはほんとに気をつける。お父さんにはもう送ったことあるけど。最初の頃に」


「え、最悪じゃん、なんて言ってた?」


「お母さんには送るなよって。恋バナ大好きだからなって」


「ほんとにね。彼女のこと言ったときことあるごとにいろいろ聞かれてたもんね。私も気をつけよっと。では、おじゃましました」


そう言って透也の部屋を出る。自分の部屋に戻り布団を敷くと、本棚からお気に入りのエッセイ漫画を取って布団に寝転がる。

ちなみに、夏休みに入ってから伊藤からの誘いはない。友人たちからの誘いもない。空那だけ呼ばれていない、というわけではない。みんな、塾や他の習い事、クラブで忙しいのだ。空那は塾へは行っていないが、夏休みの宿題しか用事がないわけではない。母が買ってきた問題集を解いたり、ピアノ教室があったりと、空那もそれなりには忙しいのである。

それによって、空那の夏休みの予定にはまだ遊びの予定が1つも入っていない。買い物が好きなわけでもないし、新刊が出る予定もないので、1人で出かけることもない。なので母には、「なんでもいいから運動してきなさい」と、口酸っぱく言われている。だが、動かない。

ただ、2日前に体重計に乗ったときにさすがにこのままではまずいと気がついたようで、最近は寝る前、ささやかながら筋トレをしている。本当ににささやかながらではあるが。


コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。空那が返事をすると、透也が顔を覗かせた。


「空那、おやつ食べる?」


「食べる」


「チョコあったっけ?」などと言いながら、2人で階段を降りていった。

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