第9話 期末テスト
修学旅行も終わり、夏休みまであと1ヶ月。海へ行きたいだの山がいいだの部活動で最後の大会があるから見に来て欲しいだの家族旅行は海外なんだーだの、最後の夏休みを前に浮かれ始める中学生たち。そんな中学生たちが今最も恐れ、消え去れと願い、それでも目を背けることは許されないという事実に頭を抱えている敵がいる。
その名を、期末テストという。修学旅行が終わってからわずか3週間で開催されるこの恐怖のイベントは、受験生たちが受験生としての自覚を持つための重要なイベントでもある。しかし、受験生といえども14,5才である中学3年生たちにとっては敵であることに他ならなかった。
「空那ー、これ『イ』だよね?」
「いや、『ア』でしょ?で、次は『ウ』だよね?」
手に国語の問題用紙を持った世奈と凜佳が聞いてくる。
「私はこれは『イ』で次は『エ』にしたけど、あんまり自信ない」
そう言いつつも実は割と自信がある空那が答えると、そばで聞いていた莉央が机につっ伏す。
「まじで?あー、間違えたぁ」
テスト後のルーティーンを終えると、教科係である世奈と莉央はそれぞれの教科の提出物を集め、職員室へ提出に行く。
「凜佳、まさか忘れたの?」
リュックの中を慌てたように探っている凜佳を見て、空那が言う。
「あ、いや、やったんだよ?やったんだけどさ、家に置いてきちゃったなーって・・・。どーしよう空那ぁ」
凜佳が忘れたのは理科の課題だ。理科の
「分かった分かった。ついて行ってあげるから」
「神様、仏様、空那様」
凜佳が空那を拝む。
「いや、ついて行くだけだし。聞くのは凜佳じゃん」
「いやいや、誰かいるのといないのでは全然違うから。いるだけなのになんか心強いんだから」
そう言いながら、2人も職員室へと向かう。万が一世奈たちとすれ違わなかったときのために、メモも置いてきた。莉央は道が違うが、世奈とは一緒に帰るのだ。
職員室に着くまでずっと何かに祈るようにして手を擦り合わせていた凜佳だが、滝尾先生と話し終わって、笑顔で空那の方へとやってきた。どうやら期限を延ばしてもらえたようだ。
「明日の12時まででオッケーだって。明日クラブで先生も学校に来るからって」
「良かったねー。滝尾先生が優しくて」
「うん。ほんとに良かった。でもやっぱりなんか怖かった」
「なんかまた傷増えてたしね。あれ、どうしたんだろね」
そう、滝尾先生はなぜか傷が多い。優しいのになぜか怖がられてしまうのはあの切れ長の目のせいだけではない。引っかき傷などならまだ分かるのだが、今度は頭に包帯を巻いているときた。猫を飼っているからでは済まされない。が、なんか怖いので誰も聞くことは出来ないため、真相は謎のままである。
まあ、なにはともあれ期限は延ばしてもらえたので、教室に戻る。戻っていた世奈と合流すると、リュックを背負い、帰路につく。
「テスト終わった!もう勉強しない!」
ひと足早く靴を履き終えた凜佳が、そう言いながら握りしめた両手を上に突き上げる。
「よし!早速明日にでもカラオケに行きません?」
「行きましょ!あ、でも私課題提出しなきゃなんないから午後からしか無理だ」
「問題ない。詳しいことは後でまた連絡します。空那も行くよね?」
「行く行く!行くけど、2人とも、現実を教えてあげよう」
「現実?」
「あのね、私たちは3人とも部活に入ってないでしょ?」
「うん」
「入ってないね」
世奈と凜佳が頷く。
「だからさ、まだ部活あるからとかいう言い訳が出来ないわけだよ。ってことはだ」
「空那、そんな現実は見なくていいんだよ。せっかくテストが終わったんだからさ。楽しみましょーや」
察した世奈が空那を止める。でも空那は止まらない。
「世奈、目を背けちゃいけないよ。いい?私たちはね、もう、受験生なんだよ」
人差し指をたてた右手を顔の前にもってきて、無駄に深刻な口調で空那が言った。
「空那、そんなこと考えても楽しくないよ?ね?遊ぼーよ」
凜佳が空那の両肩を掴んで説得の体勢をとる。
「ダメだよ。受験に失敗したらどうするの?私、嫌だよ。働くなんて」
そんなやりとりを続け、世奈が思わず「プッ」と吹き出す。それにつられて2人も笑い出す。笑って笑って、笑い疲れたところで歩き出す。テストの話、カラオケの話、夏休みの話、受験の話。いろいろな話をしながら歩く。こんな日々もあと1年もない。なんだか寂しい、なんて考えもしない。今が楽しい。それでいい。勉強とも時々対峙しながら。空那の中学3年生の夏は、そうやって過ぎていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます