第7話 修学旅行4
「空那、大丈夫?休んでたら?」
世奈が空那の背中をさすりながら言う。
「大丈夫、だから。うっ、お、泳げるから」
乗り物酔いで吐きそうになりながら空那が言う。足どりはふらふらしていて、どう見ても大丈夫ではない。
「無理しないほうがいいって。ほら、先生に言って見学しときなよ。別に一回見学始めたらもう泳いじゃいけないわけじゃないんだからさ。ね?」
「でも、せっかく、うっ、海、綺麗、なのに」
「休まないと絶対後悔するから、ほら、体調戻るまで休んどきな」
「バナナボートまでには、絶対、復活する」
「ん。うちのクラス最後だから、安心して休んでなさい」
見学者のスペースに着いた。空那がうなずくのを見届けると、世奈は空那の体調不良を報告するために担任のほうへと走って行った。
空那はベンチに座り、よほど気分が悪いのか、うつむいている。空那は酔いやすい体質である。揺れや急なカーブなども原因ではあるが、1番の原因は匂いだ。新車に乗ると必ず酔うし、バスや電車もだめ。タクシーは論外。だから出かけるときは必ず酔い止めを携帯しているのだが、あまり効いてくれなかったようだ。
誰かが隣に座ったような気配がして、空那が顔を上げた。
「あ、優ちゃん。見学?」
「うん。空那は?酔ったの?」
優花だった。見たところ海に入れないようなけがはなさそうだ。
「うん。酔い止め効かなかった。優ちゃんは?」
おなじく見学している男子を気にしつつ、空那に耳打ちした。
「今4日目でして」
「うわぁ、どんまい」
「ホント最悪だよ。バナナボート一緒に乗ろうって言ってたのにって、さくもなんか不機嫌だしさ。あ、いや、それは冗談めかして言ってただけだけどね?でもほら、あの子良くも悪くも正直だからさ。態度に出ちゃってるっていうか」
空那がつい眉をひそめたのを見て、優花が慌ててフォローする。
「うん、分かるよ。桜ちゃんって隠しごととか苦手そうな感じする」
「そーなんだよね。不機嫌なときってなんか反応がそっけなくなったりするから分かりやすいんだ。本人は気付いてないみたいだけど」
「ふーん。・・・あ、見学の人呼ばれてるんじゃない?」
「ほんとだ。じゃあ行ってきます。バナナボート、私の分まで楽しんできて」
「りょーかい。私も気分良くなってきたからそろそろ行くよ」
見学者は貝殻のストラップを作るらしく、砂浜へ貝殻を拾いに行った。
それを見送って、空那は水着に着替えるために更衣室へと向おうとして、足をとめた。
「あ、津田。見学?」
「ううん。酔ったから休んでただけ。
「うん。水分補給しに来た。そーいや1組もうちょっとでバナナボート始まるんじゃないの?急がなきゃ遅れんぞ」
「あんたが話しかけてきたんでしょーが。ま、いいや。ばいばい」
小走りで更衣室へと向かう。
「なんなのあいつ。いっつも全く話しかけてこないくせに」
あいつこと伊藤駿は、空那の彼氏である。
彼氏といっても名ばかりで、付き合い始めてもう1年にもなるのに、一緒に出かけたのはたったの2回だけ。しかも大体の行き先だけ決めてあとは全部空那任せだったため空那も嫌になり、自分から誘うなんてことは絶対にしない。そもそも告白してきたのは伊藤だし、と空那は言い訳のようによく心の中で唱えているが、その告白も、カップルが増えてきた周りの雰囲気に流された伊藤の『俺らも付き合う?(笑)』みたいなノリに空那が流されてしまったために成立したものだ。これは2人の責任である。お互いが軽い気持ちで発した言葉で成立してしまったので、別れようとも言い出しがたい。1年も経ってしまった以上、別れたらなんかさすがにギクシャクしそうで嫌だという気持ちもある。
ちなみに伊藤は、空那が中学生になってから他の小学校出身の男子で唯一仲良くなれた人である。空那としては出来る限りギクシャクはしたくない貴重な人なのだ。かといって昨日空港で凜佳に言った『別れようと思ってる』というのが嘘なわけではない。むしろ本当すぎるくらいだ。付き合って2カ月ほど経ったころからずっと思っている。ずーっと、ただただ思い続けている。思って思って思って、全く実行に移せないでいるのだ。
だから最近空那は名案を思いついた。卒業式くらいに別れて高校は別のところにすればいいじゃないか、と。卒業するまでまだ9カ月もあるという事実からは目をそむけているが。
そういえば、空那は伊藤も別れたいと思っているという前提で考えているが、伊藤は空那との関係をどう思っているのだろうか。まあ、考えても仕方がないので、沖縄のこの綺麗な海を堪能することとしよう。
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