第47話

 鬱蒼と生い茂る森の中。

 気温、湿度、ともに高く、【適応体】がなければこの環境に体力を奪われていただろう。


「なるほど……ここが八階層か」


 七階層をクリアした翌日、さっそく八階層に来たところ、今の景色が広がっていたのである。

 ここは水中ではないので、ソウガたちを召喚するも、ソウガたちはこの環境に若干辟易していた。


「ギャ……」

「確かに蒸し暑いよなぁ……」


 肌感覚として蒸し暑さ自体は感じるものの、【適応体】のおかげで俺にとっては快適ですらある。まああくまで俺だけって話で、ソウガたちはそうはいかない。

 とはいえこの三週間、ソウガたちはダンジョンの攻略に参加できていなかったため、全体的に士気は高い。

 しかも、あとから加入したはずのネクロがソウガたちのレベルを超えてしまったため、対抗心を燃やしている。

 しかし残念ながら、アンネはこの環境でも厳しいようで、今回も俺の体内でお留守番である。


「実際、太陽がすごいもんな」


 頭上を覆い隠す木々を突き抜け、俺たちに降り注ぐ陽の光。

 真上に存在するものが果たして太陽なのかは分からないが、この蒸し暑さの原因の一つであることには間違いないだろう。

 それと、キッドたちもいったんお休みである。というのも、頭上は木で覆われているので、空を飛ぶキッドたちには辛いはずだ。

 岩一たちは……まあ周囲の木々を多少なぎ倒しても問題ないだろうし、行けるか。


「さてと……早速移動しようと思うが……」


 俺はある地点に目を向けた。


「どう考えてもあそこにボスいるよな」


 俺たちの視線の先には、あからさまに一本だけ巨大な樹が、森を突き抜けて聳え立っているのだ。

 しかも、ここから結構離れているにもかかわらず、あの巨大さなので、近づけばよりその大きさに驚きそうだ。


「水中に比べて目的物があるのは有難いが……この環境だと、魔法が使いにくいな」


 まず、周囲が木々で囲まれているせいで、火属性魔法は迂闊に使えない。同じような理由で、雷属性魔法も避けるべきだろう。何らかの拍子に引火して、大火事になったら最悪だ。


「安全面で見て、水属性魔法と風属性魔法がメインになりそうだな」


 土属性魔法と木属性魔法でもいいが、こればかりはこの階層の魔物を見てから考えよう。この二つは水属性魔法とかより育ってないしな。

 というより、あの大樹にボスがいる前提で進めてるけど、本当にいるよな……? もしこれでいなかったら、こんな大森林からボスを見つけられる気がしないんだが。

 若干の不安を感じつつ、行動を開始する。

 すると、この階層で初めての敵性反応を【高性能マップ】が捉えた!


「この方向にいるみたいだが……」


 この階層初の魔物ということで、全員で警戒しつつ、その正体を探ろうと近づくが、何故か姿を見つけることができない。


「んん? 確かにここら辺に反応があるんだが……」

「グルルル……」


 思わず首を捻る俺に対し、シロが突然唸り声をあげた。


「シロ、どうした?」

「グルル……ウォン!」


 シロがその場から飛び出すと、そのまま一本の木に目掛けて爪を振り下ろす。

 その瞬間、木の蔓がシロに襲い掛かった!


「シロ!?」

「ウォン!」


 だが、シロはあらかじめその攻撃を予測していたようで、颯爽と避けると、再び俺のもとまで戻って来る。


「なるほど、あの木が魔物ってことか!」

「ウォン」


 シロのおかげもあり、見つけることができた俺は、すぐに【解析】を発動させた。


【アサシン・プラントLv:2】……Bランク。弱点:火属性魔法、雷属性魔法、斬撃。

説明:植物が魔力の影響により、魔物化した。その姿は魔物化した植物によって異なり、普段は元の植物として擬態しつつ、獲物を影から仕留め、養分として吸収する。攻撃手段も魔物化した植物によって異なる。また、植物でありながら知能を得たため、非常に狡猾。移動も可能だが、非常に遅い。


 ついに、Bランクが普通に出てくるようになった。

 これ……ボスはAランクの可能性高いよな……勝てるだろうか……?

 ここでレベリングして挑むのがいいかもしれないな。

 それよりも目の前のアサシン・プラントだ。

 説明通り、木に擬態していたわけだが、【高性能マップ】とシロが気づかなければ奇襲を受けていただろう。

 それくらい見た目は普通の木である。

 一応その場から移動できるらしいが、基本的には待ち伏せタイプだろうな。


「多分、あの蔓が攻撃手段だろうから、気を付けろ!」

「ギャ!」


 ソウガたちが頷くと同時に、アサシン・プラントに向けて駆け出した。

 すると、アサシン・プラントは木の蔓を大量に出現させ、恐ろしい速度で振るってくる。

 だが……。


「ネクロッ!」

「――――」


 俺に向かって飛んできた木の蔓は、ネクロが盾で弾き飛ばした。

 ソウガやコウガは素早く移動することで木の蔓を翻弄し、アッシュは溶解液、シロは鋭い爪を振るうことで、蔓をズタズタに引き裂いていた。

 逆に岩将たちは苦戦しており、岩一たちと共同で攻略している。

 そのせいで、岩一たちは木の蔓に締め付けられていたが……大丈夫っぽい。

 岩一たちの様子を横目に見ながら、俺は『ウィンドストーム』を発動させた。

 すると、風の刃が螺旋状に集まり、アサシン・プラントの蔓を斬り裂いていく。

 このまま本体にダメージを与えられるかと思ったところで、動きがあった。


「うおっ!?」


 突然、アサシン・プラントの目の前に土の壁が出現したのだ!

 これは……『アースウォール』だ。

 しかも、その『アースウォール』の上に、葉っぱがいくつか浮かんだ状態で待機している。

 あれは――――。


「っ!」


 その瞬間、葉っぱが高速回転しながら射出された!

 正確な狙いで飛んでくる葉っぱに対し、俺は『エンプティシールド』を発動させる。

 発動した瞬間、俺と葉っぱの間が歪んだ空間が出現したかと思えば、そこに葉っぱがぶつかった途端、あらゆる力を失ったようにその場に落ちた。

 ……これ、初めて発動させたが、シールド系の中でも最強じゃね?

 ただ、他の属性のシールド魔法は、自由に出現場所を動かせたりできるのだが、この『エンプティシールド』は一方向のみにしか展開できないみたいだ。

 これから空間魔法のレベルが上がればもっと応用がきくシールドが手に入るのかは分からないものの、なければ【魔法創造】で作ってしまえばいい。

 そう考えると、『エンプティシールド』の効果を確認できたのは大きいな。帰ったらさっそく作ってみよう。

 それよりも、さっきの攻撃だが……おそらく木属性魔法だろう。

 ただ、現状、俺の中で一番レベルが高い魔法が水属性魔法なのだが、レベル8で習得したのは『アクアランス』である。その前に習得できたのは『アクアバレット』だったわけだが、今のもバレット系の魔法だったんだろうか?

 そうなると木属性魔法のレベルがかなり高いことになるが……たとえそうじゃなく、アサシン・プラントのオリジナル魔法だったとしても、オリジナル魔法を使える時点で脅威と言える。

 このまま戦闘が長引くと他の魔物がやって来るかもしれないし、早めに終わらせよう。

 俺は『アクセル』を発動させ、加速すると、アサシン・プラントの懐目掛けて飛び込んだ。

 すると、それを迎え撃つように蔓が一斉に襲い掛かる。

 そんな蔓に対して『スロー』を発動させると、俺はアサシン・プラントの幹までたどり着いた。


「おらっ!」


 勢いよく流水棍棒で幹を叩く。

 残念ながら斬撃系の武器を持っていないので、大ダメージとはいかないだろうが、それでも口のないアサシン・プラントが堪えているのが分かった。

 俺の攻撃で、少し蔓の攻撃が緩むと、その隙を逃さず、ソウガたちもやって来る。


「ギャ!」

「ギ」


 まるで連携するかのように、ソウガとコウガがすれ違うようにアサシン・プラントの幹を棍棒で薙ぎ払う。

 そしてトドメと言わんばかりに、シロが大きく跳び上がると、アサシン・プラントの頭上から爪を振り下ろした。

 それが決定打となり、アサシン・プラントの蔓が力なく落ちていくと、そのまま光の粒子となって消えていく。


「ふぅ……もう少し楽に戦えそうな魔法を用意しておくべきだったかもなぁ」


 この階層は今回が初めてなので、特にオリジナル魔法を用意していない。


「まあ今日中に攻略は無理だろうし、ゆっくり考えるか」


 俺は落ちているドロップアイテムを回収していると、明らかに装備品らしきものが紛れていることに気づく。

 他のドロップアイテムはいったん倉庫に収納しつつ、その装備品を拾い上げた。


「これは……仮面?」


 それはどこかの民族で使われてそうな、人の顔を象った仮面である。

 材質は木っぽいが、全体的に黒塗りで、所々に不気味な白色の文様が描かれている。

 なんていうか……めちゃくちゃ呪われそう、ってのが第一印象だった。


「本当に呪いアイテムだったりして……」


 幸い、俺は呪いが効かないので、その心配はないが……ひとまず【解析】してみた。


【偽りの木仮面】……A級装備品。装着者の正体を認識できないようにする。装着時には、声も加工される。装備者の顔に自動で吸着する。


「めちゃくちゃ有用だった!?」


 まさに今の俺が欲しいヤツじゃん!

 これがあれば、闇市に行くハードルがかなり減るぞ!

 ……まあ仮面姿ってのは怪しすぎるから目を惹きそうだけど、これさえ被ってれば、バレる心配はないわけだろ?

 それに、これを被った状態で正体を暴こうとされても、リターンホームで逃げればいいんだし。

 空間魔法の扱いが世間でどうなってるのか不明だが、少なくとも仮面を装着してなければ俺が追われることはない。

 ただ、一番の問題は……。


「これを付ける勇気だよな」


 いや、普通に考えて、この仮面を被った状態で出歩くとか……案外おかしくないのかな?

 ダンジョンができて、冒険者も増えたし、多少変な装備してても大丈夫な気もしてきた。

 他に問題があるとすれば、闇市には車で移動できないから、あらかじめ闇市の場所まで行っておいて、場所を把握し、『ワープ』で向かうことになるだろうな。

 その場所までMPがもつのかって点も問題だろうが……たぶん大丈夫だと思う。


「何にせよ、この階層をクリアした後、本格的に闇市について調べてみるかなぁ」


 新たな目標ができたことで、俺のモチベーションが上がりつつ、先に進むのだった。

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