第44話

 新たにアインスたちを仲間に迎えた俺たちは、再び七階層の探索を再開させた。

 この階層は常に暗いせいか、時間の流れが分かりにくい。

 それに、この階層で一夜過ごそうにも、野営ができないのだ。なんせ水中にテントは張れない。せいぜい寝袋に入って浮いたままとか? 危険すぎるな。

 食事もできないしで、この階層での探索は基本的に日帰りとなる。

 だからこそ、なるべく探索を進めたいのだが、いかんせんどこに行けばいいのか分からなかった。


「【高性能マップ】も一応マッピングできてるみたいだけど、何もないのに変わりはないし……」


 障害物すらないので、マッピング機能自体は働いているものの、そのマップを見ても何も分からなかった。道があるわけじゃないしな。

 ただ、【草原の間】や【岩石の間】のように、ボスが徘徊している階層なんじゃないかと予想している。


「アインスたちは何かこの階層で知ってることはないか?」

「きゅい?」


 背中に乗せてもらっているアインスに訊ねるも、アインスたちも首を振る。


「そうか……」


 まあ俺が来るまでは、アインスたちはこの群れで狩りをしながら生活していたんだろうし、そんなものか。

 そんな風に考えていると、別のバトル・オルカ……ツヴァイが警戒するように声を上げる。


「きゅいきゅい!」

「これは……!」


 ツヴァイに続き、他のバトル・オルカたちも【反響定位】によって何かを察知したころ、俺の【高性能マップ】にも敵性反応が現れていた。

 ただ、その数が凄まじかった。


「な、何だこれ!? 軽く50は超えてないか!?」


 そんなとんでもない数にも驚きだが、何よりこちらに迫って来る速度が異常だった。

 ツヴァイたちが感知したことで、逃げようとしたが、相手の速度があまりにも早いので、逃げ切るのが難しそうなのである。

 いっそのこと『リターンホーム』で逃げてしまうか……?

 色々悩んでいると、敵性反応の正体が現れた。


「あれは……魚?」


 よく見ると、地球にも生息しているダツのように、口先が鋭く尖った魚の群れだった。


【チャージフィッシュLv:9】……Dランク。弱点:雷属性魔法。

説明:魔力のあふれる水域に生息する魚。ダンジョンの魔力の影響により、魔物化した。通常の魚とは異なり、魔力によって呼吸をしているため、空気を必要としない。群れで活動し、決まった回遊路を常に行き来している。その速度はすさまじく、常にトップスピードで泳ぎ続ける。口先は非常に鋭く、岩すら容易く貫くほど。高ランクの魔物でさえ、チャージフィッシュの回遊路に足を踏み入れた場合、そのまま轢き殺されることも。



 【解析】スキルによると、常にトップスピードで回遊し続けているらしく、どうやら俺たちはその回遊のルートに運悪く足を踏み入れてしまったようだ。

 しかも、その威力は高ランクの魔物も殺せるって書かれているが、実際に目の前にするとよく分かる。

 地球のダツでさえ危険なのに、魔物化した上に回遊速度が尋常じゃないのだ。あんなので突撃されたらそりゃ死ぬわ。

 とはいえ、このままここに留まっていると、俺たちもその餌食になってしまう。

 そこで俺は、この二週間のレベリング期間中に編み出した、オリジナル魔法を発動させた。


「『水流壁』!」


 【無詠唱】のスキルを手に入れているので、別に口で詠唱する必要はないのだが、アインスたちが驚いても危ないので、一応口に出しておく。

 すると、俺たちの目の前にいきなり激しい水流が発生すると、それはチャージフィッシュに向かって正面方向と、下から上に吹き上がる水流の二つが発生した。

 そして、チャージフィッシュたちはその海流に正面から突撃すると、正面からの水流で勢いが殺された挙句、下からの水流に煽られて水中を舞った。


「今だ!」


 俺が指示を出した瞬間、俺やネクロを乗せたアインスたちはいっせいに襲い掛かった。


「きゅいっ!」

「きゅいきゅい!」


 初めてバトル・オルカの戦闘を見るが、その様子は凄まじい。

 一瞬にしてチャージフィッシュとの距離を詰めると、そのまま頭を嚙み千切るのだ。

 魔物化した影響か、チャージフィッシュも地球のダツに比べて圧倒的に大きく、軽く1メートルはある。こんなのが突撃してくれば、そりゃあ簡単に死ねるだろう。

 本当ならこの大きさは脅威でしかないが、一度勢いを殺せれば、的が大きい分、俺は攻撃しやすかった。


「フッ!」


 初の【流水棍棒】だが、手にしっかりと馴染み、問題なくチャージフィッシュたちを屠っていく。

 ネクロもドライの背中の上で問題なく奮闘しているが、俺の体に張り付いているアッシュだけは出番がなかった。

 というのも、アッシュの攻撃手段である溶解液は、水中では使えないからだ。

 もし使ってもすぐに水に溶けてしまうし、その溶けたものが俺たちに流れてくるかもしれないからな。

 その代わり、防具が心許ない俺の防具を果たしてくれているので、問題ないだろう。

 こうしてチャージフィッシュの群れを殲滅した俺たちは、ドロップアイテムを回収した。


「ふぅ……初戦闘だったが、問題なかったな。アインスたちもすごかったぞ」

「きゅい!」


 俺の言葉にアインスたちは嬉しそうに鳴いた。

 それにしても、戦闘で初めて『水流壁』を使ったが……俺の読みが当たっていてよかったな。

 というのも、この階層に挑戦するにあたって、当然魔法も鍛えていたわけだ。

 その際、水中ということで水属性魔法を鍛えていたんだが、水属性魔法は基本的に何もない場所から水を発生させ、それで攻撃したり防御したりするのが多い。

 だが、この階層はそんなことしなくても、水で満たされているのだ。それなら最初から存在する水を利用したほうがいいだろう、ということで生み出されたオリジナル魔法の一つが、『水流壁』である。

 水属性魔法には『ウォーターシールド』が存在するが、それだと水を生み出してその水の勢いだけで攻撃を防ぐことになる。

 それに対し、『水流壁』はこの場に存在する水すべてに激流を発生させることで、より強固な壁にしたのだ。

 今回は勢いを殺すためと、一応戦闘しておきたかったから二方向だけに水流を発生させたが、本気を出せば四方すべてから激流を発生させることで、相手をめちゃくちゃにかき回すことも可能だろう。

 移動を再開していると、またもツヴァイから声がかかる。


「きゅい」

「今度は何だ?」


 それぞれ警戒した様子を見せるが、【高性能マップ】には特に何の反応もない。

 そのことに首を捻っていると、俺たちの進行方向から、何やら大きな二枚貝が流れてきた。


「な、何だコレ?」


 それはシャコガイのように、両手で抱えられるような巨大な貝であるにも関わらず、ふわりふわりと流れているのである。

 思わず【解析】を発動させた俺は、さらに驚くことになった。


「た、【宝貝たからがい】?」


 タカラガイと聞けば、地球の砂浜とかにも落ちている貝だ。

 しかし、この貝はその貝とは見た目も大きさも何もかも違う。

 そして何より、この貝……いわゆる宝箱と同じ役割を果たしているようなのだ。

 俺は流れてきた宝貝を捕まえると、罠がないか探ってみる。

 特に罠の仕掛けはなさそうなので、このまま開けても大丈夫そうだった。


「まさか、この階層の宝箱が貝だとはな……」


 確かに、地上という足場がない以上、宝箱はないのかなと勝手に思っていたわけだが、予想外の姿で登場したな。

 それはともかく、久しぶりの宝箱にわくわくしつつ、俺は宝貝を開ける。

 すると、中には小箱が入っていた。


【適応薬『水中』】……C級アイテム。この薬を一つ摂取すると、三時間水中に適した体へと変化する。魔物には使用不可。


「うわっ……ハズレだなぁ」


 俺は手に入れた薬を前に、ついそう零した。

 まずこの薬をこの階層で手に入れたってのも、すごい皮肉だ。この薬がないとそもそもこの階層は挑むことすらできないし。

 これが【適応体】のスキルを入手する前だったら使えたのかもしれないが……。

 さらに魔物に使えないのであれば、なおさら俺には不要である。


「はぁ……これが魔物に使えるんなら、ソウガたちに使えば時間制限があるとはいえ、一緒に探索できたのにな」


 ダメだったものは仕方ない。


「でも、もしかしたらこのアイテムを欲してるようなギルドがあったりするのかな? まだまだ攻略できてない場所は多いだろうし、何よりクラーケンも倒せてないもんな……」


 そう考えると、俺が持ってるより別の人が使う方がよほど有意義だ。

 ただ、この薬を売り出す手段が俺にはない。

 DMや協会に売りつけてしまいたいが、入手経路の説明も何もかもできないからな。


「……そういや、最近ニュースで闇市ってのが話題になってたなぁ」


 それはここ数日で話題に上がり始めた問題だった。

 どうやら日本のどこかで、DMや協会には流せない訳アリの品をオークション形式で販売してる場所があるそうだ。

 もちろん協会にも国にも許可を得てはいないが、まだまだ法整備の甘い今の段階では、取り締まりは難しいらしい。

 というのも、現状制定されている法律の中に、DM以外で個人の売買をしてはいけないといったものは存在しないのだ。それに、オークションも違法というわけではない。

 しかも、これがヤバイ薬とか、明らかに犯罪と思われるものが売られてるなら大問題だが、あくまでダンジョン産のアイテムが売り出されているだけなのだ。

 問題があるとすれば、その闇市では販売者と購入者の素性を隠したままやり取りができるらしく、下手したら犯罪者の手に強力なアイテムが渡る可能性もあることだ。

 こういったものを取り締まるために、協会も国も頑張ってるみたいだが……ネットで軽く調べたところ、それも難しそうだ。

 というのも、ダンジョン事業に参入したい大企業とかが裏で手を引いている可能性が高いらしく、中々手が出しづらいんだと。

 それに、公には口にしないだけで利用している冒険者も多そうだった。そう考えれば、中々手を出すのも難しいだろう。

 そこなら俺でも出品できるかもしれないが……まあ行くにしても色々準備をしないとな。それまでは倉庫の肥やしになるかなぁ。

 俺はため息を吐きつつ、適応薬を倉庫に放り込むのだった。

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