第43話

 【高性能マップ】によって表示された黄色の反応は、俺たちにとって中立を示している。

 しかし、このフロアに来て初めての反応であるため、俺たちは武器を構え、警戒した。

 すると……。


「きゅい?」

「!」


 全長約4メートル、黒い皮膚とアイパッチのような白い模様、黒い瞳は好奇心にあふれており、俺たちのことを真っすぐ見つめていた。

 そう、俺たちの前に現れたのは――シャチだった。

 見た目だけで言えば、地球でも存在する普通のシャチのように見えるが……。

 シャチは俺たちの周りを泳ぎつつ、様子を伺っている。

 特に攻撃してくる感じでもないが、この存在がただのシャチであるはずがない。

 俺は解析スキルを発動させる。


【バトル・オルカLv:7】……ランク:C。弱点:雷属性魔法。

説明:魔力のあふれる水域に生息するシャチ。ダンジョンの魔力の影響により、魔物化した。通常のシャチとは異なり、魔力によって呼吸をしているため、空気を必要としない。好奇心旺盛で、非常に好戦的。群れで生息しており、集団での狩りは格上の相手ですら完全勝利するほど。魔物化した影響か、肉や魚以外に様々なものを食べるようになった。非常にグルメ。


 いや、最後の一言よ。

 ついその内容にツッコミそうになったが、迂闊に手を出すのは避けるべきだ。

 それはこの魔物が好戦的だという点と、群れで生息しているという点。

 何故か一体しか姿を確認できないが、少し離れた位置に仲間たちがいるかもしれないのだ。

 そして何より、コイツは今、俺たちに興味を示しているものの、攻撃してくる様子はない。


「きゅいー」


 つぶらな瞳で俺たちの周囲を泳ぐバトル・オルカ。

 うっ……初めてソウガと出会った時もそうだが、こんな風に純粋な目で見られると余計に攻撃しにくい……。

 い、いや、騙されるな。これでも魔物なんだ。襲ってくれば、戦うことになる。

 そうなると【解析】でも書かれていた通り、弱点の雷属性魔法で攻撃するのがいいだろう。

 まあここは水の中だし……いや、待て。この水って塩水か? それとも真水なのか?

 周囲に漂う水を少し口に含んでみたが、特に塩辛さは感じられない。え、海じゃないのにシャチ? ……ここはダンジョンだったな。こんなの今更だな。

 とにかく、この水が真水で、しかも純水だったら、雷もほとんど通さないんじゃないか? そうなると、雷属性の魔法は使えないだろう。まあ雷がよく通る場合でも、自爆する可能性があるから使えないんだけどさ。

 それよりも、目の前のコイツだ。

 ネクロも俺の指示を待っており、待機している。

 うーん……ソウガの時みたいに、何かあげてみるか……?

 そう思った俺は、倉庫を展開すると、そこから【脚鳥の肉】を取り出した。

 これはレベリングするために【岩石の間】を攻略してた時、キックバードをたくさん倒した時の副産物だ。

 俺が肉を取り出す瞬間、オルカは一瞬警戒したように距離をとったが、出てきたものが肉だと分かった瞬間、再び好奇心旺盛な様子で近づいてくる。


「ほら、食っていいぞ」

「きゅい? きゅ! ――――」

「ん?」


 少し離れた位置に肉を投げてやると、バトル・オルカから妙な波動が流れてきた。

 特に音とかは聞こえないんだが、何かが鳴ってるような気がする。

 もしかして……超音波か?

 そういえば、イルカとかシャチって、音波を使って色々調べられるんだったか?

 もしかしたら、それを使ったのかもしれない。

 バトル・オルカは肉を前にしばらく留まっていると、やがて妙な波動が消え、勢いよく肉にかぶりついた。


「きゅい!? きゅい!」


 バトル・オルカは肉を口にした瞬間、目を見開き、貪るように食べていく。

 あっという間に食べ終えたバトル・オルカは、俺の方に視線を向けた。


「きゅい……?」

「うっ……そ、そんな悲しそうな顔するなよ。まだまだあるからさ……」

「きゅきゅ!? きゅい!」

「え? あ、おい!」


 俺の言葉に目を輝かせたバトル・オルカは、その場で飛び跳ねるように泳いだかと思うと、そのまますさまじい速度でどこかへ消えていく。


「え、ええ? 食べたくて見てたんじゃないのか?」


 いきなり去っていったことで、どうしたらいいのか困惑していると、【高性能マップ】に新たな反応が。

 それはバトル・オルカの時と同じく中立を示す黄色の反応だったが、先ほどと異なり、十個も反応があるのだ!


「な、何だ何だ!?」

「きゅいー!」


 すると、先ほど俺の前から消えたと思ったバトル・オルカが、群れの仲間らしき面々を引き連れて戻って来たのだ!

 しかも、最初に俺と出会ったバトル・オルカは、魔物としての警戒心はどこに消えたのか、スルッと俺の傍に近寄ると、顔を摺り寄せてくる。


「きゅいきゅい!」

「さ、さっきの肉を全員に振る舞えばいいのか?」

「きゅい!」


 かなり消費することにはなるが、キックバードはたくさん倒しているので、全員に振る舞ってもまだ余るだろう。

 俺は再び倉庫から肉を取り出すと、バトル・オルカの群れの前に放出した。

 肉を前にしたバトル・オルカは、嬉しそうにすると同時に、最初のバトル・オルカと同じく、おそらく超音波を放出し、何かを確かめていた。

 確か……反響定位だっけ? あれって超音波を使って、距離とか方向が分かるってヤツだったと思うけど、もしかしたらシャチやこのバトル・オルカは物質に含まれる成分とかまで分析できるのかもな。

 それで俺の渡した肉に毒がないかどうかとか調べてる可能性がある。

 超音波と言えば、仲間のアンネも使えるのだが……アンネはこの二週間のレベリングでまったく召喚してない。

 というのも、基本的にレベリングは午前中で終わらせるので、夜まで活動することがなかったからだ。

 ……最近、召喚してやれてなかったもんな。どこかのタイミングでアンネもレベリングしよう。

 そんなことを考えていると、確認作業を終えたバトル・オルカたちが、勢いよく肉を食べ始めた。


「きゅきゅ!?」

「きゅい!」

「きゅー」


 バトル・オルカたちはみんな美味しそうに食事を続けていると、最初に出会った一頭が俺に近づく。


「きゅきゅ」

「ん? まだ足りないのか? まだ出せないわけじゃないけど、もっと必要なら調達してこないといけないし……」

「きゅい!」

「他? まあ他にも美味しいものはいくつかあるが……用意するには少し時間が欲しい」


 言葉は通じないのだが、何故か俺には何となくバトル・オルカの言葉が分かり、バトル・オルカは今回用意したような食事が他にもあるのかと聞いてきたのだ。

 バトル・オルカたちが直接調達するのは不可能だが、俺は時間があればいくらでも調達できる。

 そう伝えると、その一頭は群れに戻ると、何やら会話を始めた。


「きゅきゅ!」

「きゅい?」

「きゅい!」


 何度かのやり取りを終えると、群れ全員が俺たちに近づいてくる。

 揃って向かってくる様子はかなり壮大で、つい気圧されていると、不意にメッセージが出現した。


『【バトル・オルカ】と契約が可能です。契約しますか?』 


「これは!」


 それはまさに、俺がソウガと契約した時と同じ状況だった。

 てか、ご飯を分け与えるってところまで同じなのはどうなんだ……?

 ともかく、相手から申し出てくれるのは非常にありがたい。なんせこの階層で初めての仲間だ。しかも、どうやらこの十頭全員と契約できるらしい。

 水中というステージで一気に戦力ダウンした俺だったが、バトル・オルカたちと契約できれば、一気に戦力が強化される!


「もちろん、よろしくな」

「きゅい!」


『【バトル・オルカ】との契約に成功しました。名前を付けますか?』


「名前か……」


 まさか一気に十頭も仲間になると思っていなかったので、何も考えていない。

 しかも、簡易契約ではなく、全員普通の契約だ。

 幸い、バトル・オルカたちが仲間になったことで、この場で悩んでも少しは安心できる。本当は家で考えた方がいいが、バトル・オルカたちは水中でしか活動できないだろうし。……いや、魔力で呼吸してるっていうし、大丈夫なのか?

 まあわざわざバトル・オルカたちを使って実験するほどでもないのでいいのだが……。

 俺は色々考えた末に一頭ずつに名前を決めると、ステータスを確認する。


【バトル・オルカ(アインス)Lv:7】

≪連携≫≪反響定位≫≪水属性魔法Lv:7≫≪近接戦闘術Lv:5≫


 もう何も浮かばなかったので、なんかそれっぽいドイツ語の数字を付けることになった。申し訳ないとは思うが、何の準備もしてなかったしな……。

 それと、ソウガの時はレベル1だったが、彼らは全員レベル7の状態で、このフロアがまだどんなレベルの魔物がいるのかは分からないが、より心強い仲間であることが分かった。スキルも非常に強い。

 そんな確認をしていると、さらにメッセージが続く。


『称号【水人】を獲得しました』


【水人】……世界で初めて水棲の魔物と契約した者に与えられる称号。

効果:職業『アクア・マスター』の解放。水中での戦闘時、ステータス上昇。


【アクア・マスター】……漁師系のユニークジョブ。

効果:操船技能上昇。釣り技能上昇。漁技能上昇。


「ま、また称号か……」


 確かに、今のところこんな水の中で動き回るようなダンジョンの話は聞いたことがない。

 それに、日本の周りを回遊しているクラーケンは未だに討伐されていないし、あまり海の魔物と戦闘すること自体がまだ少ないのだ。

 それでも戦ってないわけじゃないが、少なくとも契約した人間はまだいないのだろう。

 というより、魔物使いとか召喚士っているのかな? まだ見たことも聞いたこともないが……。

 あと、新しい職業ってまさかの生産職ってヤツか? 効果も戦闘っていうより、漁向きだよな。

 ちなみにだが、俺の他の職業の効果はこんな感じだったりする。


【トレジャー・マスター】……盗賊系のユニークジョブ。

効果:アイテムドロップ率上昇。罠解除率上昇。


【ネクロ・ロード】……死霊術士系のユニークジョブ。

効果:アンデッド系の召喚獣のステータス上昇。アンデッド系の召喚獣と意思疎通がしやすくなる。


【武闘戦士】……戦士系のユニークジョブ。

効果:戦闘時、全ステータス上昇。全武器スキルに、スキルレベル+3の強化。


【オリジン・スペラー】……魔術師系のユニークジョブ。

効果:オリジナル魔法使用時の消費MP軽減。オリジナル魔法の威力上昇。


 基本的にどれも有用だが、俺から何か技能を使うというより、常時補正が入ってる形なので、正直効果を実感しにくかった。

 それでも強いのに間違いないけどな。

 ともかく、新たな仲間ができたことで幸先の良いスタートをきれた俺たちは、アインスたちと共に先に進むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る