第25話

 講習会が終了し、各々が動き始めた中、俺はこっそり【気配遮断】を発動させた。

 というのも、今冒険者協会の前にはスカウトマンたちがたくさんいるので、声をかけられるのが面倒くさいからである。……まあ各自に声をかけられると思ってるあたり自意識過剰かもしれないが、少なくとも人手不足の冒険者を少しでも集めようとしているギルドは多いはずだしな。

 スキルを発動させ、皆の後ろについていくと、やはり俺の予想通り、スカウトマンたちが一斉に登録したばかりの冒険者たちに声をかけ始めた。

 ただ、俺はあらかじめスキルを発動しておいたおかげで、特にバレることなく移動することができる。

 この【気配遮断】スキルだが、相手が【気配察知】を持っていたり、こちらから何か相手にアクションを起こさなければ、まず見つかることはない。

 それはダンジョンの中で使っていくうちに分かったことだ。今の俺のレベルであれば、ゴブリンやスケルトンの目の前を通り過ぎてもバレないくらいだし。

 もちろん、見つかってる状態でスキルを発動させても、完璧に効果を発揮することはできない。

 だが、たとえ見つかっている状態であったとしても、【気配遮断】を発動させれば、相手はこちらの存在がぼやけて感じられるようで、意外と効果的なのだ。

 そんな感じで無事スカウトマンの群れから抜け出すと、俺はさっさと車に乗り込んだ。


「ふぅ……あとは帰るだけだが……」


 そう呟きつつ、今日貰った冒険者カードと冊子を取り出した。


「確か、登録すると冒険者協会のホームページで色々なものが利用できるようになるんだったな」


 冒険者カードの表には、俺の名前とランクが表示されているのに対し、裏には俺の冒険者としての登録IDが記載されていた。このIDを使うことで、様々な機能や恩恵を受けられるそうだ。

 例えば、冒険者ホームページで俺のIDを打ち込むことで、今の俺が受けることのできるランクのダンジョンの位置だったり、そこで出現する魔物の種類やドロップアイテム、そして素材の買取価格なんかも記載されているらしい。

 しかし、俺が一番気になってるのは別のものだった。


「この販売所ってのは気になるなぁ」


 スマホで軽くホームページを検索していると、冒険者のみが利用できる販売のページがあった。

 ひとまずゆっくり確認したい俺は、カードや冊子を仕舞うと、すぐに車を走らせる。

 そしてそのまままっすぐに家に帰ると、すぐにパソコンを起動させ、さっきスマホで確認していた販売のページを開いた。

 するとそこでは、様々なアイテムや武器が売られていたのである。

 俺はざっとそこに表示されている武器の詳細を確認していった。


「へぇ。やっぱり魔物の素材を使って作られてるんだなぁ……って高っ!」


 説明文を読み、感心していたところで金額に目が留まると、俺はつい叫んでしまった。

 なんと、そこには100万円の文字が書かれていたのである。


「え、武器ってこんなに高いの!? これ、ナイフだよな!?」


 俺がちょうど見ていた武器は【灰狼のナイフ】というもので、どうやら灰狼と呼ばれる魔物の牙を加工して作られた武器らしい。

 ゲームのように攻撃力とか数値で分かるものではないが、それにしたってこのナイフにこの金額はどうなんだろうか。


「やっぱり素材を武器に加工したりするのって難しいのかねぇ」


 どういう技術が必要なのかさえ分からない。スキルがあれば果たして作れるのか、それとも職人のようなリアルスキルが必要なのか。 

 俺の手持ちにも使い道に困る素材……主にスライムの核なんてものもあるが、こういった素材を使うことで、ここに売られているようなアイテムが作られるらしい。

 一応、他の武器も見てみたが、やはり値段はどれも高く、最低でも50万以上は確実だった。


「いくつかは炎が出るとか、魔力の消費効率がよくなるとか特殊な効果があるみたいだけど、そういうのは総じて値段が飛びぬけて高いな……安めの方は買えないワケじゃないが、高いのを買うのは普通に無理だろ。3億円とかどうすんだよ……」


 宝くじ並みの値段がする武器に、俺は乾いた笑いしか出てこなかった。

 ちなみに3億円で売られているのは大剣で、炎の竜巻を出しつつ、さらに獣系の魔物へのダメージが増加する効果が付与されているらしい。このダメージの増加ってのがどれくらいなのか分からんが、これが3億円か……。

 武器の他に、素材の買取表のようなものもあり、その中で俺の持ってるゴブリンから手に入る棍棒が1000円だったり、スライムの核が5000円だったりするのを見ると、案外簡単に買えるのかもしれない。てかスライムの核って5000円もするのか。

 そう思っていると、俺はふと自分の【ショップ】のことを思い出した。


「そういえば、全然Gに換金してないから忘れてたけど、こっちにも武器とか売られてるんだっけ」


 ほとんど【ショップ】のラインナップを覚えていなかった俺は、改めて【ショップ】を開いてみた。

 すると、そこには唯一覚えていた回復薬以外に、武器や防具、アクセサリーと様々なモノが売られていた。


「こっちでも武器が買えるのか。果たしてどこから購入してるのかは分からんが……」


 一応ざっと確認していくと、一番安い武器で100Gである。


「100Gで買えるのが【毒蛇の短剣】か……ってマジか!」


 この【毒蛇の短剣】、なんと攻撃すると相手に確率で毒状態を付与できるらしい。

 100Gって言えば、ランクDの魔物を10体ぶんの魔石だ。

 これが果たして安いのかどうかは不明であるが、少なくとも冒険者協会で売られている武器よりは圧倒的に安いように思える。あっちは一番安い武器には何の効果もついていないのだ。

 それでもホームページの武器があの値段なのは、魔物の素材を使っていることで、武器に魔力がこもっている点だろう。

 一応、ホームページの武器で一番安かった50万の武器を手に入れるのにスライムの核が100個必要になるのに対し、【ショップ】は入手率の低い魔石を10個必要とするって考えるとどっちもどっちな気がする。

 だが、似たような労力で手に入れるのであれば、やはり効果がついた武器の手に入る【ショップ】の方が優秀だろう。まあ【ショップ】の武器が滅茶苦茶脆い可能性もあるけどな。

 他にも色々見ていくと、どう見てもこの【ショップ】の方が優秀だとしか思えないようなラインナップが目に入る。


「……あれだな。普通の魔物の素材は売り払ってもいいけど、魔石は自分で契約したり換金したりして、この【ショップ】で買う方がお得そうだな」


 予想外の事実を知り、俺はそっと冒険者協会のホームページを閉じるのだった。


***


 ――――幸勝がスカウトマンの集団からコッソリ抜け出したあと。

 冒険者協会の前に一台の高級車が止まった。

 そして、その車から何人かが降りると、周囲は騒然となる。


「お、おい、あれって……!」

「ま、マジかよ!?」

「ふ、不破豪だ! 【天滅】のメンバーじゃね!?」


 なんと、冒険者協会に今や日本のトップギルドである【天滅】のメンバーが現れたのだ。

 この登場にその場にいたスカウトマンや今日登録したばかりの冒険者たちはもちろん、冒険者協会の職員までもが慌てる。

 すると、幸勝たちに講習会を行った佐々木が慌てて飛び出してきた。


「こ、これはこれは【天滅】の皆様。一体何用で?」

「何、たまたま通りかかったからな。最近顔も出していなかったことだし、少し寄ってみただけだ」


 そう答えるのは、現状日本最強と名高い不破豪である。

 彼は他の冒険者たちとは違い、珍しい黒髪で、顔立ちは鋭く、非常に男前だった。

 男前でかつ日本最強の冒険者ということもあり、世間からの評価も非常に高い。

 長身かつ鍛えられた筋肉と、その身に纏うオーラから、静かに口を開いただけで誰もが気圧された。

 そんな周囲の様子を気にすることなく、不破は無表情のまま続ける。


「この様子だと、地道に登録者は増えているようだな」

「ええ。まだまだ数は少ないですが……」

「それは仕方ない。攻略が危険なことに変わりないからな。ところで、会長はいらっしゃるかな? 挨拶くらいはしておこうかと思ったのだが……」

「すみません、会長は現在各国で出現したダンジョンの対応に追われ、外出しております」

「そうか……まあ俺もその仕事帰りだったところもある。もし会長が帰ってきたらよろしく伝えてくれ。俺でよければ、ダンジョンの攻略を手伝おうと」


 何の気負いもなく告げられる言葉に、周囲の人間は頼もしさを感じた。

 すると、一緒に車から降りてきたギルドのメンバーが苦笑いする。


「まったく……リーダーは軽く引き受けてくれるねぇ」

「本当に……それに付き合わされるこっちの身にもなってくれよ」


 不破と同じギルドに所属する彼らもまたトップクラスの冒険者であり、もし今この場にいるスカウトマンのギルドにこの中の一人でも所属することになれば、一瞬でエースが変わってしまうほどには実力が隔絶していた。

 そんなメンバーの反応に不破は微かに苦笑いをこぼした。


「まったく……まあいい。ひとまず寄ってみただけだからな。俺たちはここで失礼する」

「は、はい」


 再び高級車に戻っていく【天滅】の面々。

 最後に不破が車に乗り込む瞬間、もう一度振り返ると、今日登録したばかりの面々に顔を向けた。


「登録おめでとう。どこかのダンジョンで会えるのを楽しみにしているよ」


 それだけ告げると、彼らは去って行った。

 しばらくの間、その場に沈黙が流れる。

 特に受付にいた女性の一人は、予想外の状況に気絶しかけていたほどだ。

 ――――今日の出来事は彼らにとってとても大きな出会いとなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る