第23話

「ここかぁ……」


 俺は目の前の建物を見上げた。

 見た目こそ、普通の市役所のように見えるが、ここが冒険者協会で間違いない。

 ただ、冒険者協会の外には、どう見ても冒険者って言うより、営業マンといった風貌の男性が多く立っていた。髪の色もほとんど黒色なので、冒険者というわけでもなさそうだが……まあ髪の色だけで判断はできない。

 一応【鑑定】してみようかとも思ったが、【鑑定】スキルを察知するような何かがあったら対処できないので、余計なことはしないでおく。

 まあ予想がつかないわけでもない。恐らくだが、入り口付近にいる人たちはギルドのスカウトマンなのだろう。実際目にするのは初めてだが、最近はゲームのような冒険者の集団……いわゆるギルドを設立し、魔物を狩ってはその素材を売り払うビジネスが人気らしい。

 なんせ魔物の素材は未知の物ばかりで、中には装備品として加工できる人もいるらしいのだ。その装備品を求めて冒険者たちはお金を落とすし、場合によっては政府が買い取る場合もある。もしかしたら、俺の持ってる使い道の分からないスライムの核やスケルトンの骨なんかも装備品になるのかもな。

 そんなわけで、ギルドという新たな境地の企業が乱立し、その人手を集めるためにこうして冒険者協会の前にスカウトマンが立っているとネットで見たのだ。

 実際、俺が冒険者協会に近づくと、男性たちは品定めをするような視線を向けてくる。……何か居心地悪いな。

 視線から逃げるように中に入ると正面に受付があり、そこには受付嬢が控えていた。

 ひとまず手続きをするために受付へと向かう。


「すみません……冒険者の登録に来たんですが……」

「はい……っ!?」

「? あの……何か?」


 声をかけると、何故か受付の女性は俺を見て、目を見開いていた。

 何か驚かせるようなことをしただろうか……そう思っていると、受付の人は慌てて頭を下げる。


「い、いえ、なんでもございません。大変失礼いたしました。本日は冒険者登録とのことですね。少々お待ちください」


 受付嬢は受け付けの下から一枚の紙を取り出した。


「こちらの用紙に記入をお願いいたします。ここで登録された情報は冒険者協会の公式ホームページで公開されることとなりますので、ご了承ください」

「え、それって住所もですか?」

「あ、いえ。基本的に公開されますのは登録者様の名前と職業……こちらは剣士や魔法使いといったものですね。そして最後に冒険者のランクになります。個人情報などは冒険者協会が厳重に管理し、緊急時の連絡先としてお聞きしている形です」

「なるほど……」


 ネットの情報では、冒険者としてやっていくと冒険者はなるべく参加を要請されるようなダンジョンの攻略があったりするらしい。もちろん強制ではないが、緊急性の高いダンジョンはなるべく参加したほうが報酬面など含め、お得だそうだ。その分危険ではあるが……。


「また、記入欄の職業についてですが、現状職業を獲得するための職業ボードのドロップ率が低いですからね……現段階で職業を獲得されている方のみが対象となります。その代わり、現在職業を獲得されていなくとも、後々職業を獲得した際は再度申請していただく形になります」


 やはり職業ボードは中々手に入らないようだ。

 俺の場合は称号による職業がほとんどだが、受付嬢の言葉から察するに、そもそも職業を獲得できている人自体が少ないのだろう。

 なので、俺も当然この欄は空欄にしておく。

 他の記入欄もすべて記入し終えると、俺は受付嬢に紙を渡した。


「終わりました」

「はい……神代様ですね。では、こちらの機械に手をかざしてください」


 すると、続いてタッチパネルのような機械を出された。


「こちらに手をかざしていただきますと、神代様の生体認証を登録いたします。また、同時に神代様の冒険者カードが発行されます」

「なるほど……」


 ついに、問題の冒険者カードの発行まで来た。

 ここで手をかざした瞬間、俺のレベルも表示されるようなのだ。

 【隠匿】スキルで誤魔化してはいるが、果たしてちゃんと通用するかどうか……。

 ドキドキしながら手をかざすと、ピッという電子音の後、機械の下部からカードが出てきた。

 カードを手にすると、そこには俺の名前とランクEの文字が。

 実際に冒険者カードを手にしたことで少し感動していると、受付嬢は困惑した様子だった


「あの、どうかしましたか?」

「え? あ、いえ! すみません。登録は無事、終了となります」


 慌てた様子の受付嬢の視線の先には、俺のレベルが表示された画面があった。

 そこには俺の予想通り、レベル2の文字が書かれてある。

 ……何か変な点があったんだろうか? ちゃんと問題なくレベル2だったが……。

 もしかして、この受付嬢は【鑑定】スキルを使えるのか? それも俺の【隠匿】スキルを超える……。

 だが、もし【鑑定】スキルを持っているのだとしたら、表示されてるレベルと違うことを指摘するはずだし、それはないだろう。

 となるとますますなんでこんな反応されるのか分からないが……。

 何だかこのままこの受付嬢のところにいると面倒なことになりそうなので、さっさと離れよう。


「えっと、もう終わりということは、帰ってもいいんですよね?」

「あ、いえ! この後、登録された方への講習会がありますので、そちらも受講していただきます。ただ、お時間がないようでしたら別日に受けていただくことも可能ですが……」


 運転免許証の講習会みたいなもんか。

 正直面倒だしとっとと離れたいが、またここに来る方が面倒くさいな。

 それにネットで見落としてたり、知らない話もあるかもしれないから、大人しく受けておこう。

 受付嬢に講習会を受けることを告げると、そのまま俺は協会内の一室へと案内された。

 そこはごく普通の会議室のようで、長机と椅子が数脚並んでおり、机の上には等間隔で冊子が置かれている。


「では、冊子の置かれている場所におかけください」


 指示通り冊子の置かれている場所に座り、講習が始まるのを待つ。

 ただ、すぐに始まるわけではないようで、しばらく待たされることになった。

 すると、少ししてから他にも人がちらほら来始め、最終的に俺と同じように登録にやって来たであろう人たちは俺を含めて六人になった。この中で黒髪なのは俺を除いて一人だけだったが……唯一の黒髪っていう目立つ事態は避けられたのでよしとする。

 こうして今回登録に来た人たちが集まり、席に着くと、壇上にスーツ姿の男性が現れた。


「大変お待たせしてすみませんね。わたくし、今回の講習会を担当させていただく、佐々木と申します」


 スーツの男性……佐々木さんはそう言って頭を下げると、話を続けた。


「さて、皆さま。まずは覚醒、おめでとうございます。あなた方は冒険者としての資格を得ることができました」


 初めて聞く言い回しだが、どうやら魔物を倒し、ステータスを獲得することを覚醒というらしい。簡単でいいな。


「これから先、覚醒したあなた方は、覚醒していない普通の方々とは違うことを意識しながら生活していただく必要があります。ですが、皆さまは覚醒されたからと言って、冒険者として必ずしも活動しなければならない、といったことはありません。今回皆様が習得された資格は、いわゆる運転免許証と同じ。運転をすることはできても、運転するかしないかは自由……そういったものとなっております。皆様の中には、自分の意思とは異なり、何らかの拍子に偶然魔物を倒し、覚醒された方もいるでしょうから」


 確かに、冒険者は危険な職業だし、相手の命を奪う。

 それができない人だって当然いるもんな。俺は【精神安定】のおかげもあるが、最近はなくても慣れてきた。もちろん、命を奪っているという認識はちゃんとある。


「そんな方々は、普通に今まで通りの仕事を続けていただくことができます。ただ、スポーツ選手を目指されている方は……残念ですが、その夢を諦めなければなりません。これは説明するまでもなく、覚醒された方とそうでない方の身体能力に大きな差が出ているからです。もちろんこれから先、覚醒した方々向けのスポーツ制度ができる可能性もありますが、現段階では制度がありませんから。一応、覚醒された方用の競技が作られている、という話も聞きますが、まだ先でしょう」


 確かに、覚醒したら普通の人と力が違いすぎでまともにスポーツなんてできないよな。

 そんな覚醒者のための競技を作ってる最中ってのは初めて聞いたけど。


「少々前置きが長くなってしまいましたが、覚醒された皆様にとって、一番の大きな変化は、覚醒者への法律でしょう。現在日本では、覚醒者への法律を新たに制定いたしました。それは他の方々とは違い、覚醒者がそれだけ力を持った存在だからです。ご存じですか? あの核兵器が今となっては時代遅れになりつつあるのです。それもこれも、すべて覚醒した者たちの存在が大きく関わっています。というのも、覚醒者たちの使用する魔法が、核兵器や様々な銃火器に比べ、圧倒的に強力かつ低コスト、それでいて環境汚染がないとなると、答えは見えてくるでしょう。しかもトップレベルの冒険者になりますと、銃で撃たれようが無傷ですから」


 普通なら信じられないような話だが、事実ステータスが上がればとんでもない力を手に入れられるのだ。今最前線で戦ってる人たちはそのレベルに到達してるんだろう。俺は……分からん。


「なので、今や国の軍事力とはまさに冒険者……覚醒者の数に直結しているのです。そんな強力な力を持った皆様が万が一、何かしらの犯罪を犯した場合、それらすべては重罪となります。殺人事件など起こそう物であれば、現在日本最強の【天滅】を含め、様々なトップギルドや政府直属の覚醒者たちが犯人を捕獲するために動くことになるでしょう。皆様、くれぐれもお気をつけくださいね?」


 怖っ!

 そのトップギルドも政府直属とやらもよく知らんが、そんな危険なことわざわざするヤツいるのか?

 ……いや、世のの中色んな人がいるからな。刺激を求めて凶悪犯罪に手を染める奴も出てきそうだ。恐ろしい。


「まあ日ごろから普通に生活していれば、そのような事態になる心配はないのですが……一応心にとめておいてください。そんなわけで、様々な覚醒者用の法律が定められたのですが……唯一、覚醒者も、そして一般人にも法律が適用されない場所があります。どこか分かりますか?」


 佐々木さんがそう俺たちに訊くと、講習を聞いてる人の一人が「ダンジョン」と答えた。


「そう、ダンジョンです。ダンジョン内には様々な魔物が潜んでおり、非常に危険な場所となっております。その関係から、ダンジョン内で仮に殺人を犯した場合……何の罪にも問われない可能性が高いのです。これは、ダンジョン内での殺人を立証するのが非常に難しい点にあります。まず、ダンジョンでは罠や魔物といった命の危険を脅かす存在がいくつかあり、さらにダンジョン内で死亡した冒険者は、そのままダンジョンに取り込まれていくため、死体が残りません。なので、バレない限り、ダンジョン内での犯罪は見逃される可能性が高いことを留意しておいてください。もちろん、ダンジョン外でも十分に殺人を隠蔽することは可能ですが、ダンジョンはその比ではないくらい、証拠が見つからないのです」


 人間コワイ。

 でも、人って何しでかすか分からないからなぁ。

 こんな話を聞いてしまうとますます人と関わるのが嫌になってしまう。


「あと、これは冒険者の方々に限った話ではないのですが、ダンジョンを発見した場合の対応で、犯罪者になる場合もあります。というのも、新たに発見したダンジョンは冒険者協会に報告する義務がないのです。私として冒険者協会に報告することをオススメしますが。報告すれば、それだけでお金は支給されますからね。ですが、報告をせず、そのダンジョンによる利益を独占した結果、いわゆるダンジョンハザード……渋谷での事件の様に、魔物が外にあふれ出すような事態になれば、報告しなかった発見者には厳罰が下されます。最悪、死刑もありえますからね」


 これはまさに俺が当てはまることだろう。

 今俺の家の庭にあるダンジョンは俺にしか知られていないし、その権限を俺が手に入れたことで、挑戦できるのも俺だけだ。

 だが、俺の様にダンジョンが誰でも管理できるわけじゃない。というより、俺がおかしいだけだ。

 だからこそ、基本的に発見者は冒険者協会に報告することでそのダンジョンを買い取ってもらい、冒険者協会は買い取ったダンジョンをギルドの競売にかけたりするわけだ。


「さて、次の話に移りますが……最近、日本のトップクラスのギルドの一つである【世解せかい】と協力し、ダンジョンの危険度を測定する装置を開発することに成功しました。まだ実験的な部分もありますが、九割以上正確にダンジョンの危険度を測定できるため、実践投入が許可されたものになります。そして今回登録していただいた皆様は冒険者としてEランクからのスタートとなり、我々冒険者協会が定めた危険度のEランクのダンジョンのみ挑戦可能となっていますので、お気を付けください。ちなみに冒険者ランクやダンジョンランクについての内容はお手元の冊子に詳しく記載されておりますので、そちらをご覧ください」


 ――――こんな感じで講習会は進んでいき、ついに終わりに近づいた。


「皆様、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。現在、日本だけでなく、世界中で出現しているダンジョンの数に対し、冒険者が不足しております。ダンジョン先進国である日本でも、日々増加するダンジョンすべてに手が回っていない状況です。それに、現在は日本が先駆者として世界を牽引するまでの力を得ましたが、世界でもダンジョンが多く見られるようになりました。まだ日本と協力してダンジョンを攻略している国は多いですが、最近ではアメリカや中国などではすでに自国のみで対応できているそうです。なので、日本が時代を牽引できる時間もそう長くないでしょう。ですから、少しでもその時間を延ばし、変わりゆく時代に対応するためにも、数多くの冒険者が必要なのです。そしていつか冒険者大国日本と呼ばれるような、そんな国になるよう、皆さまに協力していただけますと幸いです」


 そして、佐々木さんはそう締めくくり、ようやく講習会が終了するのだった。

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