第18話 とある冒険者の話
俺はしがないサラリーマンだった。
毎日毎日満員電車に乗り、くたくたな状態で出勤しては夜遅くまで仕事をして、帰るころにはすぐにでも眠ってしまいそうになるほど疲れ、それでも明日の仕事のための準備を続けるというルーチンワークを繰り返す。
そんな日々を送っているから趣味にかける時間もなく、もうどんなことが好きだったのかすら思い出せない。
今思えば、俺ももっと早くから転職をすればよかった。
別に転職はいつでもできるのだ。今からでも遅くない。
しかし、小心者の俺には不安が付きまとい、中々その一歩を踏み出せなかった。
――――こんな事態になるまでは。
ある日。
突然日本中にまるでゲームやライトノベルに登場するような、ダンジョンが出現したのだ。
当然のようにそのダンジョンには魔物が生息していて、俺たち人間に襲い掛かってくる。
確か、渋谷のダンジョンで最初に発見されたのはゴブリンだったはずだ。
これが別の魔物だったなら、まだ攻略に時間がかかったり、今ほど冒険者の数が増えていたりしなかっただろう。
ゴブリンは体格が小さいことと、奴らを殺すための魔力が込められた武器を、自前で持っている。
だからそれを奪えば簡単に殺せるというわけだ。
そんなこんなで渋谷に登場したダンジョンは自衛隊の方々の活躍で何とか攻略に成功できたものの、渋谷以外にもダンジョンが出現し、そこには自衛隊以外にも民間人が足を踏み入れたりしたわけだ。
渋谷を始め、大阪や福岡にも出現し、今では不特定の場所に突然ダンジョンが現れることもあり、それに運よく、または運悪く民間人が遭遇する場合もある。
この俺のように。
「ま、おかげで会社を辞めて、俺も立派な冒険者だからなぁ」
俺はたった今貰ったばかりの、自分が冒険者であることを示すプレートを取り出した。
ダンジョンが出現して約三か月ほど。
日本は色々な意味で他国より進んだ国になった。
というのも、ダンジョンから出現する魔物やダンジョンから採掘できた鉱石が、どれもこれも地球上にない新たな物質で、その上魔力なんて言う新しい資源の登場により、他国から輸入しなければならなかった多くの資源を削減することができたのだ。
これもすべて、魔力という不思議な力のおかげだろう。
日本の偉い人や頭のいい人たちが必死に考え抜いた結果、その魔力を現存する別のエネルギーへと変換したり、魔力そのものをエネルギーとして活用するようなアイテムまで作り上げたのだ。本当に頭が下がるよ。
当然日本に輸出してお金を得ていた国々からすればたまったものではないし、何ならその新資源を日本だけで独占するつもりかって威嚇行動をとるような国も出てきた。
だが、それらは全部、失敗に終わる。
日本を囲う海にはクラーケンと思われるとんでもない魔物が出現し、空にはドラゴンが飛んでいるのだ。
まさか渋谷の他にダンジョンから魔物があふれ出している場所があるなんて……そう日本中は考えた。
しかし、そのクラーケンもドラゴンも、近づかなければ特に問題なく、普段は海の底や富士山の頂上に引きこもっている。変に刺激さえしなければ今のところ問題はないみたいだが、一応漁の規制や富士山付近の入場制限が設けられたはずだ。これを破るとかなり厳しい罰が待っている。まあ刺激してドラゴンたちが攻撃してきたらたまったもんじゃないもんな。
そういうわけで、不本意ながら日本は昔のように鎖国状態へと戻ったのである。
詳しい話は分からんが、テレビで見た話だと、日本中が魔力で覆われているらしく、様々な通信機器が正常に作動しなくなったみたいだ。日本国内での通信はまだ大きな問題は生じていない。
しかし、特に顕著なのは衛星写真や衛星を使った長距離間の通信で、日本を撮影しようとしても砂嵐しか映らないらしい。
今のところ日本にだけ出現しているダンジョンだが、世界に出現しないって考えるのも不自然だろう。まだ出現していないだけでそのうち出てくる気がする。まあ何の根拠もない勘だが。
それはともかく、日本は様々なこの状況に必死に対応してきたわけで、政府や民間企業含め、様々な施策を行ってきた。
その一つが【冒険者協会】である。
この協会は、魔物を倒して一度レベルアップした者なら誰でも登録できる場所で、様々な恩恵を受けられるのだ。
その一つに、【ギルド】というこれまたゲームのような組織が登場する。
このギルドは何人かの冒険者が集まって立ち上げた民間企業のようなもので、仕事の内容はただ一つ。ダンジョンに潜り、魔物の素材を集めること。
魔物の素材はいまだに研究用として使われたり、いくらあっても困らない状況なのだ。最近では魔物の素材を使って、装備を作るようにもなりつつあるらしい。ますますゲームっぽい話だ。
だからこそ、魔物の素材は高く売れる。
それを集めてくるのがギルドってわけだ。
「それにしても……まだ三か月だってのに、いろんなギルドができたもんだぜ」
俺は協会内を見渡すと、そこには俺と同じように登録したての冒険者や、それをスカウトするために訪れている各ギルドのスカウトマンが立っていた。
まだギルドという機構が浸透し始めた段階なので、どこのギルドも出来立てほやほや。人手が今は欲しいのだろう。世間は就職難だって言うのに、冒険者は好景気真っただ中だ。しかも、今のうちに所属すればそのギルドの古参として扱われるだろうから、待遇も多少はいいはずだ。
ただ、大手のギルドに入るにはある程度レベルや特殊なスキルがないと厳しいだろう。ギルドによっては今の段階から方針を固め、人手を集めているところもあるしな。
「俺も【
スカウトマンと交渉している冒険者たちを眺めながら、ついぼやいてしまう。
【天滅】とは、今日本で一番話題の男、『
最初に魔物を殺し、レベルアップしたのは自衛隊の誰かだ。
だが、不破豪は渋谷ではなく、博多に発生したダンジョンをその場にいた数人の人間と協力しながら攻略したのである。
その時の攻略メンバーがそのまま集まり、今日本一と呼ばれる【天滅】となったのだ。
「……いやいや、ここで諦めたら今までと何も変わらねぇじゃねぇか! 俺は変わった。いや、選ばれたんだからな!」
そう、ある日、偶然ダンジョンが出現した場所に近くを通りかかり、そのダンジョンの第一発見者となった。
ダンジョンは発見した人に所有権というか、色々な権利が発生するが、これを冒険者協会が買い取ることで、ギルドに依頼という形で割り振られるのだ。
この機構はダンジョンができてから取り決められた内容の一つで、政府と民間が協力する形で行われている。
さらに、ダンジョンを発見した人には一応、冒険者になりたいかも訊かれ、もしなりたいと答えれば、そのダンジョンを攻略するためにやって来た冒険者たちに付き添ってもらう形で、レベル上げをすることができるのだ。
まさに俺が、その形でレベルを上げたのである。まあレベルが2になった瞬間、外に出されちゃうんだけどな。危ないし。
しかも、買い取ってもらえたダンジョンはとんでもない額が付くので、働く必要がかなり減った。
そんなわけで、冒険者になれた俺は、一念発起して会社を辞め、冒険者としてやっていくことを決めたのだ。
それに、今日冒険者協会で登録する際、様々な説明を聞いたが、そのうち魔物を倒すためのツアーなんかも検討しているみたいだ。これで冒険者の数を増やすと。
ただ、お金はかなりかかるみたいだから、気軽には受けられないだろう。そりゃあそうか。全員が冒険者を本業にされたら日本が回らなくなるもんな。そう考えると自前で見つけて、お金もかからず冒険者になれた俺はますます運がいい。
「それと、この冒険者カードも必須になるんだよなぁ」
冒険者カードには、俺の名前と冒険者のランクが書かれている。ランクは一番下からE、D、C、B、A、Sとあるみたいで、当然俺はEだ。そもそもSっているのか? 不破とかSなのかな?
ともかく、まだ拘束力こそないものの、冒険者となったものは全員冒険者協会に登録することがそのうち義務付けられるみたいだ。なんせ、普通の人とは違う力を手にした連中だからな、管理する必要があるのだろう。
ちなみに、冒険者っていうのは、魔物を一度でも倒したことがあり、なおかつステータスが出現して、レベルが2以上になっている人間全員がその資格というか、扱いになる。本業として冒険者をやるかは別にな。
俺はふと自分のステータスを表示し、確認する。
名前:田中大輔
年齢:35
種族:人間Lv:2
職業:
MP:5
筋力:5
耐久:5
敏捷:4
器用:3
精神:5
BP:0
SP:2
【スキル】
なし
このステータスがどの程度の物なのかは分からない。今日の講習でも基本的にステータスは人に見せるなとは言われたしな。まあ手の内だし、当然か。
ただ、ステータスを最初に割り振る時はMPからだということも言われた。幸い俺はレベル上げをしたときに、手伝ってくれた冒険者の方に教えてもらってたから先にあげていたが、このMPを上げれば体に魔力が生成されるようになり、武器がなくとも魔物を倒せるようになる。ただ、誰もいない安全なところでMPを振り分けないと、気絶するほどの激痛に襲われるからな……いや、あれはマジで痛かった……。
レベルが上がった際に『スキル【剣術】、【夜目】が習得できます』みたいなメッセージが現れて、習得しようとしたんだけど……まさか消費SPが3だとは思わねぇじゃん。一つ習得するのに最低でもレベル3まであげないといけない。
あと、空欄になってる職業欄だが、魔物を倒していると極たまに職業を手に入れることができるアイテムが手に入るらしい。これはスキルの方も同じだ。
そんなアイテムが果たして俺に手に入れることができるのかは分からねぇが……できれば魔法使いがいいなぁ! せっかくMPに振り分けてんだし、魔法を放ちたい。
ある程度の確認が終わった俺は、気合を入れる。
「よし……俺も晴れて冒険者だ。誰かフリーの連中と組んで、簡単だって噂のダンジョンを攻略しに行くぜ!」
俺と同じように登録したての弱い冒険者を探し、俺はこれから有名になるためにもダンジョンへと向かうのだった。
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