第12話
渋谷での事件は、まさに全人類へ、世界が変わることを告げる切っ掛けとなった。
――――突如現れた正体不明の怪物。
人を襲い、食らう、まさに人類の敵ともいえるその存在の出現に、日本政府は素早く動いた。
警察だけでなく、自衛隊や特殊部隊までもが投入され、すぐに事態の鎮圧にかかったが……彼らの持つ武器は、全く怪物に効かなかった。
どれだけ銃弾を撃ち込み、爆炎に巻き込まれようと、怪物たちの体には傷一つつかない。
すぐさま日本は世界各国に支援を要請するも、銃で倒せない魔物を相手にするために動く国はなかった。
日本で起きたということは、世界で起きる可能性もあるのだ。各国としては、それに備えたい。
もちろん表面上は様々な理由を語ってはいたが、結論として無駄なことに自国民を危険に晒したくない、というのが共通の認識となる。
そんな他国からの支援が望めない絶望的な状況の中でも、彼らは諦めなかった。
最新鋭の武器が効かず、どうしようもないこの状況下で、ついに魔物を一体、討伐することに成功したのだ。
幸運にも、魔物の持っていた武器を奪い、倒すことができた者が現れたのである。
――――そこで解放される、レベルという概念。
非現実的な状況が続く中、一体目を討伐してからは事態はスムーズに動いていった。
一人目のレベル解放者を皮切りに、その者が率先して他の者たちのレベルという概念の解放に尽力した結果、人類は魔物に対抗する手段を得たのだ。
人類に怪物に対抗する手段が存在することを知った政府は、すぐさま緊急対策会議を開き、様々な意見を交わしながら事態の解決に動く。
何故、怪物が急に倒せたのか。
レベルとは何なのか。
そもそもあの渦や怪物は何なのか。
あらゆる憶測が飛び交う中、ここで予想外の者たちが重要参考人として招かれた。
誰が彼らを推薦したのか、いわゆる日本のオタクや、こういった状況を題材とした本を書いている者たちなどを呼びよせたのだ。
本来ならばこんな緊急事態に招かれる可能性の低い彼らに何ができるのか。
議会の誰もがそう思い、国民たちもふざけているのかと怒る始末。
だが、彼らの話はすべて、その場にいた政治家や専門家の意見以上に当たっていたのだ。
彼らはただ、自身の慣れ親しんだアニメやライトノベルから得た知識、推測を口にしているに過ぎない。
しかし、それこそがまさにこの状況の打開につながるとは誰も思わなかった。
それは彼らの知識や意見を共有できるだけのサブカルチャーに強い専門家や政治家が少なかったことも起因している。
彼らの意見を参考にしつつ、徐々に魔物への対策が形になってくると、倒した魔物の素材に目が向くことになる。
倒した魔物はそのまま死体が残るのではなく、光の粒子となって消え、その場には魔石や魔物の素材が残るのだ。
そんな魔石や魔物の素材は、どれも地球に存在しない未知の物質。
中でも魔石は、多くの科学者たちの尽力により、そこに込められたエネルギーが、既存のエネルギーより効率よく様々なモノ……電力などへと変換可能だと分かるや否や、人類にとって魔物は、一種の宝の山へと変貌した。
ここで世界各国は、今まで渋っていた支援を急に申し出るようになったのだ。
中には半ば強制的に渋谷に存在する黒い渦や魔物を調べるため、調査員を送ろうとした国もあった。
新たな資源を前に、どうにかしてその恩恵を享受できないか。または、奪うことができないか。
国同士の様々な思惑が絡む中――――世界はそれほど甘くなかった。
なんと、異変は渋谷だけに起きていたわけではなかったのだ。
日本への支援を名目に動いていたとある国の艦は、まるでおとぎ話の中に存在するクラーケンのような魔物によって、海の藻屑となった。
はたまた空から支援に向かった国は、突如富士山から現れたドラゴンにより、壊滅。
おまけにドラゴンは空目掛けてすさまじい火炎を噴き上げると、その火炎は宇宙にまで届き、日本を観測していた衛星のすべてを焼き払ったのだ。
自国への恩恵を期待していた国々は、まさかの事態に混乱する。
日本もまた、渋谷だけでなく、海や富士山にそんな化け物が出現しているとは思わなかったため、緩んでいた空気が一気に引き締まった。
しかも、海にも空にも魔物が出現したことにより、日本は本当の意味で孤立無援となった。
他にも、渋谷以外に大阪の難波や福岡の博多など、次々と渦が出現した。
ただ、渋谷の時と違ったのは、それらの渦が黒ではなく、青色だったこと。
そして、渦の向こうが一部の者たちにとってはなじみ深いダンジョンになっていることも判明する。
――――日本は想像以上にしぶとかったのだ。
むしろ、この状況を喜ぶような一部の者たちさえ存在し、積極的に魔物を倒すようになったり、ダンジョンに無謀にも挑戦するような輩さえ出てきた。
自衛隊の活躍により、魔物が持つ武器を奪えば、それで倒せることが分かったからだ。
ありとあらゆる手段を講じ、武器を手にした彼らは、積極的に魔物を狩ってはレベルを上げていく。
民間企業として魔物を相手にする存在の出現や、新たな組織、機関の設立。そしてレベルが解放された者たちへの新たな法律や魔石を用いた技術革命などなど……。
こうして日本は、たった三か月という短い期間で、完全にこの状況に馴染みつつあった。
人類全員が手を取り合い、この事態に対応を進めていく中、幸勝は――――。
***
「ソウガ、コウガ。そろそろ休憩するかー」
「ギャ」
「ギィ」
二匹に声をかけると、俺と一緒に農作業していたソウガたちは手を止め、家に入った。
――――コウガが仲間になって約三か月。
色々あったが、俺の基本方針であるのんびりとするという点に関しては、達成できていると思う。
コウガが仲間になった日に【土属性魔法】や【木属性魔法】を覚えたわけだが、これが俺のやりたかった庭での畑づくりに大きく役立ってくれたのだ。
土属性魔法のレベル1で覚えている『アース』の魔法は土を生み出すだけの魔法なのだが、その土がとても栄養のある肥沃な土で、木属性魔法のレベル1で使える『グロウ』を使えば、害虫や病気にかかることなく、健康で美味しい野菜へとすぐに成長するのだ。
しかも、本来なら一か月以上は優にかかる栽培が、たった一週間で収穫できるってんだから恐ろしい。
最初こそ『グロウ』だけで行けるかと思ったんだが、どうやら『グロウ』は土の栄養や魔力? を消費して野菜に栄養を与えているみたいで、『アース』の土がなければ意味がなかった。他にも、水属性魔法の『ウォーター』を水やりに使えば、より完璧となる。
「ほら、採れたてのトマトだ」
「ギャ!」
「ギ」
ソウガたちと一緒に、収穫したばかりのトマトに嚙り付く。やっぱり今まで食べてきたどんなトマトよりも美味いぞ。
元々庭で何かを栽培したいと考えていたものの、何が育てやすいのかとか分からなかったため、色々な野菜の種を購入していたのだ。何なら土地を整えさえすれば、お米を作ることだってできる。今度稲も買ってみよう。
「本当に色々あったなぁ」
そう呟きながら、俺はステータスを表示した。
名前:神代幸勝
年齢:22
種族:人間Lv:11→14
職業:召喚勇士Lv:6→9
MP:56→71(+20)
筋力:39→57
耐久:41→56
敏捷:39→54
器用:38→53
精神:57→72
BP:0
SP:0→15
【オリジンスキル】
≪鬼運≫≪不幸感知≫
【ユニークスキル】
≪システム≫≪スキルコンシェルジュ≫≪魔力支配Lv:3→4≫≪魔法創造≫≪危機脱出Lv:1≫
【スキル】
≪精神安定≫≪鑑定Lv:3→4≫≪気配察知Lv:4→5≫≪気配遮断Lv:4→5≫≪契約≫≪地図≫≪罠感知Lv:4→5≫≪罠解除Lv:4→5≫≪隠匿Lv:4→5≫≪夜目≫≪超回復・魔≫≪超回復・体≫
【武器】
≪棒術Lv:4→5≫≪投擲Lv:1→2≫
【魔法】
≪火属性魔法Lv:1≫≪水属性魔法Lv:2→3≫≪風属性魔法Lv:1→2≫≪土属性魔法Lv:1→3≫≪木属性魔法Lv:1→3≫≪雷属性魔法Lv:1≫≪神聖魔法Lv:2≫≪空間魔法Lv:2→3≫≪生活魔法≫≪召喚術≫
【称号】
≪先駆者≫≪未知との遭遇≫≪原初の超越者≫≪原初の魔術師≫≪魔と友誼を結ぶ者≫≪悪意を見抜く者≫≪制圧者≫≪孤高≫
何故レベルが上がっているのか。
それは三か月前の【成長する迷宮】を攻略した際の称号、【制圧者】の効果が関係していた。
この【制圧者】の効果により、俺の庭には未だにあの青い渦があるのだが、何と、称号の効果通り、本当にあのダンジョンの所有者に俺はなったのだ。
どういうことかと言えば、【成長する迷宮】をある程度俺の意思で操ることができるのである。
例えば、今俺があのダンジョンに設定しているのは、ダンジョンとして活動させつつ、あの渦から魔物が外に出ないようにしてあるのだ。
これであの渦から魔物が出現する心配はない。最初こそ半信半疑だったが、この三か月でそれは実感できている。
そして、俺は活動させているあのダンジョンにもう一回挑戦したのだ。
しかも驚いたことに、渦に入る瞬間、メッセージに『二階層【骸骨の間】に挑戦しますか?』って出たのだ。
どうやら【成長する迷宮】の名の通り、一度クリアしたと思ったダンジョンは、成長しているらしい。
とはいえ、一度クリアしていることに変わりはないからこそ、所有権も俺のままだし、やはり魔物が外に溢れ出る心配もない。なんせすごいのが、ダンジョン内に出現する魔物の数まで調整して設定できるんだからとんでもないよな。
それはともかく、新たな階層が出現したことが分かったわけだが、そこにはまだ挑んでいなかった。
せめて俺のレベルが15になるまではと考えていたのだ。
ちなみに、今の俺のステータスの振り分け方は、MPと精神以外の四項目にBPを振り分ける形式をとっている。MPと精神は職業のレベルが上がった際に自然と上がるからな。
そんな中で、筋力が他より上がっているのは、ダンジョンでレッドゴブリンを倒した時に手に入れた【小鬼の秘薬】の効果である。これを飲んだ結果、俺の筋力にプラス3されたのだ。3は中々でかい。
「三か月もあって思ったよりレベルが上がってないのも、やっぱり畑が楽しいからなんだけどな」
「ギャ」
「ギィ」
俺の隣で仲良くトマトに嚙り付いているソウガとコウガが、畑仕事は楽しいと言わんばかりに頷いた。
ソウガやコウガはレベルも同じだからか、よく二人で棍棒を手にして模擬戦をしている。強さに貪欲ですごい。俺も見習うべきだろうか?
ただ、俺たちのレベルに反してダンジョンの一階層の敵のレベルが低いからか、全然レベルが上がらなくなったのも大きな理由の一つだ。ここまで上がりにくいことを考えると、二階層に早く行った方がいいんだろうが、次のレベルでキリがよくなるし、それまでは頑張りたい。あと一つレベルが上がれば先に進むから。
「どうやらここ以外にも渦とか出現したらしいしなぁ。早くレベルを上げないと……」
もうソウガやコウガのような存在が他に出現していないか調べることはしてなかったのだが、ふとテレビをつけた際、東京の方でダンジョンが出現し、大変なことになっているというニュースを見たのだ。
俺はそのニュースを見て、ようやく心の底から俺の幻覚疑惑が解消され、安心した。
まあそんなのんきなことを言ってる暇もなく、東京や大阪、福岡の方にまで渦が出現し、何やら大変なことになったらしい。
『なったらしい』という過去形なのは、今はもう事態が鎮静化し、魔物やダンジョンへの取り決めなどが徐々に作られている段階にあるからだ。
この家にあるダンジョンやソウガたちがどうなるのか分からないが、その取り決めによっては国に報告する必要もあるのだろう。それは面倒だし、ソウガたちに何かあっても嫌だ。
幸い、ダンジョンの所有者になり、設定できることの中に、ダンジョンの渦を消したり、出現させたりすることもできるようになっているため、普段は渦を消し、俺たちが使うときだけ出現させれば、バレることはないだろう。ソウガたちも最悪召喚を解除すればまずバレない。順調に【隠匿】スキルのレベルも上がっていることだしな。
「でもギルドってのはちょっと気になるよなぁ」
最近テレビやラジオでよく耳にするようになった単語だが、いわゆるゲームやラノベに登場するあのギルドと同じ認識でいいらしい。
どうやら国ではなく、民間企業としてダンジョンを攻略するための組織が出てき始めたのだ。こんな状況だし、出現すべくして出現したって感じだけどな。
本格的にゲームや小説の世界のような、冒険者なんていう職業が普通になる世界がすぐそこまで来ているのだ。
「……ぼっちの俺には関係ないですけどね」
称号の【孤高】という文字を目にしつつ、皮肉な笑みを浮かべた。
これのおかげで俺は他の人からの支援を受けられないのだ。ギルドのようなパーティーを組んで行動するのには向いてない。本当に辛い。
ギルドは難しいかもしれないが、冒険者って職業は何かしらの審査だったり、資格が必要になる可能性はあるので、こっちは気に留めて置いた方がいいだろう。
「まっ、気にせずのんびりと攻略を頑張りますかー」
「ギャ!」
「ギィ」
トマトを食べ終えた俺たちは、これからダンジョンに挑む。
今まで畑仕事ばっかりやって来たからこそ、そろそろダンジョンも考えた方がいいと思ったからだ。
「それじゃあソウガ、コウガ。行くぞ……!」
こうして俺は、二匹を伴って【成長する迷宮】の一階層へと向かうのだった。
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