第9話

「ここは……」


 あれからちょうど二体以下の魔物と遭遇することなく、身を隠し、息を潜めながら先に進んだ俺たちは、広い空間にたどり着いた。

 特に何かが置かれているわけでもなく、罠の気配も感じない。

 だが、明らかに異質さを放つものがある。


「これ、どう見てもボス部屋ってヤツだよなぁ……」

「グギャ」


 部屋にこそ何も置かれていないが、部屋の突き当りに巨大かつ禍々しい様相の扉があるのだ。どう見てもボスがいるとしか思えない雰囲気である。


「さて、どうするか……当初の予定なら、ここを攻略してダンジョンをクリアすることなんだが……」


 そもそもダンジョンをクリアすれば、このダンジョンが消えると勝手に思っていたが、実際はどうなのか分からない。

 確かにヘルプにはダンジョンの最奥にある、高密度の魔力結晶を破壊すれば消えると書かれていた。

 ただ、この状況がそもそも異常な中、ヘルプを鵜呑みにするのも危険だろう。

 もしかしたら消えずに残るかもしれないのだ。

 とはいえ、内部を調べるということはできたので、完全に無駄足だったことにはならない。

 何なら、この扉の先にいるのがこのダンジョンのボスなのかさえ不明だ。真のボスじゃなく、中ボスや小ボスの可能性もあり、ダンジョンが続いていることも考えられる。

 何にせよ、警戒するには越したことはない。


「んー……もし仮にこの先にいるのがボスだとして、果たして俺たちだけで勝てるんだろうか?」


 ここに来るまでにも戦いこそしなかったが、魔物は見つけているわけで、それらすべてはゴブリンであり、レベルは1~3のどれかだった。

 そう考えると、このダンジョンのボスは最低でも5以上、多く見積もって10と考えた方がいいだろう。まあゲーム基準なのでどこまで現実に反映されているのか分からないが。

 なら、考えることは一つである。


「よし、この先に行く前にレベルを上げるか」

「グゲ?」


 俺の言葉に、ソウガは行かないのかと首を傾げた。


「ああ。なるべく万全を期して挑みたいしな」


 本当の意味で万全を期すのなら、レベルは上げられるだけ上げた方がいいだろうが、レベルが1~3のゴブリンを相手にし続けて、20、30とレベルを上げるのは厳しいだろう。もしかしたら、格下の敵を倒してレベルが上がる上限ってのもあるかもしれない。

 そう言ったことを考えたうえで、一応レベルを10にすることを目標にしたいところだ。


「そう考えると、相手にするゴブリンの数も増やすか……」

「グゲ?」

「ん? ああ、大丈夫だ。いきなり四体、五体を相手にするつもりはないよ。最初は三体のゴブリンの集団を相手にすることから始めよう。それと、なるべくレベルも1か2の集団だ」

「ギャ!」


 俺の提案に、ソウガは明るく頷く。コイツは本当に頼もしいな。

 最初の出会いこそゴブリンということもあって警戒していたが、今となってはコイツがいないと落ち着かないくらいだ。

 ……変な気分だな。人付き合いが嫌で今の生活を始めたのに、ソウガとのコミュニケーションは楽しく感じている俺がいる。

 まあソウガは人間との煩わしい関係性がないからってのが大きいんだろう。


「よし、それじゃあレベル上げに行くか!」

「グギャ!」


 早速俺たちはレベル上げのために行動を開始するのだった。


***


「お、終わったな……」

「グギャ……」


 レベル上げを始めてからどれくらい経っただろうか。

 ようやく目標としていたレベル10に、俺もソウガも到達することができたのだ。

 一応、ボス部屋らしきところの広い空間で食事や休憩はしたが、それにしたって長かった。

 俺は腕時計で時間を確認する。本当なら壊れそうだから【倉庫】に入れて置きたかったが、【倉庫】内は時間が止まっているので、時計が意味をなさないのだ。


「げ、マジか!? もう夜じゃねぇか!」


 だいたい昼頃にダンジョンに入った俺たちだが、時計は夜の9時を指し示している。少なくとも九時間はダンジョンで活動していたことになるのだ。

 もちろん、長丁場になる可能性も考えて、色々用意してきたとはいえ、実際にここまで時間がかかってるのを考えるとげんなりする。

 まあダンジョン内と外の時間が同じかは分からないけどさ。


「うーん……このボス部屋が最後であってほしいな……」

「グギャ」


 俺の考えに同調するように、ソウガも頷いた。

 もしこの部屋が最後なら、心おきなく帰れる可能性が高い。

 そうすると、ソウガが好きなお風呂にも入る時間があるわけで……。


「とりあえず、あの部屋に突入する前に、もう一度ステータスを確認するか」

「ギャ!」


 早速レベルが上がったステータスを見る。


名前:神代幸勝

年齢:22

種族:人間Lv:4→10

職業:召喚勇士Lv:2→5

MP:16→51(+5)

筋力:14→34

耐久:16→36

敏捷:14→34

器用:13→33

精神:17→52

BP:20→0

SP:2→31

【オリジンスキル】

≪鬼運≫≪不幸感知≫

【ユニークスキル】

≪システム≫≪スキルコンシェルジュ≫≪魔力支配Lv:2≫≪魔法創造≫

【スキル】

≪精神安定≫≪鑑定Lv:2→3≫≪気配察知Lv:3→4≫≪気配遮断Lv:3→4≫≪契約≫≪地図≫≪罠感知Lv:3→4≫≪罠解除Lv:3→4≫≪隠匿Lv:3→4≫≪夜目≫

【武器】

≪棒術Lv:3→4≫≪投擲Lv:1≫

【魔法】

≪神聖魔法Lv:1→2≫≪召喚術≫≪水属性魔法Lv:1→2≫≪空間魔法Lv:1≫

【称号】

≪先駆者≫≪未知との遭遇≫≪原初の超越者≫≪原初の魔術師≫≪魔と友誼を結ぶ者≫≪悪意を見抜く者≫


 見て分かる通り、全体的にかなり強化された。

 特に筋力などの項目は特化させるのではなく、満遍なく振り分けている。なんせ、6もレベルが上がったことでBPは120も手に入ったので、六項目全部に均等に割り振ることができたのだ。

 他に変わった点と言えば、新たに習得した【空間魔法】だろう。

 これはダンジョンを移動中、また入り口まで戻るのが嫌だなぁと考えていたところ、習得推奨スキルとして表示されたのだ。

 レベル1の【空間魔法】で使える魔法は『テレポート』というまさに瞬間移動できる魔法で、距離こそ短いが、戦いの際、奇襲などに大きく役立ってくれている。

 ただ、【水属性魔法】の最初から使える『ウォーター』や【神聖魔法】の『ヒール』が消費魔力1なのに対して、この【空間魔法】は消費魔力が大きく、『テレポート』は一度発動するのに20も消費するのだ。一見少なく見えるかもしれないが、称号やスキルで普通より消費する魔力量が少ない俺でこの量なのである。そう頻繁に使うことはできない。

 それでも強力なのには変わらないんだけどな。いずれはダンジョンから直接家まで転移できるような魔法も覚えられるのかなぁ。覚えられなくても、俺は魔法を創ることができるっぽいし、何とかなるだろう。現状、何も魔法は創れてないんだけど。

 ここまでは俺のことで変わった点を挙げたが、ソウガもまた変わっている。


【ソウガLv:10】

『スキル』

≪棒術Lv:5≫≪受けLv:3≫≪模倣≫


 なんと、俺の【鑑定】スキルがレベル3になったことで、こんな風にソウガのステータスが見えるようになったのだ。

 しかし、俺の様に数値としてステータスを見ることはできなかったが、それでも十分である。というより、やはりソウガの【棒術】のレベルが俺より高い。

 だがおかげでソウガが驚くような洗練された動きができている理由が分かった。

 それは【模倣】スキルのおかげだろう。

 これがあったから、ソウガはネット動画を見て、訓練したことで、多少なりとも動きが身についたんだと推測できる。

 普通のゴブリンがこんな特殊そうなスキルを持っているとはとても思えないので、変異個体であるソウガがすごいのだろう。


「それにしても……もしかしたら【鑑定】のレベルが上がっても、ステータスの数値は見えないのかもな」

「ギャ?」


 名前の次に見えたのがスキルだったこともあり、そんな気がしてくる。

 まあ俺がソウガのステータスを見ることができなくても、ソウガは自分のことをちゃんと理解できているだろうし、問題ない。


「さて、それじゃあ……挑みますか」


 今日じゃなく、明日でもよかったのかもしれないが、もし寝ている間にこのダンジョンに異変が起こると怖いので、できるだけ今日中に終わらせてしまいたい。

 そんな気持ちのまま、ついに目の前の扉を開け、中に入った。

 すると――――。


「あれは……」


 部屋の中は広い空間が広がっており、壁には松明がいくつも並んでいる。

 そして、中心には一体の魔物が佇んでいた。


「赤い……ゴブリン?」


 部屋の中にいたのは、なんとソウガのように肌の色が違う、ゴブリンだった。

 肌の色は真っ赤だったが、その皮膚に黒色のラインが走っている。ソウガは純粋に青色の肌であり、あんな黒いラインはないが……ソウガとは違う変異種なんだろうか?

 警戒しながらそのゴブリンに【鑑定】を使用する。


【レッドゴブリンLv:1】


 見た目通りの名前だった。

 ていうか、レベル1なのか。

 レベル上げしたが、これなら――――。

 そう考えた瞬間、俺は不意に嫌な予感がした。

 それはまさに、今まで幾度となく助けられてきた【不幸感知】の感覚に他ならない。

 ――――この場所に立っていたら不味い。

 その感覚に従い、俺はほぼ反射的にその場から飛び退いた。


「ッ!?」


 瞬間、さっきまで俺の立っていた位置に、すさまじい勢いでレッドゴブリンが手にしていた棍棒を振り下ろした!


「ギャッ!」

「ギィ」


 そんな攻撃した直後の一瞬の隙をつき、ソウガが果敢に攻めるが、レッドゴブリンは慌てる様子もなく、無造作に空いている手を振るう。

 なんとその手にも棍棒が握られており、ソウガはレッドゴブリンの攻撃を受け止めると、その勢いを流しきれず、大きく吹き飛ばされた。


「ギャア!?」

「ソウガ!」


 アイツ、二刀流なのか!?

 部屋の中は松明の光だけだからか薄暗く、初めはよく見えなかったものの、どうやらレッドゴブリンは棍棒を両手で器用に扱うらしい。

 俺はすぐさま吹っ飛ばされたソウガの下まで警戒しながら移動するが、レッドゴブリンは邪魔をする気配がない。


「ギィ」


 どうやら俺たちが二人を相手にしても負ける気がないらしく、挑発するような態度を見せていた。

 その態度にソウガは怒り、飛び出そうとするのを俺は抑える。


「ソウガ、落ち着け。このまま飛び出しても相手の思うつぼだぞ」

「ギャ?」


 ソウガはレッドゴブリンに挑発されたことでそれに乗っかろうとしていたが、俺としては乗る要素がない。

 ついレベルだけで判断し、危ない目にあったものの、基本的には相手が格上であるのは当たり前だと思っているからだ。

 格上が格下を相手に挑発したとしても、それは当然の権利ともいえる。それだけの力が相手にはあるのだから。


「俺が魔法でかく乱するから、ソウガはその隙に近づいて攻撃を仕掛けてくれ。あとは……分かるな?」

「……ギャ」


 レベルを10にするまでの間に、ソウガとは連携をとっていたため、何となくお互いがどうしたいのかとか、分かるようになっていた。

 そして、その中で必勝法とは言わずとも、今の俺たちができる一番の攻撃方法があった。

 ソウガは俺の言葉に頷くと、今度は冷静な様子ながらもレッドゴブリンに突撃する。


「ギャア!」

「ギエ」

「――――『ウォーター』!」

「ギ!?」


 そんなソウガの突撃をつまらなさそうに迎撃しようとするレッドゴブリンに対し、俺はすぐさま『ウォーター』を発動させた。

 この魔法は純粋に水を出すだけの魔法だが、その勢いは強くすることができ、ホースから勢いよく水を出した時と同じくらいの威力は発揮できた。

 しかし、威力が多少強いとはいえ、攻撃用の魔法ではないためか、ダメージ自体は与えられているのか怪しい。

 それでも、顔を狙えば鬱陶しいことに変わりはなかった。


「ギィ……!」


 実際、レッドゴブリンは俺の『ウォーター』を顔に受けたことで、ソウガを迎撃するのではなく、顔にかけられる水に意識が向き、そのまま俺を激しく睨みつけた。

 そして、その隙をソウガは逃さない。


「グギャアアア!」

「ギィ!?」


 ソウガの渾身の一撃がレッドゴブリンの胴体に決まる。

 だが、レッドゴブリンは軽く呻くだけで大きくダメージを負った様子はなかった。


「ギィ……!」

「グゲ!?」


 それどころか、胴体に叩きつけられた棍棒を腋で挟むと、ソウガの身動きを封じてしまう。

 何とか棍棒を引き抜こうと足掻くソウガに対し、レッドゴブリンは容赦なくソウガの頭目掛けて棍棒を振り下ろそうとした――――。


「――――させるかよッ!」

「ギェエエエエ!?」


 ソウガに完全に意識が向いている瞬間、俺はレッドゴブリンの背後に『テレポート』したのだ。

 これこそがまさに俺とソウガの一番の攻撃方法だった。

 ソウガに意識を向けさせ、そこから俺の魔法で俺に意識を強制的に向けさせると、その隙にソウガに攻撃させる。その攻撃で相手が沈まなかった場合、ソウガにまた相手の意識が向いたその瞬間……『テレポート』で相手の背後に一瞬で回り込み、俺が攻撃をするのだ。

 一度しか通じない俺たちの攻撃だが、決まれば大きい。

 レッドゴブリンの背後に移動した俺は、後頭部に思いっきり棍棒を叩き込んだ。

 さすがに頭部への攻撃はダメージが大きかったようで、レッドゴブリンはソウガへの攻撃を中断し、頭を押さえてよろけた!


「ソウガ!」

「ギャッ!」


 俺の掛け声に合わせてソウガは思いっきり棍棒を構えると、俺と同じタイミングで再びレッドゴブリンの頭部目掛けてフルスイングした。


「グギャアアアアアアアア!」


 俺の棍棒は後頭部に、ソウガの棍棒は綺麗に鼻へと決まり、二つの棍棒に挟まれるレッドゴブリン。

 俺とソウガの二人からの攻撃を同時に頭部に受けたレッドゴブリンは大きく悲鳴を上げると、両手から棍棒を取りこぼし、膝をついた。


「これで……終わりだッ!」


 トドメの一撃として、俺は上段に構えた棍棒を、レッドゴブリンへと振り下ろした。


「ギ、ギィ……」


 レッドゴブリンは最後に小さな悲鳴を上げると、そのまま光の粒子となって消えていった。

 その瞬間、俺の前にメッセージが出現する。


『レベルが上がりました。【成長する迷宮】の攻略に成功しました。称号【制圧者】を獲得しました。称号【孤高】を獲得しました』


 どうやら、無事、ダンジョンを攻略できたみたいだった。

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