第7話

「……」

「グゲ」


 思いつく限り、様々な準備を終えた俺は、改めて青色の渦の前に立っていた。

 とにかく持っていけるものは持っていこうということで、水や食料はこれでもかと言うくらいに【倉庫】の中に入れている。

 一応、【倉庫】の効果を確認するために熱々のお湯を収納し、一日置いて出してみたところ、全く冷めていなかったことから、【倉庫】内の時間は止まっていることは確認済みだ。

 だからこそ、遠慮なく水も食料も詰め込めたわけだが……正直、どれだけの期間保つのかとか考えずに詰め込んだ。

 他にも、大きさも関係なく収納できるので、ベッドやらテントやらキャンプ用具やら、便利グッズも含め、備えられるだけの備えはしたつもりだ。

 ただ、家にそんなに都合よく色々あるわけではないので、わざわざ買いに出かけた。

 ……食料に至っては、そんなにどうするんだってくらい買ったもんだから、変な目で見られたけどさ。この時期、キャンプやバーベキューをする人も少ないだろうし。

 なるべく一つのお店で買うんじゃなくて、色々なお店を回り、不自然に見られない様にしたつもりだが、こればかりは諦めている。

 ちなみにお金に関しては、昔に【鬼運】の効果で稼いだものがかなりあるので、気にしなくても大丈夫だった。

 そんなこんなで色々準備を重ねたわけだが、ダンジョンなんてまだ俺以外に地球で誰も行ったことないだろうし、不備があっても仕方がない。

 他にできる備えとして、覚えたばかりの【神聖魔法】も使ってみたのだ。

 俺は魔法自体を創造することもできるみたいだが、【神聖魔法Lv:1】の段階では『ヒール』と『キュア』の二種類の魔法が最初から使える。

 『ヒール』も『キュア』よくゲームやらネット小説やらで目にする言葉だが、効果もまさに想像通り。

 『ヒール』は小さな怪我を回復する魔法で、『キュア』は解毒や病気を回復する魔法らしい。

 初め、自分の指を軽く傷つけ、それを『ヒール』で治療して、綺麗に切頭が治った時はメチャクチャ感動した。だって魔法が使えるんだぜ?

 しかも、この二つの魔法は消費MPはたったの1で、非常に使い勝手がいい。まあ『ヒール』は小さな怪我しか治せないみたいだが、『キュア』に関しては解毒や病気を治すとしか書いてないから、もしかしたら強力な毒でも解毒できる可能性があるわけだ。さすがにこれは確かめる気にはならなかったので何とも言えないけど。


「でも、渦の向こうは毒ガスが充満しているとかだったら最悪だもんな」


 毒ガスもだが、そもそも酸素があるのかさえ不明である。

 だが、やはり【不幸感知】のスキルが働かないことからも、そこら辺はあまり心配しなくてもよさそうだが。

 ……他の人が見ると、俺は【不幸感知】なんていう未知の力を完全に信頼している変な奴と思われるかもしれないが、こちとら二十二年間もこのスキルに助けられてきてるんだ。信頼していない方がおかしい。

 つい謎の渦を前にあれこれ考えたり、悩んだりしてしまう俺だが……覚悟を決めよう。ここでうだうだやってても意味ないし。


「……行くぞ」

「グギャ!」


 俺がそう言うと、ソウガは斥候も兼ねてか、先に渦の中に飛び込んでいった!

 ……俺が覚悟を決めてる中、ソウガは勇気あるなぁ。いや、俺がヘタレなだけか?

 ソウガの思い切りの良さに驚いていると、渦から顔だけソウガが顔を出した。


「グゲ!」

「……大丈夫、ってことか?」

「グギャギャ」


 俺の言葉にソウガは頷き、再び渦の中に消える。

 そのあとに続く形で、俺もゆっくりと渦の中に足を踏み入れた。


「っ! ……ここは……!?」


 渦の中に入ると、そこは石造りの通路が広がっていた。

 どういう原理かは分からないが、全体的に薄暗いものの、ちゃんと通路の奥まで見える。


「本格的にゲームのダンジョンみたいだな……体に異変もないし、毒もなければ空気も問題なさそうだ」

「ギャ」


 特に何か生き物の気配を感じるといったことはなかったが、ソウガは棍棒を構え、周囲を警戒している。

 ……そうだ、ここは誰も知らない場所なんだ。俺も気を抜かないようにしないと。


「そうだ、先に行く前に罠がないか調べておくか」


 使い方は分からないが、習得したばかりの【罠感知】のスキルを発動させるように念じてみる。

 すると、本当に何となくだが、ここら辺には罠がないといった不思議な第六感のようなものが囁いた。


「これは……ただしく発動してるってことでいいんだよな?」


 正直、スキルは【不幸感知】や【鬼運】、そして【神聖魔法】以外は効果を実感したことがない。

 だが、感覚としては【不幸感知】で不幸を無意識に感じている状態に近いものがあるため、たぶん問題なく発動しているはずだ。


「あとは……【地図】スキルでマッピングしつつ、【気配察知】と【気配遮断】を併用しながら進むか」


 俺も初めて倒したゴブリンから入手した棍棒を握りつつ、ソウガと一緒に慎重に先に進んでいく。

 少し進み、後ろを振り返って渦の様子を確認するが、渦は消える様子はない。


「……ここに来たからといって消えることはない、か。まあ時間が経ったら消えるかもしれないし、結論を出すには早いかもしれないけど」


 これも今考えても仕方ないことなので、ひとまず無視して進むことに。

 そんな中、俺は改めて【スキルコンシェルジュ】が提案した【地図】の有用性を再確認していた。


「すごいな……ちゃんとマッピングされてるから、道を分断されたりとかしない限り、迷うことはなさそうだぞ」


 おかげで道順を覚えるといった手間を省きながら進めているため、罠や周囲への警戒に意識を割けるのは大きい。


「ていうか、【気配察知】も【気配遮断】もちゃんと発動してるんだろうか?」

「グゲ?」


 俺の呟きにソウガは不思議そうに首を傾げた。

 【気配察知】は生物が近くにいれば発動するのかもしれないが、【気配遮断】に至っては自分じゃ効果の確認のしようがない。

 そんなことを考えていると、不意に妙な感覚に襲われた。


「これは……」

「……ギャ」


 すると、ソウガは静かに棍棒を構える。

 その瞬間、通路の奥からゴブリンが姿を現した!


「ギャア? グギャギャ!」


 現れたゴブリンは一体だけだったが、俺らの視認するや否や、すぐに棍棒を振り回しながら襲ってくる。

 あの……【気配遮断】さん、仕事してます? レベルが低いからダメなの?


「ソウガ!」

「グギャ!」


 見つかってしまったものはしょうがないので、俺はすぐにソウガに声をかけると、ソウガはゴブリンの攻撃を棍棒で受け止めた。

 しかも、ただ受け止めるだけでなく、しっかりと衝撃は受け流しているようである。もしかしたら、最近ソウガのブームになっている武術関連の動画を見ている成果なのかもしれない。いや、見ただけでここまで再現できるソウガがすごいんだが。


「おらっ!」

「ギャ!?」


 ソウガが攻撃を受け止めてくれたことで、隙が生まれたゴブリンの頭目掛けて、全力で棍棒を振りぬいた。

 初めてゴブリンを殺した時は恐ろしかったし、何より気持ち悪さが大きかったものの、【精神安定】のスキルを手に入れてからか、魔物を殺すことへの意識が大きく変化し、あまり抵抗がなくなっている。

 本当ならそんな物騒な思考回路になっていることを深刻に受け止めるべきなんだろうが、現状を考えると、抵抗感を抱えたまま過ごしていくことは難しいだろう。

 特に俺の家の周りばかりでこんな不思議な状況が起きているのだ。割り切るしかない。

 俺の一撃を受けたゴブリンだったが、その一撃で倒れはしなかったものの、大きくよろつき、壁に激突する。

 すると、ソウガがゴブリンのお腹に鋭い一撃を叩き込んだ。


「ギャギャ!」

「グギャア!」


 ソウガの攻撃を受けたゴブリンは大きな声を上げると、そのまま光の粒子となって消えていく。

 しかし、今回はレベルアップのメッセージこそなかったものの、再び棍棒と何やら赤色の小さな石が、その場に残った。


「レベルアップはなしか……って、さっきのゴブリンが何レべだったのかも確認してないじゃん」


 相手が一体だけだったことと、初めてのダンジョンで緊張していたためか、相手の戦力を確認するのを怠ってしまった。

 もし仮に、今のゴブリンのレベルがとんでもなく高かったら、負けていたのは俺たちだろう。

 幸い、今俺のレベルが上がらなかったことからも、レベル自体は俺たちと同じかそれ以下だったんだろうが。


「ソウガのレベルは……お、上がってるな」

「グギャ!」


 残念ながら俺のレベルこそ上がらなかったが、ソウガを鑑定してみると、レベルが一つ上がり、3になっていた。しかし、まだ【鑑定】のレベルが低いためか、ソウガの詳細なステータスは見ることができない。

 一応、俺もステータスを見てみると、スキルのレベルが上がっていることに気付く。


「あ、こっちは上がったのか」


名前:神代幸勝

年齢:22

種族:人間Lv:3

職業:召喚勇士Lv:1

MP:6(+5)

筋力:11

耐久:13

敏捷:11

器用:10

精神:9

BP:0

SP:0

【オリジンスキル】

≪鬼運≫≪不幸感知≫

【ユニークスキル】

≪システム≫≪スキルコンシェルジュ≫≪魔力支配Lv:1→2≫≪魔法創造≫

【スキル】

≪精神安定≫≪鑑定Lv:1→2≫≪気配察知Lv:1→2≫≪気配遮断Lv:1→2≫≪契約≫≪地図≫≪罠感知Lv:1→2≫≪罠解除Lv:1→2≫≪隠匿Lv:1→2≫

【武器】

≪棒術Lv:1→2≫

【魔法】

≪神聖魔法Lv:1≫≪召喚術≫

【称号】

≪先駆者≫≪未知との遭遇≫≪原初の超越者≫≪原初の魔術師≫≪魔と友誼を結ぶ者≫


 今の俺のステータスは上記の通りだが、【魔力支配】や【隠匿】など、使った記憶のないスキルのレベルも上がっていた。もしかしたら、この二つはゲームで言うパッシブスキル的な面もあるのかもな。

 それよりも、【気配遮断】のスキルレベルが上がったんだし、次はもう少しバレにくくなるんだろうか? お願いしますよ?


「それにしても……【棒術】スキルってバカにできねぇな」


 俺は手にしている棍棒を軽く振りながら、そう呟いた。

 【棒術】スキルを手に入れてからの初めての戦闘だったわけだが、スキルを手に入れる前とは明らかに体の動かし方に差が出ているように感じたのだ。

 しかも、それが無意識に反映されていて、操られてるとかって感じでもなく、俺の技術として扱えているのである。

 ……このスキルってのも不思議だな。どういう原理で武術を習ったこともないこの俺に、あんな自然な動きができるようにしているんだろうか。

 それを言い出したら、この状況も何もかも不思議なので、考えるだけ無駄かもしれない。調べるにしても、俺なんかより頭のいい人たちが研究したほうが絶対早いだろう。


「さて、俺たちの確認は済んだわけだが……」

「グギャ」


 すると、ソウガはゴブリンが落としたドロップアイテムを拾ってきてくれた。

 一つは今俺もソウガも持っている棍棒だが、問題はもう一つの石ころである。

 今までの情報から考えると、これが魔石なんだろうが……。

 【鑑定】スキルで目の前の赤い小石を確認した。


【魔石(ゴブリン)】……ランクEの魔石。魔力の結晶。この魔石にはゴブリンの情報が刻まれている。


「やっぱりか」


 魔石であることは予想通りだった。

 しかも、魔石にランクがあるのも何となく想像していた通りだ。


「せっかく魔石が手に入ったんだし、一度【ショップ】を確認してみるか……」


 今まで手持ちに魔石がなかったがために大して確認していなかった【ショップ】を開いた。

 そこにはやはり俺の知らないような様々なアイテムが売られている。

 そして、魔石をこのショップ用の通貨に還元しようと考えると、メッセージに『1Gに還元できます。還元しますか?』と表示された。

 どうやらランクEの魔石は1Gになるらしい。てか、このGってのはゲームなんかでよく見るゴールドって認識でいいんだろうか? 本物の金ならとんでもねぇが。

 ひとまず還元は中止しつつ、俺は改めてショップのラインナップを見ていく。


「うーん……まあ1Gで買えるようなものは売ってないわな」


 一番安い初級回復薬でさえ30Gもするのだ。最低でもゴブリンを30体も倒す必要がある。

 それと、まだ解放されていないのか、黒塗りで商品や値段が見えないものも表示されていた。


「……どのみちショップで買えるのは先になるだろうし、ここは戦力強化の方がいいよな」


 そう思った俺は、初めて『魔石契約』に挑戦してみることに。

 といっても、魔石を用意して、『契約』と口にするだけでいいらしいが。


「よし、それじゃあ……契約!」


 俺がそう口にした瞬間、魔石は光り輝くと――――半分に割れた。


「え?」


 割れた魔石はそのまま俺の手の中に灰になると、消えていく。

 …………。


「失敗したのか!?」


 おい【鬼運】スキル! ちゃんと仕事しろよ! せっかくの魔石が無駄になっただろ!?

 いや、考えなしに使った俺が悪いのか? でも、ショップで使うにしてもまだまだかかるわけで……。


「うわぁ……ショックだ……」

「グゲ」


 落ち込む俺に対し、ソウガが優しく肩を叩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る