第7話

「……くしゅん」

 突然くしゃみが口から飛び出す。

「風邪ですか?」

「いや、冷房が効きすぎてるんじゃないかな」

 まだ午前中とはいえ外はそれなりの暑さだった。かいた汗が冷房によって冷えたのだろう。

「あるいは誰かが噂をしているのかも知れませんね」

 もしそうなのだとしたら聡かそこらだろう。あいつは今日は朝から1日部活だなんだって昨日散々愚痴って騒いでたからな。話の種にされてる可能性は十二分にある。

「それでこの後はどうするんだ?」

 カフェでの朝食取り終わり、締めのコーヒーと共に可憐に今後の予定を聞いてみる。

「すいません。そのことなんですが正直どこへ行っていいものか分からなくて……あ、白さんはどこか行きたいところないですか? こうして私の行きたいところは行けたので」

「そうだなぁ……」

 そうは言っても簡単には出てこない。

 それにこの場所もよくない、かなり駅から離れているし、バス停からもそれなりの距離がある。

「ごめん、何も考えてなくて……」

「いえ、私こそ最初からここにきてしまったばかりに」

 しかし、本当に困ったな。何をすればいいのかの見当もつかない。妥当なのは駅前に戻ることだろうか。最悪駅前なら基本的な施設は整っている。

「すいません、少しお手洗いに……」

「あぁ、了解。何か考えておくよ」

 可憐が手洗いへと立ち、席を離れてしばらくした後。

佳奈かな行こうぜ」

「うん」

 隣の席のカップルが立ち上がる。奥に座っていたラフな格好をした男性が横を通る時に「頑張れよ」と耳打ちすると共に2枚の紙を机の上に置いて立ち去ろうとした。

「えっ……」

 そこに置かれていたのはペアのチケットだった。すぐ近くにあるそれなりに有名な遊覧船のチケット、この周辺にはいわゆる絶景ポイントなる物がいくつかあるのだが通常の方法では行くことが出来ない。入り組んだ崖の中等の所に存在する為に船を使わなければいけないのだ。

 それがこのチケットという訳なのだが。

「ってちょっと、待ってください」

 慌てて男の袖を掴む。

 このチケットは値段自体はそこまで高くない。1500円かそこらだ、だが問題なのはそこじゃなくこのチケットが入手困難過ぎるというところだ。船でしか行けない絶景ポイントそれゆえに今やこのチケットは予約待ちが半年程あると聞く。

「こんなもの貰えませんよ」

「そうは言ってもなぁ」

 男が彼女に振り向く。すると彼女も後に続く。

「私達、別の予定が出来ちゃって、そっちに行かなくちゃいけないのよ。これ今日しか使えないから、ね?」

 確かに裏面にハンコ付で押されている日付は今日のものとなっている。

「いや、でも……」

 何もしないでこれを頂くというのは流石に気が引ける。だってこの人達だってこのチケットを手に入れるためにかなりの苦労をしているはずだ。それこそ半年程前から楽しみにしていたに違いないのだ。

「それにお金も……」

 このチケット、元値はそれほどでもないのだが転売といくと物凄い物になる。場合や時期によっては5倍程度に跳ね上がることもあるそうで。

 そもそも、転売目的の買い付けは規制されてるらしいが、世の中はそんなに単純じゃない。禁止して制限出来るのなら犯罪は無くなるはずだから。

「ならこうしよう、君らには俺らの代わりに行ってもらう。料金はお前らの思い出で払ってもらう。具体的には写真でな」

「写真、ですか?」

「おう、これ。俺の連絡先、ここに送ってくれればOKだ」

 彼女からメモを受け取りスラスラと書き連ねていく。

「んじゃ、確かに渡したからな」

「ちょ……」

 男はヒラヒラと手を振りながらレジへと歩いていく。彼女も頭を下げて後ろに続く。

 しばらくすると可憐も帰ってきた。

「そのチケットは?」

「えっと、貰い物?」

 少なくとも落とし物ではない。ちゃんと話をしてってことになるのか?

 何と言うか押し付けられた、ような気がしなくもない。とは言え通常手に入るものでは無いから文句は言えないのだが。いささか気前が良すぎるのではないだろうか。正直不気味過ぎる。

 ただの好意として捉えるか何かの策略なのか。

「とりあえず、ここに行こう」

「わかり、ました。ちなみに怪しい宗教とかの勧誘とかじゃないですよね?」

「だとしたらかなり斬新だな……」

 とは言え完全否定出来ないのもまた事実だ。


 ただ、この時の俺はまだ何も理解していなかった。この後にどんな困難が俺を待ち構えているのかを……。

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