第5話

 駅からバスを使うことなく海沿いの道を2人で歩いている。ここを昨日は本屋に向かうために歩いていたが、昨日と今日では全然違う。まぁ、隣を歩く人が違うのだから当然といえば当然か。しかし隣が男か女かというだけでここまで変わるものなのか。正直驚きだ。

「しかし、バスを使えばいいんじゃない?」

 隣では可憐かれんが俺の裾を掴み息を上げていた。歩き始めて5分ちょっとでこれなのだから相当体力がないのだろう。

「そ、それだと通り過ぎちゃうんです。だったら歩いたほうがよくないですか?」

 正直どっちもどっちだと思う。というか目的地に着く前にへとへとになっていたら本末転倒ではないか。

 程なく歩き昨日の本屋まで辿り着いた。本屋の前にあるベンチで可憐を休ませ、近くにあった自販機でお茶を購入し差し出す。

「す、すいません。迷惑かけて」

「いや、いいんだけど。昨日もここまで歩いてきた、とか言わないよね?」

 そうだとすれば原因は寝坊だけということにはならないだろう。

「昨日は、家の者が送迎を……」

 家の者、って可憐ってかなりお嬢様だったりするのか、いやでも両親って可能性も。

 でもそうなら自分の両親を家の者とは言わないよな。

「白さんは昨日も歩きで?」

「あぁ、これでも男子の端くれではあるからね。それなりの体力はあると自負してる」

 男子の端くれとは言えどやはり帰宅部では筋肉もつかない。一時期はジムにでも通おうかとも考えていたが、高いうえに効果はあまり高くないとのことなので結局何もしないで今に至る。

「あ、あの。もう少し休んでも?」

「問題ないんだよね? 何なら俺がおぶって運ぶけど」

「…………魅力的な提案ですけどもう少し休めば大丈夫だと思いますので」

「了解」

 その後10分程休憩を取り更に10分程歩き少し前を歩く可憐の足が止まった。

「ふぅ、ここです」

「ここは……カフェ?」

 道路を挟んで海に向き合うような形でデッキが併設されており、詳しくは知らないが最近人気らしいと小耳にはさんだことはあった。確か、ブランチがどうとかこうとか。

 てかブランチって何?

「はい、一度は行ってみたかったんですがどうにも1人では入りにくくて……」

 確かにまだ朝早いというのにかなりの人が並んでいる。あぁ、なるほど。並んでいる人達を見ると大半は男女ペア、少数で女子友達という感じ。つまりここが一種のデートスポットとなっているのだろう。そうなると確かに女子1人で出入りするというのはかなりの勇気を要するだろう。それにしてもこの店の男子禁制感が凄い、最早カップルの付き添いという形でしか男子は入ることが出来なそうだ。

「そういうことなら付き合うけど俺なんかでいいのか?」

 そうなった場合もしかしなくても俺が可憐の……ということになる。

「あなたがいい……って何を言わせるんですか。バカバカ」

 頬を膨らませて俺のお腹のあたりをポカポカと叩く。

「えぇ……」


 ***


 注文を終えて席に着いたところで可憐がおもむろに口を開く。

「連れてきておいてなんですが、これじゃあ私があなたを連れまわしているみたいじゃないですか。私が連絡先を教えたのはあくまであなたの願いを叶えるためなんですよ。これじゃあ私が連絡先を渡した意味なくないですか?」

「う~ん、そうか?」

 俺としては特に叶えたいものがあるわけでもないし、今日ここにいるのもただ単に呼び出されたからというだけにすぎない。男としては女の子に呼び出されれば黙って従うよね? 少なくとも俺は従うから今日のことも特段疑問には思わなかった。

「ご注文の品です」

 店員さんが机の上に2人分のフレンチトーストとコーヒーを置いていく。2人でその店員さんに軽く頭を下げる。

「俺の叶えたいことね……」

 というかよくよく考えたらこの状況そのものがご褒美のようなところがある。

 あぁ、そうそう。ブランチっていうのはブレックファーストとランチのかばん語? らしく朝と昼の間、午前11時くらいに食べる料理のことをそう言う、というのがウィキさんに書いてあった。

 どんなに多く見積もっても今は9時くらいなので普通にブレックファーストである。それでもここまで人が多いのだからこの店の人気は本物なんだろう。

「そうだな。こうしよう、可憐の願いを叶えるのが俺の願いってことで……ってあれ?」

 俺の発言を聞いて可憐が頬を膨らませる。

 こんな願いじゃダメだったのかな?

「白さん、よく損するタイプなんて言われたことないですか?」

「よくあるな。むしろみんなからそう言われる」

 特に聡からは口癖のようにいわれている。俺としては何を損しているのかが皆目見当つかないのだけれど。みんな口をそろえて俺のことをそういうのだ。

 一体何を損しているのだろう。

「う~ん、俺としては可憐とこうして話していられるだけで満足なんだけどな」

「なっ、なんてことを言うんですか」

 そう言って可憐は両手で顔を覆う。

 あれ? 俺何かまた余計なこと言った?

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