第2話
「いやぁ、危なかった危なかった。ギリギリ2冊残ってたのは運がいい。俺は今日ならいけるかもしれない。さらばだ友よ」
自動ドアを出てすぐにこれだ。はぁ、せめて
それにしても今年の夏は一段と暑さが厳しいな。俺もさっさと帰ってアイスでも食べながら買った本でも読もうかな。
聡が進める本は間違いがない、今まで例外なくすべて面白かった。その選定能力を少しでも恋愛に振れればきっと今頃は違う結果になっていたんだろうな。なんて身も蓋もないことを考える。
「……すまんな、嬢ちゃん。ちょうど今しがた売れちまったんだ」
自動ドアが閉まる前にレジ打ちをしていたおじさんの声が聞こえた。どうも続きが気になったのでドアが閉まる前に再び店内へと滑り込む。
「うにゅう~、再入荷は?」
カウンターを挟んでおじさんと一人の小柄な少女が会話をしていた。少女は真っ白なワンピースに黒くしなやかな髪。麦わら帽子を片手に持っている。
「お嬢ちゃんが言ったのは限定版のやつだからな、通常版なら入荷しているんだが……」
「仕方、ありませんね。私が寝坊したのが原因ですから、通常版を買わせていただきます」
後ろから見ていてもはっきりとわかる程肩を落とし、カウンター手前にある通常版の本を手に取る。
「すまんな、しかし本当にこの本は人気だな」
「本当です……」
そのまま会計を済ましてトボトボとこちらへ向かってくる。
俺の横を通り抜け店の外へと出ていく。その後ろ姿が見過ごせず気が付けば自分でも無意識のうちに彼女に話しかけていた。
「君、ちょっと待って」
「うぅ? 私は今後悔と絶望の中情けない自分を恨んでいるんです。それよりも重要なことなのです?」
物凄く重い、流石にそこまで思い詰めることもないのではと思ったが、おそらく聡も同じ状況なら血の涙を流しながら同じことを言っているのではと思った。前に一度買い逃した時にはレジの前で突っ伏して30分動かなかったからな。あの時は本当に大変だった。周りの人から俺まで変な目で見られるし普通に営業妨害だ。あいつ、俺がいなかったら一体何回捕まってるんだ……。
普通の人ならそんなことにはならないのかもしれないが、本を本当に大好きならば確かにそういう反応になるのかもしれない。
「いや、君が買いたかったのって……」
鞄から袋を取り出すと先程とは打って変わって超高速で僕の手から袋を奪取する。そして袋の中身を覗き失神……しかけた。後ろに倒れるギリギリのところで踏み止まり上体を起こし俺に向き直る。
「……あなたは私を笑いに来たんですか、こいつギリギリで買えてねぇ、ざまぁねぇなって事ですか。すいません、その手には乗りませんのでこれはお返しします。それでは」
物凄い速さで捲し立てて袋を俺に押しつけて帰ろうとする。ちなみに物凄い涙目というかもう半分泣いていた。
「なんですか、別に悔しくなんてないんですから」
いや、さっき自分で後悔してるって言っちゃってたし、そんな顔で言われても説得力は欠片もない。
「そんなに面白いですか、私の顔は。最低です、人でなしですろくでなしです」
涙で顔を濡らしながらポカポカと俺の腹を拳で叩く。
その様子が可愛いと思ってしまったのは俺だけの秘密だ。
「ちょちょちょ、そこまで言われる言われはないと思う、それに俺の話を聞いてくれ」
「なんです、今後に及んであなたと話すことなんて……」
「さっき君が買った本と俺の本を交換して欲しいんだ」
「誰がそんな、そんな話を……ってあなた何を言っているのかわかっているのですか?」
慌てた様子で少女が俺の顔を凝視する。聡に言ったらきっとかなりキレるだろう。でもそれでも俺には一冊の本であんなに一喜一憂できる少女にこの本を譲りたくなった。大してこの本を知らない俺なんかに読まれるよりも余程有意義に読んでくれることだろう。
それに、やっぱり女の子は笑っている顔が一番可愛いだろうから。
「別に要らないって言うならいいんだけど」
「あ、待って下さい……その、本当の本当にいいのですか?」
俺的には本が読めればいい。限定か通常かというのは言っちゃあなんだが些細な問題でしかない。だとしたら困ってる少女を助けるのは道理だろう。
「俺は読めればいいからね。この本も君に読んでもらえた方が幸せだろうし」
「でも、私には何も出来ませんよ……」
「別に何かしてもらいたくてそれを譲るなんて言ってる訳じゃないよ、困ってたら助けるのは当たり前。俺が出来ることは俺がやらなきゃ」
「でも、これは限定版です。値段だって通常版の約3倍です……あなたはもっと値段を吊り上げることだって出来るのですよ」
ちょくちょく出てくる俺の印象というものがあまり良い方向を向いていない気がする。そんなに俺って小賢しく見えるのか?
「ならこうしよう、君が交換してくれないなら俺はこの本を原価の2倍で売る。例えそれくらいしたとしてもきっとすぐに売れてしまうだろうな」
まぁ、こういうやり方をしていたら小賢しいと思われるか。それでも何故か俺は彼女にこの本を渡したかった。
「うぐぐ……ずるいです。でも納得はできません、ですからこれを」
少女がポーチの中から手帳を取り出し何かを書いた後に切り取って差し出す。
「私のメールアドレスと電話番号です。あなたが納得するまで好きに使ってください」
「ちょ、それなら俺のも」
彼女に手帳を貸してもらい、自分の番号とアドレスを書く。
手帳を返すとそれをどこか満足したような表情でしばらく眺め、早足で去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます