君のいない世界なんて

翠恋 暁

第1話

 そう、あれはなんて事のない夏休みのことだった。


「はぁ、寂しいなぁ……」

「どうしたさとし、悩み事なら相談に乗るぞ」

 滴る汗をタオルで拭いながら返答する。

 日差しが容赦なく降り注ぐ炎天下の中、友人と共に本屋に向かうために海沿いの道を歩いている。最近になって急に気温が上がり海は一気に活気に満ちていた。

 栗原くりはら聡とは幼稚園からの幼馴染、更には今までの学校生活の中で違うクラスになったことが一度もない、最早腐れ縁というところまで来ている。今日は聡がオススメだと言う単行本が発売されるとのことなので朝からこうして2人揃って歩いているのだ。

「お前は寂しくないのか?」

「何がだ? 何に関して寂しいのかをはっきりとしてくれ」

「だから、こんな日に男2人で海辺を歩いて寂しくはないのか?」

 今の今までだからの部分が説明に出てきたことはなかったと記憶しているのだが、さては暑さで頭をやられたか。

「自分から誘っておいて随分な言い草だな。結局お前は何が言いたいんだ?」

はくは夏といえばなんだと思う?」

 それこそ人それぞれではないだろうか。遊ぶのも勉強をするのも、こうして友人と過ごすというのも夏の選択だとは思うのだが、聡の言いたいことは分かってしまった。

「やっぱりさぁ、夏の時期って青春の代名詞なわけじゃん。キャッキャウフフの刺激ありありな日々なんじゃないの? どうして一部リア充だけが夏を満喫してるわけ? 理不尽だと思わない?」

「全く、そんなんだから彼女ができないんじゃないのか」

 聡のもともとのスペックはかなりいい方だ。成績も悪くなく運動もそこそこできる。1年生にしてうちの高校のテニス部期待のルーキーなんて言われてるくらいだ。このひん曲がった精神をどうにかすればそれなりにモテるのではないかと思う。

「なんかすごく上から目線だけど白も俺と変わんないんだぞ、彼女無しの童貞男子だぞ。なんとも思わないのか?」

 何気なく聡から目をそらし海を見つめる。というかこいつは道の往来で堂々と童貞がどうこうなど、俺からしたらそっちのほうがなんとも思わないのか気になるとこである。

「……別に」

 嘘だ。彼女が欲しくないのか、と聞かれてノーと答える男子高校生などいないのではないだろうか。出来る事なら是非とも欲しい、それが健全な男子高校生の願望であろう。そうとは言っても理想と現実は無情にも食い違い妄想が真実に変貌することない。どんなに欲しいと願っても叶えられないこともあるのだ。こと恋愛においてはそれが顕著けんちょに出るだろう、夢を現実としてつかめるのは極めて少数。青春を謳歌おうかすることが出来るのは選ばれた人間のみ。

 それでも彼女が欲しいと願ってやまないのはきっと男子としての性なんだろう。

「はぁ、枯れてるなぁ。お前の青春枯れてるよ、そんなんだからあそこも枯れんだぞ」

「だからそういうところだ、その言動がお前のスペックを殺してるんだぞ」

 本当に残念な男である。

「……ナンパしたら彼女出来るのかな」

 聡の視線はビーチに群がる集団に注がれていた。

 ここの砂浜はそれなりに有名で夏になるとば朝早くから夜遅くまで人が訪れている。今日も例外なくサーフィンをしている人やビーチボールで遊ぶ人、パラソルがちらほらと広がっている。おそらく昼前になればさらに人が増えることだろう。

 それにしてもまだ9時過ぎだというのに随分と賑やかだ。しかしこういう光景を見るとやはり夏だな、と思うのは俺だけなのだろうか。

「寝言は寝て言え、そもそもお前にそんなことをする甲斐性はないだろ……さっさとしないと売り切れるぞ」

 聞けば聡が買い求めようとしているものは限定品らしく、これを逃せばもう買うことはできないそうだ。だからこうしてわざわざ開店前から動いているというのに。

「おぉ、見ろ白。あの人ヤバい、たゆんたゆん。あれは、罪だ……」

「お前のその発言が犯罪なんだが……」

 目をキラキラと輝かせてビーチの女性(の胸)を眺めている。どう考えてもこっちの方が罪を犯している。絵面的にもアウトギリギリだ。こいつ、俺のいないところで捕まらないかが非常に心配になる。

「ほら、いくぞ。おばさん達の目が痛いから」

 反対側の道路からひそひそとこちらを見て何かを相談しているようだった。携帯を取り出していたところから考えるとかなり危なかったのだろう。聡のパーカーのフードを引っ張り無理矢理離脱を試みる。

「お前はただ海を見ていた、そうだな」

「おう、俺はあの輝き揺れるおっ……むぐっ」

「分かったから、早く本屋に行こう」

 ここにいれば聡が本当に捕まりかねない。おばさん達に軽く会釈し早足で場を離れる。

「おい白、何の権利があって俺をあの楽園パラダイスから引き剝がす」

「お願いだ、聡。頼むから黙っててくれ……」

 どうしてただ本を買いに来ただけなのにこんなに疲れなくちゃいけないのだろう。




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