勇者が魔王の娘をお姫様抱っこする話

 とりあえず、野営が出来そうな所まで引き返すことにしたアヴェルとルキア。その道中にて、ルキアある一点を見つめ、立ち止まった。


「どうした? ルキア。」

「何かあそこだけ… 靄が薄くない?」


 先ほどの滝のせいなのか、この辺りでもまだ靄がかかっているわけだが… ルキアが指したその一点、反対岸のある一か所が、わずかに靄が薄くなっていた。


「確かに… 言われてみればそうだな。」

「やっぱり? 行きに通った時も『あれ?』とは思ったんだけど、その時は見間違いかなって。」

(…というか、その時はアヴェル君と一緒に行動してるって思うとなんか満たされちゃって、それどころではなかったというか…)


 この女、気分はすっかりはデートだった。


(二人で一緒に行動して、滝を眺めて『綺麗だね』って笑い合って… あれ? これはデート? デートと言っても差し支えないのでは…!?)


 尚、滝を眺めてその大きさに対する感想を述べこそしたが、『綺麗だね』と笑い合った事実は存在しない。


「俺、ちょっと反対岸渡って見てくるわ。」


 そういってアヴェルは、反対岸まで跳躍しようとしたわけだが…


(ちょ、おいおいなんだその目は…! あ、あぁ…!)


 この男、気分はさながら“外出時に『いかないで…!』とペットに見つめられて『あぁ…!』ってなってる飼い主”のそれであった。


 アヴェルはルキアに背を向け、そっと腰を下ろす。


「乗ってくか?」


 意図を理解したルキアが、思わず動揺する。


(お、お、おんぶ…!? 背負ってくれるの…!? あ、やばい…! 動悸が…!)


 そんな様子を見て、調子に乗ったアヴェルが…


「こっちが良かったか?」


 そう言って、ルキアをお姫様抱っこした。


(お、お姫様抱っこ!? 夢にまで見た!? あ、やばい…! 何この安心感…! すっっごい満たされる…! ずっとこうされてたい…!)


 この女、気分はさながら“一国のお姫様”であった。…いやそうなんだけど。


(や、やっべぇ…! 調子乗ってお姫様抱っこしちゃった…! てか何!? 何このぬくもりは!? すっごい温かいんだけど!? あ、やばい…! すっっごい満たされる…! ずっとこうしてたい…!)


 この男、気分はさながら“一国の姫を抱く勇者”であった。…いやそうなんだけど。


 とはいえ、ずっとこの状態というわけにもいくまい。アヴェルは一度深呼吸した後、ルキアに語り掛ける。


「それじゃ、いくぞ…!」

「えぇ、お願い…!」


 アヴェルは両手でルキアを抱えたまま、その場から跳躍する。軽々と川を通り越え、無事反対岸へと着地した。


 アヴェルはそっとルキアを下ろし、二人は件の“靄の薄い場所”へと歩み寄る。そして…


「これは…!」

「洞窟…?」


 そこには、岩肌に大きな亀裂が走っていた。そして、その亀裂の中には、洞窟が続いていた。

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