勇者と魔王の娘がお互いにまさかの出番が無い話

 王城の周囲には城下町が広がっており、その町は「王都」と呼ばれている。

 王都の一角には、冒険者組合の本部がある。そこは、クエストの依頼や受注ができるカウンターと酒場が一体になっており、昼夜問わず、数多の冒険者達で賑わっていた。

 そんな冒険者組合の本部に、一人の女性が現れ、周囲が騒めきだした。

 酒場の隅の方の席で食事を囲んでいた男二人組の一人が、その女性の身なりを見て、思わず口を開く。


「おいおいなんだぁ? メイド服って。ここはそんな場違いな恰好しちゃうようなお嬢さんが来ていいとこじゃないぜぇ?」


 そんな言葉を聞いた男二人組のうちのもう一人が、口を開く。


「ばか、ちげぇよ。連中が騒ついてるのはそうじゃねぇ。」

「えっ、変な恰好してるからじゃないんスか?」

「お前、『天上天下のリアリア様』って知ってるか?」

「そんな伝説の人、知らないわけないじゃないっスか。」

「『天上天下のリアリア様』その人なんだよ、あれは。」

「えっ、えぇぇ!? で、でも! まだ女の子じゃないっスか!」

「当時は幼い割に凄い大人びてたからな。それにあの黒髪、腰に下げた。間違いねぇよ。」


 天上天下のリアリア様。数年前まで存在していた最強のギルド「天上天下」、そのギルドマスターたる人物。メンバー内からは「リアリア」と呼ばれ、いつしか冒険者達の間で「天上天下のリアリア様」という二つ名が付いた。

 天上天下は数年前、ギルドマスターの冒険者引退により、解散となった。その後ギルドマスター、もといミリアリアはその腕を買われ、王女エリーゼの護衛兼専属メイドとなったのである。


 冒険者であった勇者アヴェルの王国騎士団への引き抜きをはじめ、冒険者をいいように引き抜く国を、よく思っていない冒険者は多い。というか、ほとんどである。そしてその矛先が、引き抜かれた冒険者その人に向けられることもザラである。


 酒場にいた大柄の冒険者が、声を荒げた。


「天上天下の何某なにがしだが知らねぇが、ムカつくんだよぉ! この裏切り者がぁ!」


 大柄の冒険者が、その取り巻きを引き連れ、ミリアリアに歩み寄ってくる。彼らから言わせれば、自分達冒険者を見捨て、国側についた勇者アヴェルや天上天下のリアリアは、裏切り者同然なのである。


 そんな様子を見かねた先ほどの男二人組の一人が、口を開く。


「ちょ、ヤバいんじゃないスか!? あいつら「喧嘩屋」の連中っスよ!? いくら天上天下のリアリア様でも、あんな大人数…」

「ほっとけ。助ける義理は無い。」


「いくら天上天下の何某とはいえ、所詮は引退した身。俺らの怒り、存分に味わってけやぁ!」


 大柄の冒険者が突如剣を抜き、ミリアリアに切り掛かった。切り掛かられるその時まで、彼女は戦闘態勢すらとらず、直立不動を貫いていた。


 回避は不可能に思えた。が… 彼女はそれを驚くべきほど最小限の動きで躱しつつ、腕を捉え、そのまま背負い投げた。男が目も疑うほどに吹き飛び、ついには入口の扉を吹き飛ばし、路上に放り出される。


 見かねた取り巻き達が、ミリアリアに一斉に襲い掛かる。が、やはり彼女はそれを最小限の動きで躱し、蹴りや手刀で次々に沈めていった。


 最後の一人を沈めたところで、最初に背負い投げられた大柄の冒険者が酒場内に舞い戻ってくる。男は再度ミリアリアに切り掛かかるべく、走り出す。


「おらぁぁ!」

「…はぁ。」


 ミリアリアため息をつき、腰のに手を添え、居合の構えをとる。そして、抜刀。

 瞬間、男の剣が真っ二つに折れた。


「…え」


 状況を読み込めず固まる男の腹に、ミリアリアは容赦なく回し蹴りを放った。

 結果として、大柄の冒険者は再度吹き飛び、路上の上で気絶した。


 ミリアリアを襲った「喧嘩屋」というギルドは、決して雑魚の寄り集まりというわけではなく、それなりの強さを誇る集団である。にもかかわらず、そんな彼らが手も足も出ないという事実に、酒場の冒険者達は皆、言葉を失っていた。


「ま、まじっスか…」


 件の男二人組の一人もまた、この事実に驚きを隠せないでいた。


「いるんだよなぁ、ああいう奴。腕を買われて冒険者辞めたんだからさ、その腕落としてるはずがねぇってのに。」

「兄貴は驚いてないんスね…?」

「まぁな。」


 ミリアリアは周囲の冒険者立の様子を気に留めることもなく、周囲を見渡し始める。やがて目的の人物を見つけたのか、その人物がいる方向へと歩み始めた。


「ちょ、兄貴、なんかこっち向かってきてないっスか?」

「気のせいだろ。」

「そ、そうっスよね… い、いや! 間違いなく向かってきてるっスよ!」

「そうだな。」

「兄貴ぃ!?」


 やがてミリアリアが、男二人組の元にたどり着く。


「お久しぶりです。サラバントさん。」

「よぉ、久しぶりだなぁ。ミリアリア。」

「し、知り合いだったんっスか兄貴ィ!?」



 —————



ミリアリア

天上天下のリアリア様。実家がヤクザ。実家が新しいシノギに手を付けるもやらかし、かくかくしかじかで冒険者となった。天上天下というギルドを立ち上げるも、血は争えないのか、ご近所様にヤクザと勘違いされがち。

現在は冒険者を引退し、エリーゼの専属メイドをしている。王城内で、喧嘩を売ってはいけない人物ランキング堂々の一位。

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