勇者と魔王の娘がお互いに落ちる話

 谷底の河原にて、二人は焚火を囲んでいた。ちなみに火はルキアが魔法で、焚き木は流木を乾かしたものを用いた。


「凄いな… ルキアは剣も出来るのに魔法も出来るなんて。」


(やめてよ… 照れるなぁ… もぅ… 好き…!)


 この女、さっきからずっとこの調子ちょろさである。


「あはは… 実は剣よりも魔法の方が好きなんだよね、私。」

「そうなのか?」

「うん。実はこの魔剣には、意思があってさ。」

「意思?」


 アヴェルが首を傾げる。


「この魔剣、使用者を選りすぐるんだよ。柄を握った相手を使用者として認めないと、すんごい重たくなるの。その代わり使用者として認められると、使い手に加護がかかって、身体能力が跳ね上がるんだよね。私は加護任せに剣振るってただけだから、アヴェル君の方がよっぽど凄いよ!」


(ちょ、そんな面と向かって褒めるなよ… 照れるじゃん… あぁ… 好き…!)


 この男、さっきからずっとこの調子ちょろさである。


「いやいや、ルキアは魔法も使えるんだ。あの時、魔法を組み合わせて戦われていたら、俺は負けてたかもしれん。」

「いやぁ、無理かなぁ。剣と魔法を同時とか、私頭いっぱいいっぱいになっちゃうよ。」

「そういうもんか。」

「うんうん、そういうもん。私は何故か剣に認められちゃったから、剣を鍛えさせられてきたけど、本当はもっと、魔法を鍛えたかったんだ。」


 そう言って、ルキアは手の平に小さな火の玉を浮かべる。

 アヴェルにはそれが、全てを諦めているように見えた。


「これから鍛えりゃいいじゃねぇか。」

「え?」

「何も、ここで死ぬと決まったわけじゃないさ。前向いていこうぜ。」


 この瞬間、ルキアは完全に落ちた。


(あ… なんだろう… この安心感… 凄い… 幸せ… あぁ… 好き…!)


 ルキアは少し涙ぐみながら、満面の笑みで答える。 


「うん…! ありがとう、元気出た…!」


 この瞬間、アヴェルは完全に落ちた。


(ちょ、何その笑顔…! やべぇ… 可愛い可愛い可愛い…! この笑顔を、ずっと見ていたい…!)


「ま、まぁ礼には及ばないさ。それよりも腹減ったろう? 釣りでもしてみないか?」

「釣り…?」

「あぁ。これでも勇者として戦場に出る前は、冒険者をしていたんだ。川の近くで野営する時は、よく釣りをしていたもんさ。」


 そう言って、アヴェルは石をひっくり返し、魚の餌となりそうなものを探し始めた。


「へぇ、そうだったんだ。じゃあ暫くの間は、アヴェル君のサバイバル術にお世話になるね? 私もできる範囲で手伝うから!」

「あぁ、ありがとう。その…早速で悪いんだが、魔法で釣り糸は出せたりするか?」

「うーん… 金属加工が出来る魔法を使えば、鎧から鋼糸を作り出せるかもしれない。」

「おぉ! じゃあ俺の鎧を…」

「いや、私の鎧でいいよ。もし戦闘になった時、私は魔法で後方支援に回れるし。アヴェル君には前衛を… あ、ごめん。剣折れちゃったんだったよね…」

「あぁいや大丈夫大丈夫! 俺、短剣も持ち歩いてるんだ。」


 アヴェルは腰のベルトから、短剣を引き抜く。その短剣には、碧い宝石の装飾が施されていた。


「そんなわけだから、前衛は任せてくれ!」

「じゃ、お任せしちゃおっかな~」


 こうして、勇者と魔王の娘によるちょっとしたサバイバル生活が幕を開ける。

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