勇者と魔王の娘がお互いにちょろい話
谷底には、それなりの水深の川が流れていた。途中で落下を一度止められたのも相まって、二人は何とか落下後も命を繋ぐことが出来ていた。が…
「ぐ、ぐぁ…」
勇者は岸にたどり着いた途端、嗚咽を漏らす。いくら途中で落下を止められたとはいえ、かなりの高さから着水したのだ。あばらを数本は折っているとみていいだろう。
「おい、お前は大丈夫…か…」
勇者は魔王の娘へと振り返り、言葉を失った。
(あ、やべぇ。全身を濡らして苦悶の表情をしているだけなのに、なんか凄い、満たされてく…! あ… 幸せ… 好き…!)
この男、普通に変態であった。一方…
(え、何この展開…! イケメンが水を滴らせながら、苦悶の表情で振り返ってくるんだけど…! これぞまさに、水も滴る良い男ってやつ? あ… やばい… 好き…!)
この女も大概であった。
数舜の後、魔王の娘が「はっ」っとして答える。なお、この間3分ほどの間があった。
「だ、大丈夫… えっと、私、治癒魔法が使えるから、アヴェル君にもかけてあげるね。」
この女、先ほどまで殺し合っていたというのに、いきなり下の名前で呼びだす辺り、流石である。
「俺の名前覚えててくれたのか…! えっと、ルキウス…君? さん? だっけ? いいのか? 俺は勇者なのに…」
「あはは… 気付いてると思うけど、私女でして… ルキウスは男のふりをしてる時の名前で、本当の名前はルキアっていうんだ。治癒魔法はさっきのお礼。気にしないで。」
「そうか、すまない。ありがとう…!」
(ちょ、そんな面と向かってありがとうなんて… あ… 好ry
※※※
王国、その王城の一室にて、ドアがノックされる。
「姫様、今よろしいでしょうか。」
「あらリア、どうぞ入って。」
王国の王女であるエリーゼ、その専属メイドが、リアことミリアリアである。
「姫様、お話があります。」
「もうリアったら、二人の時はエリーって呼んでって言ってるじゃない。私達友達でしょう?」
しかし、ミリアリアは目を瞑り、首を左右に振る。
「姫様、私は今一人の使用人として、あなたに報告しなければならないことがあります。」
その真剣な面持ちに、エリーゼは眉をひそめる。
「…何があったの?」
ミリアリアは暫く沈黙した後、意を決したように口を開く。
「勇者様が、戦死なさいました。」
「え…?」
瞬間、エリーゼの瞳から光が消え失せる。
ミリアリアは、エリーゼと親友であるが故に、知っていた。エリーゼが勇者に思いを寄せていたことを。しかし、それでも告げねばならなかった。
「先のノルエーデ渓谷での戦いの際、勇者様は、敵将であった彼の魔剣使い、ルキウスと石橋にて一騎討ちをされたそうです。大技を繰り出しあうような、激しい戦いだったそうで、その衝撃に耐えかねてか、石橋が突如として崩落。谷底へと、落ちて行ったそうです。」
エリーゼは膝から崩れ落ちる。首にかかった碧い宝石のペンダントを握りしめ、項垂れる。
…だが、彼女は強かった。
「………ません…」
「…姫様?」
「…諦めません!」
エリーゼは涙を袖で拭い、立ち上がる。
「私は!諦めません! 勇者様のことです、きっとまだ生きているはず!」
ミリアリアはそんなエリーゼを見て、口角が上がる。
「エリーなら、そう言うと思っていました。急ぎ、捜索隊を派遣しましょう。」
エリーゼは、目を丸くする。
「できるのですか? 国は、勇者様を戦死として扱っているのでしょう?」
「えぇ。ですから、騎士団を動かすのは厳しいでしょう。ですが、私に考えがあります。」
「考え?」
エリーゼが首を傾げる。
「はい。勇者様は騎士団に所属する前、冒険者をされていたのは知っていますよね。その時の元仲間達ならば、協力してくれるかと。」
「…そうでしょうか? 国が、勇者様を騎士団に無理やり引き抜いたようなものだと聞いています。彼らは、我々を恨んでいるのでは?」
「…確かに、思うところはあるでしょうね。ですが、私の知る限り、冒険者とは、情に厚い者達です。きっと、協力してくれるかと。」
エリーゼは暫し逡巡した後、答える。
「…そうですね。リア、頼みがあります。その者達を、ここへ連れて来てくれませんか? 私が直々に、彼らへ依頼します。」
ミリアリアは、エリーゼの勇者に対する思いの強さを感じた。
「わかりました。必ずや、お連れします。」
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アヴェル
勇者兼王国騎士団団長。元冒険者。聖剣シルバープロミネンス(国宝)を所持。ノルエーデ渓谷の戦いにて、国宝を真っ二つにへし折る。
ルキア
魔王の娘。たまにルキウス。「闇の炎に抱かれて消えろぉ!」と叫びながら黒炎の魔法(ただの炎の魔法をわざわざ改造して黒くした)を放つ兄に影響され、趣味が魔法の鍛錬になる。
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