お互いに一目惚れした勇者と魔王の娘が駆け落ちする話

三国真紗希

勇者と魔王の娘がお互いに一目惚れする話

 王国領と魔王領とを分かつ巨大な渓谷。かつては王国領であった名残を受け、その渓谷には古めかしい石橋が架かっていた。


 地平線から日が差し込み、石橋の上に、二人の影が映される。


 一人は、白を基調とした鎧に身を包んだ騎士。

 一人は、黒を基調とした鎧に身を包んだ騎士。


「彼の魔王の血を継いでいながら、よもや一騎討ちに応じてくれようとは。礼を言う。」


 白の騎士が、鞘から剣を引き抜きながら、告げる。日の光を受け、白銀の刀身が眩く煌めく。


「いや何、彼の勇者と一騎討ちできる機会なぞ、そうそう無いだろうからな。」


 黒の騎士が、鞘から剣を引き抜きながら、不敵に笑う。日の光を受け、漆黒の刀身が怪しく煌めく。


「はっはっは、流石は魔剣の使い手。自らの血筋など、戦いの前では二の次か。」


 白の騎士が、白銀の剣を構える。


「どうやら貴様も、戦いを愉しむたちのようだな。」


 黒の騎士が、漆黒の剣を構える。


「我こそは、王国軍第一騎士団団長! 勇者アヴェル!」


「我こそは、魔王国王位継承権第一位! 魔剣使いルキウス!」


「いざ」

「尋常に」


『勝負ッ!!』


 瞬間、両者は全く同じタイミングをもって飛び出し、衝突する。


 攻撃をいなしては反撃を、その反撃をいなしては反撃を。そうした剣戟の応酬を繰り広げた後、鍔迫り合いに移行する。


 睨み合い、お互い一歩も譲らない。


 両者の後方には軍が控えており、互いに石橋の外から事態を見守っている。この一騎討ち勝敗が、今後の戦況に大きく関わってくる。それを分かっているが故に、この一歩も譲らない様相を前にして、両軍に緊張が走っていた。


 鍔迫り合いに勝ったのは、白の騎士…に見えた。押し負けた黒の騎士に追撃しようとした白の騎士は、それが罠であると悟り、飛び退る。


 結果として、戦いは振り出しに戻った。


「相当に腕が立つな、魔剣使い。」

「あぁ、貴様もなかなかだ。」


 剣戟では埒が明かない。お互いにそう悟った両者は、剣を大きく構える。


「受けるがいい!我が必殺の一撃を!」


 白銀の剣が白炎を帯び、眩く輝く。


「くらうがいい!我が必滅の一撃を!」


 漆黒の剣が黒炎を帯び、怪しく輝く。


「聖剣!シルバープロミネンス!」

「魔剣!ダークヘルフレイム!」


 瞬間、両者から放たれた白と黒の炎の渦が、激突する。


「うぉぉぉぉ!」

「やぁぁぁぁ!」


 白と黒の衝突が、大地を激しく震わせる。


 そして次の瞬間、石橋が崩れた。


「なっ!?」

「ぐっ!?」


 両者共に、為す術も無く谷底へ誘われる。


 結果として、谷底に架かっていた石橋は跡形もなく崩れ落ち、そこに勇者と魔剣使いの姿は無かった。



 ※※※



(あぁ… これは死ぬな、私。)


 谷底へ落ち行く黒の騎士は、項垂れた。


(思い返せば、生まれてこの方、ずっと戦い尽くめだったな… そこに後悔は無いけれど、あぁ… 最期に一度くらいは、らしいことをしてみたかったな…)


 全てを諦めた彼女は、瞳を閉じ、重力に身を委ねた。…その瞬間、不意に腕を摑まれ、落下が止まった。


「…え?」


 彼女が見上げると、そこには谷の側面に聖剣を突き立て、自らと彼女を支える勇者の姿があった。先ほどの戦いのせいか、お互いに兜は外れており、勇者はそこに必死の表情を張り付けていた。…そして、彼女はちょろかった。


(あ… イケメン… 好き…!)


 この女、生まれてこの方ずっと戦いに明け暮れていたせいで、男への耐性が全く無かった。


(しかも何この展開…! 命の危機を、身を挺して助けてくるなんて…! もしかして、彼は私の王子様なの…!?)


 にもかかわらずこの女、いっちょ前に夢見るタイプだった。


(どうしよう…!? 彼の顔から、目が離せない…! あ… やっぱり好き…!)


 そして、ちょろいのは何も彼女だけではなかった。


(こいつ、女だったのか…? ってか、もしかしなくても俺、女の子と手繋ぐの生まれて初めてなんじゃね…? あ、やべぇ、どうしよう… 可愛い… 好き…!)


 この男、生まれてこの方女の子と手を繋いだことが無いレベルで拗らせており、女への耐性が全く無かった。


(え、ちょ、なんかめっちゃ見つめてくるんだけど… あ、やべぇ、可愛い。可愛い過ぎる。好き…!)


 この瞬間、谷の側面にぶら下がりながら、お互いに見つめ合うという謎の状況が成立していた。


 しかしまぁ、このまますんなりイチャラブに突入できるほど、運命は甘くない。


 先ほどの戦いでの大技の出し合い、剣には相当な負荷がかかっていた。にもかかわらず、今はその聖剣に二人分の重力が掛かっている。聖剣はとっくに限界だった。次の瞬間、聖剣がついに折れた。


「なっ!?」

「えっ!?」


 そして再び、二人は谷底へ誘われていった。

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