135 ウィトコに代わって罠猟に行こう!(5)
五日目も、そして六日目もアキラたちは順調に罠で鹿を仕留めて行った。
しかし、七日目の朝、エルツーは浮かない顔をしている。
「猪に、罠を荒らされ過ぎね。いい加減にあたしも腹が立って来たわ。なんとか一頭くらい、やっつけられないかしら」
鹿用の罠であるから、イノシシを捕まえられないのは仕方がない。
しかし、それにしてもイノシシに荒らされて壊されたとみられる罠が多すぎるのだ。
鹿をおびき寄せる餌として置かれた豆カスや菜種カスを食い荒らすついでに、罠が壊されているのである。
その話をしているとき、ちょうどクロの鼻がある匂いを捉えた。
「風上、東の方から猪の匂いがするっスね」
それを聞き、エルツーがクロとアキラに指示を出す。
「ねえ、罠の巡回は後回しでもいいから、先にそいつを狩っちゃってくれる?」
エルツーは、猪に罠が破損されることによって生じる機会損失を重く見ているのだ。
それさえなければ、鹿を仕留める数ももっと増えるに違いない、と考えた。
アキラもその考えを理解し、頷く。
「オッケー。上手く行くかはわかんないけど」
「この近くから追っ払えるだけでもきっと成果はあるわ。怪我しないように、気を付けてね」
エルツーに見送られて、アキラとクロは東側の、猪の匂いがする方向へと歩く。
クロの風下をキープする道のりの選び方は、さすがに狼系の獣人だな、とアキラは舌を巻く。
アキラ一人であれば、山の中で迷って元の場所へ戻ることはできないだろう。
「あ、アキラさん、ニコミウサギっスよ!」
「マジか!?」
道中、まったく運のいいことにアキラとクロはニコミウサギを狩ることができた。
エルツーとの約束があるので、これは食べる分ではなく、売る分に回す。
その後もアキラとクロは山の中を歩き続け。
「もうすぐっスね……あ、いたっスよアキラさん」
クロとアキラの視界の先に、動く影が見えた。
アキラたちが設置した罠の一番東のもの。
その近くに置かれた寄せ餌の豆かすを、猪がフゴフゴと美味しそうに貪っている。
「畜生、苦労して仕掛けた罠を台無しにしやがって……」
アキラはエルツーに借りた小型ボウガンを構えて、イノシシに狙いをつけるが。
「プギッ!?」
まったく別のところから矢が飛んできて、猪の尻に命中した。
「よっしゃあ! 見たか!」
「あの距離なら、当たって当然。威張ることでもない」
その後、木々の間から二人組の冒険者が姿を現した。
アキラたちはその冒険者に見覚えがある。
一人は大柄な男性の並人で、毛皮の上着を身に付けた、まさに狩人といういでたち。
もう一人は小柄な女性で、魔法も使える剣士のはずだ。
城壁防衛戦のときに、アキラたちの近くで魔物と戦っていた冒険者である。
「あちゃあ、他の冒険者とかち合っちゃったか……」
しまったな、とアキラは頭を押さえる。
アキラたちの他にも害獣駆除のために山に入っていた冒険者がいる。
今いる場所は割り当てられた区画の境界に当たる部分なので、他の冒険者の活動区域とかぶってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってほしいっス。俺らの仕掛けた罠のエサを食ってたんだから、その猪は俺らの獲物っすよ」
仕留めた猪を持ち去ろうとする冒険者たちの前にクロが出て行って、抗議の言葉を述べた。
「おお、城壁戦の英雄くんたちじゃねーか。確か、アキラと、クロスだったか?」
相手もアキラたちのことを見知っていた。
「きみたちの罠だったの。でも猪を仕留めたのはこっち。それは譲れない」
「それはないっスよー!」
クロは猪が惜しいようだったが、アキラは、ふむと考える。
元々、猪そのものが目的ではなく、罠を荒らす猪を排除することが目的なのだ。
ここで相手に譲っておいても、こちらの目的は達成したと言える。
もちろん、それでクロが納得してくれるかどうかは別だが。
駆除エリアの境界自体がそれほど厳密ではなく曖昧なものなので、この手のトラブルは付き物だ。
両者ともに険悪な雰囲気というわけではない。
しかし、クロが唸っている以上、話がすんなりまとまる気配はない。
そこで、大柄な狩人風の冒険者は、次のような提案をしてきた。
「わかったわかった、じゃあこうしよう。俺とアキラが勝負して、俺が負けたらお前らにこの猪は譲ってやるよ」
「勝負?」
なにやら体育会系なノリの話が出て来て、アキラは面食らった。
「そのかわり、俺が勝ったらお前らの持ってる、そのニコミウサギも、猪と一緒に貰うぜ。どうだ?」
「いや、勝負って言ったって、なんの勝負するんですか」
剣の勝負や弓の勝負というのであれば、アキラたちに勝ち目は到底ないのであった。
食べられるキノコ探し競争、ならクロの力でなんとか勝てるかもしれない。
「アキラの拳で一発、俺の腹を殴ってみろよ。俺が膝をついたり後ろに下がったら、俺の負けでいいぜ」
狩人風冒険者は、かなり脳筋な勝負を仕掛けて来た。
体力や筋力によほどの自信があるのだろう。
「悪い癖。そんな勝負になんの意味があるの」
相棒の女性剣士が冷静に突っ込んだ。
「うるせえな。城壁でアキラの戦いぶりを見たときから、一度コイツの力を試してみてえって思ってたんだよ」
すっかり男の方はやる気満々で、力強く構えていたが。
「怪我しますよ。やめといた方がいい」
アキラはもちろん挑発ではなく、本気で相手の心配をしてそう言った。
「おお、言うねえ。上等じゃねえか。ほら、全力でいいぜ?」
かえって男のやる気をみなぎらせてしまった。
精霊魔法が発動されているような雰囲気はない。
男は、言葉通りに体一つでアキラの拳を受けようとしているのだ。
「アキラさん、やっちゃってくださいっス!」
クロにもエールを送られ、アキラは観念して正拳、中段突きの構えに入る。
右フックや左フックで脇腹を殴ってしまうと、骨折の危険性が高い。
「行きますよ、当たる瞬間に、グッと力を入れて耐えてください」
「おうよ、いつでも来いや!」
腹筋の真ん中、筋肉の分厚いところをめがけて、アキラの拳が唸りを上げる。
「でいやっ!」
気合一発、アキラの正拳一撃。
スドォム! という鈍い音が鳴り、狩人風冒険者の腹にぶち当たる。
「ぬぐぐ……!」
冒険者の男は、予想以上の衝撃に目を白黒させて、一瞬で脂汗を額にふき出させながらも。
「へ、へえ、大したこた、ねえな。ほら、俺はちゃんと立ってるぜ」
二本の足でしっかり地面を踏ん張りこらえて、そう言った。
「負けました、ウサギ、持って行ってください」
「悪いね。バカにつき合わせちゃって」
女性剣士に兎を渡し、冒険者たちとアキラが別れようとした、そのとき。
どしん、と狩人風冒険者が、腰を抜かして尻餅をついた。
「お、おお、お前の拳が効いたわけじゃねえんだけどな……ちょっと、足を、くじいちまった」
「言わんこっちゃない」
女性剣士が、狩人風冒険者の頭をこつんと頭を小突き、アキラたちに言った。
「猪、私たちが持ち運ぶのは無理。きみたちが持って行って」
「あ、ハイ」
「ありがとうっス!」
結局、アキラたちと遭遇した冒険者たちは、兎だけを持ち帰り、猪を置いて行ったのだった。
「やったじゃないの! 上手く仕留めたわね!」
アキラとクロがベースに戻ると、猪を見たエルツーがはじけるような笑顔で迎えた。
「実はかくかくしかじかで、ニコミウサギと交換する感じになっちゃったんだけど」
アキラはこうなった顛末をエルツーに報告する。
「ああ、他の冒険者がいたのね。もうそろそろ撤収の準備も始めなきゃだし、明日の巡回ついでに、東側の罠を片付けましょうか」
「そうだな。どの冒険者の割り当てか、いまいちわかりにくかった場所だし」
と言ったことを相談したり、作業をしながら。
七日目も、八日目も過ぎて行った。
そして九日目、アキラたちが罠の巡回を終えて鹿の解体を行っているとき。
「やあやあ、やってくれてるね。お疲れさま」
解体した皮や肉を受け取りに、果樹園の主がやって来た。
今までは別の従業員が来ていた。
アキラは珍しいなと思ながら挨拶を返す。
「こんにちは、今回も結構仕留めたと思います。鹿の害は減りましたか?」
「ああ、冒険者さんたちが頑張ってくれたおかげで、ずいぶんと良くなったよ。これで春の果物の収穫も安心だ」
「それは良かったです。頑張った甲斐があります」
自分たちの仕事が、ダイレクトに誰かの役に立っている。
それを感じられるのはアキラにとって、とても嬉しいことだった。
「それでねえ、アキラさんやクロさんに、改めて相談があるんだけど……」
果樹園の主は、なにやらアキラやクロに話があるらしい。
「なんスか?」
「もし、もしよければ、でいいんだけどねえ。二人のうち、どちらか、うちに婿養子に来てくれは、しないだろうか……」
「は!?」
突然のその申し出に、アキラとクロは二人揃って、大口を開けて驚くのだった。
ついでに、エルツーも横で驚いていた。
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