132 ウィトコに代わって罠猟に行こう!(2)

 ベースキャンプ周りにはサルが出る。

 荷物を盗まれるかもしれないからということで、この日はエルツーが見張り番である。


「いってらっしゃい。かかってるといいわね」


 エルツーに見送られて、アキラとクロは山の奥へ。

 昨日のうちに仕掛けた罠に獲物がかかっているか巡回し、なにもなければ罠の数を増やす。


「アキラさん、そのキノコは食えないっスよ」


 途中、アキラが見た目は旨そうにプリプリと大きくなったキノコを見つけて採ろうとするが、クロに止められる。


「ルーもそうだけど、クロちゃんもよく、一目でそういうのわかるよねえ」

「まあ、山育ちっスから。ダメなキノコは臭いで分かるっス」


 アウトドアが好きと言っても、アキラはリードガルドの生まれ育ちではない。

 まだまだ食べられるキノコや野草、木の実などの判別はできず、クロの見識と嗅覚が大いに頼りになる。


「あと、黒っぽいカエルがいたら捕まえてくださいッス。毒もないし、食うと体にいいんスよ」

「わかった。頼りにしてます、山の先生」


 そんな話をしているうちに、第一の罠場へ。

 残念ながら、獲物はかかっていないが。


「つか、上手く隠したね……全然わからなないで踏むところだったわ」


 危うく、アキラが罠にかかるところであった。


「エルツーはこういうのやらせると几帳面ッスからね」


 罠は、落とし穴を踏んだ獲物の脚を、縄でくくる仕組みのものだ。

 他にも、木の枝や幹をバネの代わりにして縄で獲物の足をくくる仕掛けの物も設置されている。


 しかし、本日の収穫はなし。


「うーん、残念」


 アキラが溜息を吐く。


「ま、もうちょっと罠は増やさないとなって昨日も思ったっス。明日からが勝負っスよ」


 途中、道端の草を採集したり、カエルを追いかけたりしながら。

 アキラとクロは穴を掘ったり、樹に仕掛けを施したり、肉体労働にいそしんだ。


「猿どもの鳴き声が鬱陶しいっスねえ……」


 アキラには聞こえないが、クロには聞こえているらしい。


「なんでクロちゃん、そんなにサルが嫌いなの?」


 率直にアキラは聞いてみることにした。

 クロは少し迷ったが、小さな声で白状した。


「……が、ガキの頃に、その、タマを半分、かじられたことがあるんス」

「は? 玉?」


 思いがけず、下半身に関する答えが返って来たのだった。


「え、エルツーには秘密っスよ!!」

「いや、言わんけど……」

「男と男の、約束っスからね」


 笑ってはいけないことだ。

 しかし、アキラはどうしても顔がゆがむ。


「で、かじられて、大丈夫だったの?」

「まあ、潰れてはないっス。すっげー、痛かったっスけど。それ以来、あいつらは、敵っス」


 それは、仲良くできないだろうな、とアキラはしみじみ思った。



 昼、アキラとクロは一度ベースキャンプに戻る。


「ただいまエルツー。特に問題はないか?」

「特にないわね。あたし、サルに嫌われてるのかしら。あんまり寄って来なかったわ。ところで昨日の食事の残り、スープに全部入れて温めす?」

「いいっスね、飯にしようっス」


 かまどを囲み、三人で朝食兼用の昼食タイム。


「へえ、そのカエル、食べれるの」


 アキラとクロが何匹か獲った、キンキークロガエルという生き物が、石の上で切断され、スープの具になる。


「乾燥させて細かく砕いて薬にすることが多いっスけどね、普通に食えるっスよ。そこまで美味いってわけじゃないっスけど」


 などと山の物知り博士から、アキラやエルツーは講義を請けつつありがたく命を頂く。


「昼からはもうちょっと東側に罠を仕掛けに行くっスよ。そっちの方が鹿も猪も多い気がするっスから」

「クロがそう思うなら、間違いないでしょうね。そうしてちょうだい」


 午後からも、エルツーを見張りとして、アキラとクロが罠設置に向かう。


 天気は持ち直して、晴れ間がのぞいて来た。


「動くと結構暑いな」

 

 穴を掘りま来るという純粋な肉体労働をして、アキラもかなり汗ばんできた。

 クロは上着を脱いだ。

 それで虫に刺されたりしないのだろうか、とアキラは心配になる。


「日があるうちに戻って、川で水浴びしたいっスね、これだけあったかいと」

「さすがにそこまでは、暑くないかな。今からそんなに暑いって言ってたら、夏が大変だぜ」

「そっスねえ。並人さんは暑さに強いのが羨ましいっス」


 北方生まれの狼獣人であるクロは、夏の暑さに弱い。

 代わりに冬はどんなに寒い所でも割と平気である。


「クロちゃん、夏は去年と同じく里帰り?」


 クロは毎年、仲間と一緒に夏場は故郷に帰省をしている。


「はいっス。さすがに真夏の暑い時期に、ラウツカで働くのは無理っスね」

「いいなあ、田舎があるのは。俺もクロちゃんの地元、どんなところか見てみたいな」

「アキラさんが見て面白いようなもの、あるっスかねえ……?」


 そうこうしているうちに、日が落ちかけて来た。

 暗くなる前にベースキャンプに戻らなければならない、が。


「猪か……」

「っスね、しかも、半分くらい魔獣化してるっスよ」


 木々の先に、手負いの、脚と背に矢が刺さったイノシシを発見した。

 傷が深いのか動きは遅く、こちらにも気付いていない。

 クロの見立てによると、魔獣化している途中であり、食べられそうにもないと言う。


「でも、仕留めるだろ?」


 放置して完全に魔獣になってしまうと、ふもとの果樹園が危険だ。


「そうしないとまずいっスね。むしろ、この段階で見つけられてよかったっス」


 クロは棍棒、アキラは手槍を構える。

 罠にかかった獲物にとどめを刺すために用意していたものだが、もちろん戦いでも使える。


「俺が右から行く。クロちゃんは左からで」

「了解っス」


 二人、風下から音を極力立てずに猪の魔物に近寄って。


「南無三っ」


 小さく呟き、アキラが手槍で獲物を刺した。

 

「ブキュヒッ!?」


 しかし一発で心臓を仕留めることはできず、猪は左方向へと逃げようとする。


「悪く思うなっス!」


 しかし、待ち構えていたクロの棍棒の一撃が脳天に炸裂し、猪の半魔獣は昏倒した。

 動かなくなった猪の心臓めがけて、もう一度アキラが手槍を差し込む。


 ビクン、と猪の体が跳ね上がる。

 とどめを刺すことに成功したのだ。


 このまま、放置しておけば山の、大地の精霊たちが、猪の骸を魔の瘴気から浄化してくれる。


「最初に、一緒に冒険に行ったのを、思い出すねえ……」


 アキラは動かなくなった猪を見つめ、しんみりとして言った。


「そっスね。あの頃よりは、俺らもちょっとは逞しくなったんスかね?」

「なったって、思いたいけどな……」


 

 山を、夕闇が染めて行く。

 アキラとクロは、エルツーの待っているベースキャンプに、足早に戻るのだった。



「きゃああああああああっ!!」


 暗闇の中、エルツーの叫び声が響く。


 というのも。


「あ、エルツー、自分だけ水で体、洗ってたっスね! ズルいっスよ! 俺も汗だらけで気持ち悪いっスのに!」

「ちょ、見ないでよ!! あっち向いててよ!」


 エルツーが上半身裸で、布巾を濡らして体を拭いていた場面に、ちょうど出くわしてしまったからだった。


「ちくしょう、やっぱ俺も水浴びするっス」

「ここで脱がないでよバカ! もうちょっと見えないところで脱ぎなさい!」

「いいじゃないっスか、こんな山の中。誰が見てるわけでもないっスし」

「あたしがいるのよ!!」


 静かな森に、賑やかな二人の声が響き渡るのであった。

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