131 ウィトコに代わって罠猟に行こう!(1)

 ある日、アキラがギルドに行くと。

 ネイティブアメリカン、スー族出身の転移者であるウィトコと会った。

 ウィトコは依頼掲示板を見て、苦い顔をしている。


「どうしたんですか、ウィトコさん」


 ウィトコはいつも寡黙で無表情に近く、表情が読み取りにくい男だ。

 しかしこのときは目に見えて渋い顔をしていた。

 なにか不味いことでも起こったのかとアキラは心配した。


 ウィトコは掲示板を指差し、アキラにこういった。


「鹿や猪の害が相変わらず多い。人手が足りなくて駆除が追い付いてない」

「なるほど……」


 ラウツカ近郊は、春になると農地や果樹園でどんどんと作物が生育してくる。

 鹿が多いとそれらを食い荒らす害が増える。

 そのために定期的に間引き、駆除して行かなければいけない。


「無人島以来、脚の調子が悪くてな。俺が行きたいが、厳しい」


 ウィトコは膝に古傷を負っている。

 厳しい仕事をした後は、激しい運動がなかなかできなくなってしまうのだ。


「俺とクロちゃん、エルツーで行きますよ」

「頼めるか」

「はい、任せてください。頑張って来ます」


 そうして、アキラは体の調子が思わしくないウィトコに代わり、果樹園の隣の山へ罠猟に出ることになった。


 アキラはその後にロビーに来たクロとエルツーを誘い、出発の計画を立てる。


「今回は何日くらい、山に籠るの?」


 エルツーは少し髪が伸びてきて邪魔になったのか、仔馬の尻尾のように後ろ髪を結んでいた。


「俺、十日くらいしか無理っス。来月ちょっと、仲間内の用があるんで」


 クロがそう言ったので、アキラたちは九泊十日の山籠もりの準備をし、次の日から出発することにした。



「ここをキャンプ地とする!」


 どこかで誰かが言ったような号令をかけて、アキラが天幕やテントの準備を始める。

 三人がベースキャンプを張る場所として選んだのは、山のは入り口に近い川辺だ。

 水がなければ山籠もりや仕留めた鹿の解体作業を行うのに不便だからである。


 三日に一度、果樹園の作業員が馬でここに来て、捕えた獲物を回収してくれる段取りになっている。


「アキラは設営と、ご飯の準備してて。あたしとクロで日のあるうちに、罠をいくつか仕掛けに行くわ」

「了解、気を付けてな」


 エルツーとクロを送り出して、アキラは炊事の準備をする。

 適当に穴を掘って土を露出させ、河原から手ごろな石を拾って来てかまどを汲み上げる。


 初日はあらかじめ準備していた薪や炭を使う。

 しかしこれはすぐになくなってしまうので、それ以降に使う燃料として森の中の薪を拾い集める。


「爺さんは河原へ柴刈りに……ワンちゃんと娘さんは山の奥へくくり罠を仕掛けに……」


 など、ブツブツと一人で物語を口にしながら、アキラは作業にいそしむ。


 火を熾すために使うのは、携帯型のオイルライターとも言える器具だ。

 アキラのこぶし大ほどの鉄製器具で、ガリガリと歯車を回せば火花が発生し、タンク内の油を吸った綿芯が点火するのである。

 ちなみに使いやすい大きさと形に改良したのはルーレイラであった。


「こんなのも自分で作れちゃうんだから、器用なもんだよなあ……」


 感心しながら、アキラは枯れ木、枯れ草を火種として、燃料をくべて火力を大きくしていく。

 もともとバーベキューが好きだったということもあり、この手の作業は得意分野だった。


「まず、お湯をたくさん沸かしとかないとな」


 アキラは鍋に川の水を汲み、火にかける。


 食料、栄養も重要だが、山籠もりで最も大事なのは水分である。

 もちろん街を出るときに飲み水も用意してきているが、足りなくなるのはわかりきっているので川の水を使うことになる。

 沸騰させた安全安心な飲み水は、いくらあっても困らないのだ。


「初日だから、景気づけにちゃんといいもの食べよう」


 持ってきた食料備蓄には限りがあるので、無計画に使うわけにはいかない。

 しかし最初くらいは奮発して豪勢に食べてもいいだろうと思い、乾燥キノコ、乾燥野菜、干した魚を入れてスープを作る。

 この上で、エルツーたちが戻ってきたら網の上で肉を焼き、パンをあぶる。


「焚火、あったかいナリィ……」


 火にあたって、少し休憩。

 春の真ん中とは言え、日が傾きかけると山は肌寒くなる。

 もちろん全員が、急な寒さにも対応できるように防寒着も持ってきている。


「早く帰って来ないかな……」


 山の中でポツンと一人でいて、急に寂しくなってしまったアキラだった。

 遅いぞ、なにかあったのか、心配だな、などと焚火の周りをうろうろするが、杞憂であった。


「ただ今戻ったっスー」

「結構暗くなってきちゃったわね」


 なにごともなく、罠を仕掛け終えてクロとエルツーが戻って来た。

 アキラは安心の笑みで二人を出迎える。


「特に変わったことはなかったか?」

「ニコミウサギがいたわね。逃げられちゃったけど」


 エルツーが逃したニコミウサギという生き物は、冬を越して春になった今の時期が絶品の肉を持つ。

 ラウツカ近郊の山にしか生息していない種で、この兎料理を食べたいがためにラウツカに観光に来る道楽者もいるほどだ。

 

「その代わり、キノコいくつか採って来たっスよ……って、ちょっと待ってくださいッス」


 キノコをアキラに手渡し、川の方にクロが走って行った。


「でいっ!」


 そして、クロは川の中に入って、気合一発、手刀を振るって泳いでいた魚を狩った。

 びちびち、と河原に打ち上げられた魚が激しく暴れる。


「達人だ……」


 アキラが感心して魚を確保。

 頭の後ろと尻尾に切り込みを入れ、川の水で洗い、血抜きをする。


「イノシシマスっスね。川底の石とか岩に頭から体当たりして、岩陰にいる虫や小魚が驚いて出てきたところを食ってる変わったマスっスよ。脂は少ないけど、味は悪くないっス」

「じゃあこれも焼いて食べちゃおう」


 元々しっかり夕食を摂るつもりであったが、当初の予定以上に贅沢な宴となった。


 食事の準備もあらかたできた頃。

 すっかり日が落ちて空は暗くなった。

 あいにく星は見えずに、曇天である。


「食事の前に猟の成功を祈って、山の精霊さまにお酒とお祈りを捧げましょう」


 エルツーがそう言ったので、アキラたち三人は輪になって手を取り合い、中央に酒の杯を置く。


「大いなる山よ、母なる恵みをもたらす神々よ、今日も明日も、とこしえに我らに糧を与え給わんことを……」 


 そのアキラたちの祈りを聞き届けてくれたのかどうか。

 それは、神のみぞ知る、というものであった。



 食事が始まり、エルツーがこんな話を切り出した。


「そう言えば二人とも、常冬(とこふゆ)山の話って聞いた?」


 常冬山は、ラウツカの真北にそびえる、真夏でも頂きを雪と氷が覆う大山である。

 クロが頷いてそれに答える。


「なんでも力の強い魔物、魔人将かなにかが呪いでおかしな魔物を何体も作り上げた形跡があるって話っスね。冬にラウツカの城門前に押し寄せたのは、大物の中でも一部らしいっスよ」


 アキラもギルドで話には聞いていたが、そこまで詳しいことを知っていなかった。


「クロちゃん、なんでそんなに細かいことまで知ってるの」

「うちの親分が言ってたっスよ。魔人将のうち、一人は絶対にキンキー公国か、その周りの国のどこかにいるはずだって」


 改めて、アキラはクロの親分なる人物の情報通ぶりに驚くのだった。


「アキラはどう思う? 無人島や、カイト神聖王国の幽霊の遺跡、あそこにおかしな奴がいたじゃない。合成魔獣、とでもいうのかしら」


 アキラたちが戦った魔物の中でも、極めて特異な容姿を持ったモノたちだ。

 獅子の頭に蛇の尾を持ったようなものや、トカゲやワニの体に羽が生えているような魔物。 


「なんか、雰囲気が似てるっていうか、同じやつが作った感じがするよね。あいつら一体一体」

「そうなのよね。感じる瘴気の気配もすごく似てるのよ。見た目はまあ、趣味が悪いと思うけど。そんなことよりも」


 エルツーは、少しイライラした様子で言った。


「大きな魔物が出た、その裏には魔王の配下の、特に力の強いヤツが暗躍している、ってすごく不味いことじゃない。それなのに、国の調査結果はギルドに詳しく報告されてないのよね」


 冒険者は情報を頼りに仕事をこなす。

 特に、魔物を討伐する依頼などにおいては、魔物の情報が少ないというのは致命的だ。

 ギルドに対して、魔物の情報を国が秘匿することがあるということを、エルツーは納得していないのだった。


「まあ、国の偉い人や軍の中にも、面子や縄張り意識みたいなのがあるんだろうなあ」


 どこの国のどこの軍隊というわけではないが、アキラは自分の知っている歴史話に照らし合わせてそう言った。


「確かに、今この場に変に強い魔物が現れたりするかもしれないっスからね。情報は大事っスよね」

「ちょっとクロ、不吉なこと言わないでよ。ただでさえあたしたち、他の冒険者から『持ってる』って言われてんのよ」


 エルツーの言葉の意味が分からず、クロが訊き返す。


「持ってるって、なにをっスか?」

「あたしたちが、妙に強い魔物に出くわす機会が多い、そういうのを引き当てるめぐりあわせを持ってる、みたいなことでしょ。いい迷惑だわ」


 聞いていて、思わずアキラも苦笑する。


「確かに、俺も死にそうになった後で、コシローさんに言われたな」

「今は討伐じゃなくて、鹿猟に専念したいっスね……せっかく仕掛けた罠が、滅茶苦茶になったら泣けるっス」


 その夜は、そうして三人、談笑して寝た。

 特に魔物に襲われることもなく、相変わらず曇り空のままで朝を迎えた、のだが。


「ウキ?」


 サルが、テントの近くまで来て、おそらくアキラたちの荷物、食料を狙っていた。


「この泥棒エテ公ども! 散れ! 散るっス! 頭から食っちまうっスよ!!」


 クロが朝から激しく切れていて、眠い目をこすっていたアキラやエルツーには、しんどかった。

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