インターミッション11 カル少年の独り立ち事情

 ラウツカ市内、中央部よりやや南には大きな孤児施設がある。

 ギルドに見習いとして所属する半分白髪のカル・ヘムズワースという少年は、ここで暮らしている。


「おはよー。今日のメシ当番、ユリーナたちか」


 朝食の準備で放たれる芳香を嗅ぎ付けて、カルが起きて炊事場に顔を出す。

 ユリーナというエルフの少女が朝食準備を手伝っていた。


「おはよう、カル。今日は魚の揚げ焼きと、お芋のスープと、春の黄林檎だよ」


 孤児施設の子供たちは、年長者が料理、洗濯、掃除、及び年少者の世話などを手伝うことになっている。

 カルは本来であれば独り立ちしなければならない年齢に達している。

 しかし諸々の事情から少しだけ延長して、孤児施設で暮らしていた。


「メシができるまで、庭の草でもむしるか……」


 そうして孤児施設の前庭の雑草をむしり、花に水をやった。

 作業を終えて手を洗った頃に、朝食の準備がほぼ終わっていた。


「カル、今日もお部屋、探しに行くの……?」

「うん。まあ他にも冒険に必要なもの買ったりしに行く」

 

 食事の間、ユリーナに質問を向けられ、カルは肯定する。

 一人暮らしの準備のために、カルはここ最近、一人暮らし用の賃貸物件を探しに出ている。


「施設から、近いところにするよね?」

「んー。わかんね。安い所があればそうするけど、この辺、高いんだよな」


 ユリーナはどうやら、カルにあまり離れた場所の部屋を借りて欲しくないらしい。


「行ってきまーす」


 ひとまずカルは、政庁に行ってみることにした。

 ラウツカ市の政庁が管理している、いわゆる公営住宅が、もっとも割安だからだ。

 しかし、問題もある。


「どこも、ギルドからは遠いんだよなー」


 いまいちピンと来る物件がなく、結局カルは政庁をあとにした。

 

 安定的な、確実な手段がないわけではない。

 冒険者ギルドでも、手ごろな賃貸物件を斡旋している。

 実際、リズやアキラはギルドから紹介された部屋に住んでいる。

 ギルドや港の市場に近く便がいいのだが。


「他にもっといいところがあるかもしれないし、最後の手段だな、ギルドに頼るのは」


 せっかく自分の部屋を自分で選べるという機会なのだ。

 カルはできるところまでは自分で頑張って探してみようと思うのだった。


 ちなみに、コシローがどこに住んでいるのか、詳しいことは誰も知らない。

 

「先に買い物すっか……」


 カルは中央商店街に足を運ぶ。


 以前、アキラに相談したときに「殴ると同時に刺せる武器」の使用を勧められたことがある。

 拳を保護しつつ殴打の威力を上げる、ナックル型の武器に、丈夫な棘を付ければいいのではと。


「殴って刺した瞬間に雷撃を叩き込めば、威力が上がるかな……?」


 カルもその意見には賛成なので、棘のついていないバージョンと、使い分けてみようと思ったのだ。

 そういうこともあり、ドワーフ店主の営む鉄細工、小型武器屋に相談してみる。


「ほう、小僧、冒険者か」


 店主はぎょろりとした目でカルをねめつけ、品定めする。

 カルは、欲しい武器の詳しい情報を店主に話す。


「なるほどねえ。小さく、素早い動きで鋭く刺す、ってことか」

「できそう?」

「ま、明後日以降に取りに来い。元々ある拳当て用の武器を改造して、作ってやらあ」

「ありがと、助かる」

「有名な冒険者になって、うちの店を宣伝してくれよ!」


 景気のいいことを言って、店主はカルを送り出してくれた。


「有名な、冒険者ねえ」


 カルは正直なところ、冒険者としてこのまま身を立てて行くかどうか、決めあぐねているところがある。

 今、ギルドの世話になって冒険者という立場におさまってはいるものの、数年後はどうなっているかわからない。

 まだまだカルの人生、青春は始まったばかりであり、その先は誰にもわからないのだ。



 カルはギルドに足を運ぶ。


「あら、カルさん。こんにちは。依頼をお探しで?」


 受付職員のナタリーが、窓口カウンターに座っている。

 リズやアキラの姿はない。


「依頼もそうだけど、部屋の賃貸のことを聞きたいんだよね。ギルドが斡旋してるっていう」

「ああ、それでしたらアキラさんの住んでらっしゃるところに、まだ確か空き部屋があったはずですわよ」


 アキラと同じ建物内の、別の部屋。

 そう言われて、カルは苦い顔をする。


「アキラ兄ちゃんはほら、女とか、連れ込みそうだし……鉢合わせると、気まずいかなって」

「ふふふ、あんまりな言われようですわね、アキラさんも。他だと、同じ支払いで少し手狭になりますけど、もう少し街中寄りの部屋がありますわ」

「そこがいいな。借りれるように、手続きお願い」

「わかりましたわ。一人暮らし、おめでとうございます」

「どうも」


 ナタリーに笑顔で祝福され、カルは色々とむず痒い。


 結局その日、カルは依頼を受けることなく、他に雑多な買い物をして一日が終わった。


 孤児施設に戻ると、当番の子や職員たちが夕餉の準備を始めていた。

 朝と同じく、ユリーナが食事の当番として、腕を振るっていた。


「豚の腸詰か。うん、こりゃ美味い」

「こら、カル! つまみ食いしちゃダメ!」

「しーっ、大声出すなよ、ユリーナ」


 食後、片付けと入浴が終わり、年少の子たちを寝かしつける。

 それが終わると、年長組も少しの自由時間を経て、就寝だ。


「ね、ねえ、カル」

「うん?」


 誰もいない食堂でカルが一人、座って静寂を楽しんでいると、ユリーナがなにかの本を抱えてやってきた。


「勉強、教えて欲しいところがあるんだけど……」

「まあ、いいよ。なに?」

「公国の歴史と、地理」


 ユリーナはキンキー公国の生まれ育ちではないので、この国の歴史や地理に詳しくない。

 カルは少年時代、初等学舎に通っていたので、その辺りのことはおぼろげながら、把握していた。


 本を開き、カルとユリーナは隣り合って座る。

 ユリーナを混乱させないように、カルはゆっくりと、地図上の印を示しながら、教える。


「この南の海沿い、この辺がラウツカだろ……あ、このちっちゃい点、俺がこの前に行った無人島だよ」

「無人島、大変だったって言ってたけど……」

「ああ、もう二度と入りたくないね。あ、でも奥にいたすごい魔道士さんには、また会いたいかも」

「この、大きい山は?」

「常冬(とこふゆ)山、で、その山の西側にあるのが、吹雪が丘峠。城壁前に魔物がいっぱい攻めて来たときは、ここから来たんだってさ」

「悪い魔物を研究してた跡が、見つかったって、先生たちが言ってたね」

「うん、国の軍が調べてる最中だけど、多分ハッキリとしたことがわかったら、来年からの教本に載るぜ」

「そんなすごい魔物たちとカル、戦ったんだ……」

「ま、まあな。それほどでもないけど。んで、この山を越えた、ここの大きい印、これが首都のシロマ」

「カルの、ふるさとね」

「特に帰りたいとも思わないけどな、今は」


 カルはそうやってユリーナに勉強を教えながら。

 地図でしか、本でしか知らない街のことも、記憶を頼りに説明する。


「こうして見ると、思ったより、広いんだな、公国って……」


 自分が実際に見て知っているところなど、カルにとって本当に点でしかなかった。

 冒険者を続けていれば、色々なところが見られるだろうか。

 色々な土産話を、たくさんの人に話すことができるだろうか。


 いや、それはラウツカで冒険者をしていなくても。


「よし、決めた」


 カルは突然そう言って、ユリーナを驚かせた。


「な、なにを?」

「とりあえず金貯めて、この国を一周しようかなって思った。楽しそうだし」

「え、カル、ラウツカから、出て行っちゃうの……」

「いや、金を貯めてから、だよ。しばらくかかるよ。まだ見習いだし」

「そっか……」


 少し安心したような、それでも寂しそうな顔をユリーナは覗かせた。

 

 カルは危うく、そのとき。


 別に、ついて来てもいいけど、なんてことを、言いそうになったのだった。



 若い二人、カルとユリーナは就寝時間までを、そうして勉強して過ごした。

 

 カルが施設を出て行くその日まで、あとわずか。


 そのわずかな機会を逃すことなく、この勉強会は続くのだろう。

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