125 幻獣を追え!(6)

 その日の夕方。

 追手の死体を木の葉などで隠したのち、ルーレイラは再びコシローを連れて、待ち合わせ場所に向かった。


 と言っても前回の待ち合わせ場所とは変えている。

 この日に訪れたのは、誰も通ることがなくなった壊れかけの橋の近くだ。


「……まだ、連れて来られないのか」


 金髪の、老けたギルド職員が姿を現す。

 この場に幻獣を連れて来なかったルーレイラを、あからさまに責めるような目つきである。


「ごあいさつだねえ。こっちはおたくの情報が少ないせいで、二回も死にかけているのだよ?」

「なんだと?」

「瞑想教団の連中が襲って来た。しかも手練れを何人も連れて来てね。そこまで危険な仕事だって、前情報になかったじゃないか」


 ちっ、と金髪男は舌打ちをした。

 男が意見を挟む前に、ルーレイラは自分の話したいことを話す。 


「リロイの頼みだから、わざわざこんなところまで出張って来たのだけれどね。今回の仕事は明らかに報酬に見合わない。だから、きみの裁量で報酬を上げると確約してくれ。出ないと幻獣は引き渡せないよ」

「追加が必要なら、追ってそちらのギルドと連絡する。とにかく幻獣を渡せ!」

「大声を出すなよ。衛士や国境兵士たちが駆けつけたりしたらどうするんだい。困るのは、僕らじゃない。きみたちの方だよ?」


 そもそもが、リーホック側の不始末で発生した依頼である。

 この仕事が不調に終わっても、ルーレイラたちは金銭の問題しかない。


 しかし、リーホックの側には、なんとしてでも幻獣を確保しなければいけない理由があるはずだ。

 それは仕事上のメンツの問題以上に、あの幻獣が持っている大きな力によるものだろう。


「わかった。追加報酬に応じる」

「はじめからそう言えばいいのだよ。追加分は、金貨五百だ。おたくの国のじゃなく、うちの国のだからね」


 忌々しい顔で、金髪男は簡易的な証文を作り、そこにサインした。

 ルーレイラは証文を作っているそのときからサインまでを、間近でしっかりと確認し、受け取る。


「これでいいんだろう。早くしろ」

「っと、その前に、あの子を大人しくさせるのは、もうしばらく時間がかかるよ。なにせ、縄をかけようとすると獣の勘で気付かれてしまうからね。もう少し体力を落としてからだ」

「……ッ! き、貴様!!」

「怒るなよ。これだって僕らの手間なのだからね? 追加料金の中にはこの手間賃も入ってる。お金のことでこれ以上はゴネないから、安心したまえ」


 ひらひら、と手を振ってルーレイラは去った。

 金髪男の剣幕は、コシローが後ろに控えていなかったら、ルーレイラの口を力ずくで封じそうなほどだった。



「ただいまー」


 ルーレイラはアキラたちの待っている場所へ戻る。

 アキラがトンファーを構えて周囲を警戒し。

その傍らではエルツーの膝枕で虎幻獣の幼女が寝息を立てていた。


「どうだったの?」


 エルツーが幻獣幼女の髪を撫でているさまは、仲の良い姉妹のようですらある。


「とりあえず上手く行ったよ、今日はね」 


 ルーレイラは報酬の上積み交渉が成功したと告げた。

 そして、もう一つの企みも。


 もちろん、待機場所、キャンプを張る場所も昨日とは変えてある。

 瞑想教団の追手が執拗なことを考えると、また襲撃される可能性は高いのだが。


「しかし、上手い具合にボロを出すかな?」


 アキラは心配な顔で尋ねる。


「出さなければ出さないで、また別のことを考えるさ。今日は大人しく待とう」


 ルーレイラが仕掛けたもう一つの企みとは。

 報酬の証文を作る際に、ルーレイラは金髪男の服に音魔法の通信石を忍ばせた。

 これは、距離が離れていても使えるスピーカーフォンのようなものだ。


 要するに、盗聴である。 

 

 ルーレイラは、リーホックのギルド職員たちが、様々な情報を隠している、知らせていないことを不審に思っていた。

 特に、大きすぎる力を持った幻獣を管理下に置くことに関して。

 

「あいつら、おそらくリーホックの国政庁に、幻獣の本当の力を報告してないのだよ。いちギルドの研究機関がそんな大それた幻獣を飼ってるなんてバレたら、国に取り上げられるに決まってるからね」


 そう。

 力が強すぎて、なおかつ知性がまだ未発達な幻獣は、私的機関が独占することが禁じられている。

 アキラは、地球にたとえるなら民間企業が大量破壊兵器を持っているようなものだな、と考えた。


 これが、蛇の精霊神のように知性の発達した存在なら。

 並人やエルフたちの私利私欲で利用されるという危険性も少ない。


 この幻獣がきわめて大きな力を持っているという、その隠された事実。

 おそらく研究員たちの失態、情報管理の不手際で、それが瞑想教団に漏れたのだ。

 だからこれだけ、執拗に教団が追って来るのだろう。

 

 危険な、許すべきでない存在であると断じて。

 滅ぼすべき悪であると、教団の教えに従って。


「と、僕は読んでいるのだけれど、エルツーはどう思う?」

「そうね……」


 膝の上でスヤスヤと規則正しい寝息を立てる幻獣を慈しむように見て、エルツーは言った。


「存在しちゃいけないなんて、誰の都合で決めてるのかしらね」


 その問いに答えられるものはいなかった。



「俺は、今夜か明け方にもう一度、黒服どもが来る方に賭けるが、どうする」


 キャンプを張り、見張りに立っている中で、コシローがアキラにそう言った。


「俺もそう思うから、賭けは成立しないなあ」


 ククッ、とコシローは可笑しそうに喉を鳴らして。


「じゃあ、何人だ。俺は、五人だな」

「ルーに聞いたけど、瞑想教団ってところは、五が聖なる数字なんだってさ。だからやっぱり、五人だと俺も思うよ」

「どうしようもねえな」


 ふん、と鼻を鳴らし、コシローは刀を抜いた。


「ああ、どうしようもない……」


 アキラも、これは命を守る戦いだとしっかり覚悟を決めて、両の手にあるトンファーを固く握った。


 幕舎(テント)の中では、ルーレイラが幻獣幼女を守りながら、リーホック職員たちの会話を盗み聞きしている。

 テントの前をエルツーが小型ボウガンで守り。


 コシローとアキラが、敵を狩る。


「全部、俺の獲物だ!」

「そうだったらいいね」


 準備万端の状態で敵を迎え撃つコシローとアキラに、刺客たちが敵うわけもなかった。

 

 キンキー公国とリーホック共和国、その国境近くの山林を、コシローとアキラが血に染めているとき。


『まったく、あの赤毛……! まさか、あの化物を手懐けて、本当の力に気付いたんじゃないだろうな……!』


 ルーレイラの魔法石が、首尾よく相手の弱みを伝えたのであった。


「さて、そうなるとこの子の処遇だけど……」


 ルーレイラは、もうリーホック共和国にこの幻獣を帰す気持ちがなくなっている。

 リーホックのギルドで飼い殺しにされるか。

 共和国政庁の研究機関で飼い殺しにされるか、その二つの未来しかない。


 ぱちり、と大きな瞳が開いた。

 虎は夜行性ということもあってか、うたた寝から覚めた幻獣幼女は、ルーレイラの顔を覗きこむ。

 

「あそぶ?」

「もう遅いから、遊ばないよ」

「わるい、やつ、きた?」

「うん、でもアキラくんたちが、やっつけてくれるよ」


 無垢な瞳でじっと見つめられて、ルーレイラは観念し。


「奥の手、使うかあ……」


 そう呟いた。



 次の日。

 三度目の待ち合わせに赴いたルーレイラは、きっぱりと金髪のギルド職員に、こう告げた。


「逃げられたよ」

「な、なな、なんだと!?」

「だから言ったろう? 瞑想教団の連中がしつこくってね。それと戦っている間に、縄を斬られて、そのままどこかへ行っちゃった」


 白々しい嘘ではあるが、ルーレイラは白々しさを隠さずに、相手の瞳を真っ直ぐに見た。

 その赤い瞳がものを言わずとも雄弁に語っている。


 お前らの隠していることを、すべてお見通しだと。

 お前らの嘘を追求しないでいてやるから、こちらの嘘も追及するなと。


 驚異的な力を持つ幻獣を、国に報告せずに秘密裏に飼っているなど、かなり大きな罪だ。

 研究所の主要スタッフの首が飛ぶ、あるいは実際に手に縄がかかる可能性が高い。

 

 リーホックのギルド自体が大きな損失を抱えるほどの不祥事に、この件はなり得るのだ。


 しかし。

 知性も未熟な、大した力を持たぬ幼い幻獣が野に放たれた「だけ」だとしたら。


 関係者の損失は最小限に済む。

 逃がしたリーホックのギルドと、捕まえられなかったキンキー公国のギルドが、恥をかくだけである。

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 ルーレイラの、言外の真意が相手の男にも正しく伝わっている。

 だからこそ相手の男はなにも言えず、言い返せず。


「覚えていろ!」


 そんな捨て台詞だけを口にして、去って行った。


「やれやれ。やっと諦めたか」

「お前も大変だな」

「は?」


 急に、コシローに労われたので、ルーレイラはわが耳を疑った。


「ところで金はどうなる」

「あいつから取った追加報酬の証文は、捕獲の成否にかかわらず、だよ。だからちゃんとたんまり、リーホックから支払いがあるさ」

「そりゃ結構だ」


 コシローとルーレイラは、アキラたちの待っている場所へ戻った。



「で、この子をどうするかっていう、ルーの奥の手って?」


 ラウツカに戻る、その途中。

 アキラはルーレイラに、奥の手とはなんなのかを聞いた。


 ラウツカでこの幻獣幼女を預かることはできない。

 なにせ飼育も研究もキンキー公国内では禁止されているのだ。


 苦い顔で、ルーレイラはアキラの質問に答える。 


「僕の田舎を頼るよ。親父が持ってる山ひとつくらいなら、この子の十分な遊び場になる」

「は? 田舎? 親父? 山?」

「なんだい、そんな驚いた声で」


 アキラだけでなく、エルツーも驚いた顔でルーレイラを見る。


「え、ルーレイラって、キンキー公国の出身じゃなかったの?」

「違うよ。もっともーっとド田舎だ。流れ流れて、面白い仕事を探していたら、いつの間にかこの国に来て、ラウツカにたどり着いたのだよ」

「はー……」


 エルフに歴史ありと言う。

 アキラもエルツーも、ルーレイラが経てきた生涯の歴史というものの遠大さに、改めて大口を開けて呆けるのだった。


「じゃ、じゃあルーの田舎のお父さまというのは、結構なご資産家であらせられる……」

「ないない。山しか持ってないよ。誰も買い手のつかないようなド田舎だ」


 山、とみなが連呼するのを聞き、幻獣幼女も嬉しそうに笑った。


「やま、すきー!」

「そうかそうか。たまには僕も、会いに行くから、良い子にしているのだよ」

「うん!」


 そうして、ルーレイラの実家の山に。

 半ば神に近い奇跡の力を持った、幻獣が一柱、住まうことになったのであった。

 

「ルー、俺もいつか、ルーのご実家に遊びに行っていい?」


 アキラは幻獣幼女の頭をなでながら、別れの寂しさに少し涙をにじませて聞いた。


「そうだねえ。いつかみんなで行こう。クロも、フェイも、リズも連れて。親父が死ぬ前には、みんなを会わせたいしね」


 ルーレイラは遠い故郷を思い、気恥かしくなりながら馬車を走らせる。


 いつかみんなで。


 その思いを乗せて、馬車はラウツカへの道を進むのだった。

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