122 幻獣を追え!(3)

 幻獣、赤の大虎でもあり、裸の幼女でもある存在。


「ふみゅー……」


 困ったことに、アキラが与えたおやつを食べ終えると、すうすうと寝息を立ててしまった。


「ルー、ど、どうしよ……」


 アキラ、困惑。

 ルーレイラも困り顔だが、ここでスヤスヤと寝せておくわけにもいかない。


「とりあえず、マントでも着せて、馬車まで運ぼう。アキラくん、おぶってくれるかい」

「わかった」


 ひとまず幻獣幼女を馬車に乗せて、指定の受け渡し場所へ向かうことは決まっている。

 そこに行けばリーホック共和国のギルド職員が待っていて、幻獣を連れて帰る手はずになっているのだ。


「途中で衛士さんとかに、怪しまれないかな……」

「エルツーの妹ということにしておこう」


 アキラの不安に対し、ルーレイラが適当な作戦を提示した。

 

 馬車に乗り込み、一行は指定の場所へと向かう。

 そのうち、馬車の揺れが気になったのか、幻獣幼女は目を覚ました。


「う? ここ、どこ?」


 あたりをきょろきょろと見回している。

 

「大丈夫、もうすぐ、おうちに帰れるからね」


 アキラはあくまでも、安心させるようにそう言ったのだが。


「おうち、かえる?」

「うん、そうだよ。帰るんだよ。温かい布団と、美味しいご飯が待ってるよ」

「むー……」


 帰る、という言葉に幻獣幼女は苦い顔で反応し。


「や!」


 と叫んで、馬車を飛び出してしまった。


「ちょっと! アキラなにやってんの!」


 エルツーの叱咤が飛ぶ。


「ちょ、ま、待って!」


 アキラは馬車を降り、森の中へ逃げ出そうとする幻獣幼女を必死で追いかける。


「かえるの、やー!」

「ま、待って! 嘘! 冗談! 帰らないから! おやつあげるから待って!!」


 必死で、マントを羽織っただけの半裸の幼女を追いかける、二十代後半男性、アキラ。

 自分の状況をふと客観的に認識してしまい、アキラは少し泣きそうである。


 再びアキラが懐から干し肉を取り出すと、幼女は動きを止めて。


「……ほんと? かえらない?」


 警戒しながらも、干し肉を見つめてにじり寄って来た。


「う、うん、帰らないよ、大丈夫だよ。だからほら、逃げないでねー」


 もののわかっていなさそうな幼女を騙しておびき寄せているのだから、アキラは自己嫌悪でいっぱいだ。


「うにゃぁ……」


 幼女は大人しくなり、再びアキラの掌の肉にしゃぶりつく。


「むぐむぐ……おいしい!」

「そ、そうか。よかったな。いい子にしてたら、またあげるからな」

「うん!」


 アキラは、幼女を負ぶって馬車まで戻った。


「やれやれ、なかなかこれは、思ってたのと違う仕事になりそうだね」


 ルーレイラが気疲れを感じさせる溜息を吐いた。



 その後も、幻獣幼女は、寝たり、起きたり、おやつをねだったり。

 

「おしっこ、でる」

「え、ちょ! 待っ!」


 そう言ったときはさすがにアキラは慌てふためいて、エルツーに幼女を預け、木陰で用を済まさせてもらった。


「おしっこ、ちゃんと、いえた! えらい?」

「はいはい、偉い偉い」


 場を任されたエルツーも、かなりげんなりした表情を浮かべるのだった。



 主たる仕事が子守であるせいか。

 コシローは我関せずと言った具合に、それまで寝たふりをずっと決め込んでいたのだが。


「敵だ」


 いきなりそう言って、馬車から降り、刀を振るった。


 カキン! と音が鳴る。

 コシローが、どこからか飛んで来た矢をはじいたのだ。


「隠れるのが下手なんだよ!」

 

 そして、森の中に思いっきり、石を拾って投げた。


「がぁッ!!」


 見事に命中したらしく、男のものらしき叫び声が聞こえる。

 次の瞬間、別の者たちが樹の陰から五人、躍り出て来た。


 全員が黒い服に身を包んでおり、顔の下半分も隠している。

 まるで忍者のようであった。


「大人しく、そいつを渡してもらおう」


 その中でも背の低い男が、重苦しい声で言った。

 そいつ、というのは幻獣幼女のことを指しているのだろう。


「……ルーレイラ、こいつら、なんだと思う?」

「どこからか幻獣の情報を聞きつけた、まっとうではない組織の連中かもねえ」


 エルツーの問いにルーレイラは答える。


 冒険者ギルドに敵対する組織が、キンキー公国の内部に存在しないわけではない。

 そうした組織はギルドの中にスパイを送り込んでいることもあり、情報が漏れるというのは頭の痛いことではあるものの、ゼロではないのだ。


「殺しちまって構わんのか、こいつら」


 コシローは周囲に殺気を隠そうともせずに言った。


「自分の命が最優先! 手段は任せるよ!」


 男たちが馬車の行く手を防ぎ、こちらに殺気を向けていることがルーレイラにも分かる。

 覚悟を決めて戦わなければいけない局面であり、相手の命を考慮している余裕はない。

 コシローを連れてきた以上、それは織り込み済みのことであった。


「運が悪かったな、お前ら!」


 叫んで、コシローは男たちの一人に斬りかかる。

 一瞬で間合いをなくす踏み込みから放たれた斬撃が、黒服男の腕を斬り裂く。


「ぬん!」


 しかし浅手だったようで、男は手に持っていたナイフでコシローに反撃を仕掛ける。

 コシローはそれを鼻先一寸のところで躱し、敵のがら空きの脇腹に左手で脇差を抜いて突き刺した。


「ぐ、ぐぉお……!」


 腹を刺されてもなお、コシローの体に組みつこうとする男を、コシローは蹴って引き離す。


「まず一人!」


 倒れた男の体を飛び越えて、コシローが二人目の敵に襲い掛かる。

 敵が投げた投擲用の小刀、クナイのような武器をコシローは二刀を十字の形に構えて防ぎ。


「ちぇぇぇえい!」


 太刀を横なぎに振るって、敵の手首を斬り飛ばす。


 コシローが一人で三人の敵を相手している一方で、残った敵が馬車と幼女を狙うが。


「せいやっ!」


 アキラの上段右回し蹴りが頸部に決まり、相手をぐらつかせる。


「退け、退けっ!」


 残った無傷のものが二人になった時点で、敵は森の中に撤収した。

 腹を刺されたものまでも、まだ死なずに逃げて行った。

 最初に森に隠れてコシローの石つぶてを喰らった男も、いつしか気配が消えている。


「痛みを感じない薬でも、飲んでいるのかな……?」


 奇妙な敵が去っていくのを見て、ルーレイラが呟く。


「もしそうだとすると、かなり厄介な連中に絡まれたものね。アキラ、虎の女の子は大丈夫?」


 エルツーにそう聞かれてアキラは、馬車の中を確認する。


「寝てるな……」


 修羅場の中で、気にもせずふてぶてしく寝息を立てていた。

 

「やれやれ、こっちの気も知らないで、暢気なものだねえ」


 そう言いながら、ルーレイラは優しく幻獣幼女の頭を撫でる。


 いい夢でも見ているのか、とても幸せそうな、安らかな寝顔だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る