121 幻獣を追え!(2)
山を越え谷を越え。
途中の休憩も必要最小限に抑えて、アキラたち四人は目的地付近に到着した。
ラウツカからはるか東北の方角、リーホック共和国との国境沿い、その山林である。
「でもこんなに広い所で、獣一匹探すって普通は無理だよね」
アキラが素直な感想を述べる。
もちろん、派遣された捜索チームはアキラたちだけではないので手分けはしているが、それでも無理があろうと思われた。
「相手はなかなかに強力な力を秘めている存在だからね。そこを手掛かりにするのが一番、手っ取り早い」
そう言って、ルーレイラは地面に掌をついて、座りこんだ。
「大いなる大地の精よ。我が問いに答え給わんことを……」
更にルーレイラは、地面に這いつくばって、まるで地中の音を聞いているかのように耳を地べたに付ける。
「音よ……響きよ……その足跡を示さん」
大地の声を本当に聞いているかのように。
地と、この星と会話をしているかのように。
ややあって顔を上げたルーレイラは。
「だめだあ」
と天を仰いで、言った。
アキラは、ずっこけた。
「なんだったの今の!?」
「いやいや、この近くにはそう言う気配がない、通った形跡もないということくらいはわかったよ。特異な、大きな力の痕跡はね」
あっけらかんとルーレイラは言ってのけた。
「要するに、こうやって地道に探さないといけないってことね」
「なんなんだ一体、この妖怪は」
エルツーとコシローも、呆れていた。
アキラたちの班が割り当てられた区画の、地道な探索は続く。
森の木々を分け入っていた、そのときである。
「おい、なにか来るぞ。獣だ。あやかしかどうかは、わからんけどな」
コシローが刀の柄に手をかけた。
野の獣か、魔獣が近付いて来ているのか。
コシローの言う通り、木々や草の間をガサガサガサ、と音を立てて複数の獣が近付く音が聞こえる。
「ワオーン!!」
「ギャワン!! ギャワン!!」
野犬の群れであった。
「くっ、二人とも、俺の後ろに!」
アキラはエルツーとルーレイラを守れる位置に立ち、両手にトンファーを構える。
コシローも自分の刀を抜いて襲い掛かる野犬を振り払おうとした、が。
「ワンワン! ワワン!!」
「キャウーーーン……!!」
犬たちは、アキラたちに目もくれず、一目散に遠くへ逃げて行った。
「あら? まあ、こっちを襲わないなら、良いけど……」
まるで、なにかに怯えていたかのような鳴き声だった、とアキラは思った。
「おい、気を抜くな。奥にまだなんかいる。今度は大物だ」
おかしな気配はまだ残っているとコシローが告げる。
四人は、その周辺を警戒しながら詳しく探索することにした。
そこで目にしたのは、どうしてこんなところに、と思う異質な存在であった。
「うー……」
幼女だった。
裸の、日に灼けた幼女だった。
一糸まとわぬ姿の幼女が、森の中にいて。
「グゥゥゥ……グバァーーーーーーーッ!!」
巨大な、熊の魔物と、向かい合って、睨み合っていたのだ。
「ル、ルー! 助けなきゃ!」
「もちろんだとも!」
アキラはルーレイラから、魔物が嫌う粉の入った陶器の球を受け取る。
「これでも喰らえ!!」
「ゴアァ!?」
見事顔面に魔除け球を命中させて、アキラはまず真っ先に幼女の身柄を確保し、走る。
「う?」
抱きかかえられ、運ばれて行く中で幼女が素っ頓狂な声を上げる。
危険な状況がよくわかっていないのだろうか。
「ルー、どうする!? 倒すのか!?」
熊から距離を取って、幼女の安全を確保したアキラがルーレイラに聞く。
しかし、ルーレイラがその答えを発する前に。
「はーーはっはァ!! お前はさて何点かな!!」
コシローがすでに、目の色を変えて魔獣に挑みかかっていた。
「アイツ、強化もかけてないのに、バカ!!」
エルツーが悪態をつきながら、小型ボウガンで熊を撃ち、コシローを援護する。
「まずひとぉつ!!」
コシローの斬り払いが、魔獣の足の腱を狙う。
手ごたえはあったが肉を深く切り裂くほどではなく、毛皮を傷付けただけだった。
「グゥアヴァァァーーーーッ!!」
太く強靭な熊の手、その先の爪がコシローを襲うも、コシローは横に転がって避ける。
「ククク、その辺のザコよりよっぽど上等だな!」
楽しげにコシローは刀を振るい、巨獣に斬りかかる。
「コシローさん、すご……」
コシローが真剣、日本刀を周りを気にせずに振るっているため、アキラは助けに行くことができない。
しかし、魔獣もコシローもお互いに決め手に欠けると言った様相だ。
長期戦になり集中力が切れれば、コシローが危ない。
そうアキラが心配になったとき。
「うー!」
アキラに守られて抱えられていた幼女が、アキラの体を押しのけてその手からするりと抜けだし。
「シィィィ……ガアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!」
突如、その小さな体に似つかわしくない、大地が震えるほどの凄まじい咆哮を上げた。
「な、ななななななな……」
ルーレイラが、戦慄き、おののき、腰を抜かす。
エルツーは、驚きのあまりに血の気を失ってふらつき、倒れそうになった。
「ガゥアーーーーーーーーーーーーー!!」
さっきまで、幼女だったはずの「もの」が。
巨大な、深紅の毛並みを持った虎に化けて。
「ゴブハッ!?」
熊の魔獣の喉笛を、一噛みのもとに、齧って抉り取ってしまったのだから。
「……あァ?」
突然、目の前で戦っていた熊が、赤い影に襲われて喉から血を噴いて倒れた。
そのことに、コシローは口を開けてただ驚くのみだった。
「ゴロゴロゴロゴロ……」
敵を倒した大虎は、喉を鳴らして目を細めて。
「うにゃー……」
再び、幼女の姿へと一瞬で戻ったのであった。
「こ、この女の子が、虎の幻獣……?」
アキラは恐る恐る、幼女に姿を変えた虎に近付く。
「おまえ、だれ、だ!」
「あ、俺はラウツカで冒険者をやってる、アキラです」
しっかり、自己紹介はするのであった。
「しら、ない! おまえ! しらない!」
「う、うん、そうだろうね……はじめまして。おやつをあげるよ」
アキラはお近付きの印に、持っていた携行食の干し肉を、幼女に差し出した。
幼女に、おやつをあげて、歓心を誘った。
「くんくん……」
鼻先で幼女は、アキラの掌にある干し肉の臭いをかぎ。
「はむっ」
ぱくりとそれに食いついた。
「んむ、んむ。うまい!」
「それは良かった。じゃあ、お兄ちゃんたちに、ついて来てくれるかな?」
「うん!」
アキラは、おやつを差し出すことで幼女を懐柔することに成功した。
すごく、犯罪臭かった。
エルツーのアキラを見る視線が、とても冷ややかだった。
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