119 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(8)

 男は、静かに笑いながら、アキラたちにわかりやすい言葉を選んで、話を始めた。



 お前らが生まれるよりもずっと前のことだ。

 そこの赤髪が生まれるよりも、さらにさらに前の話だな。

 どれくらい昔かと言うことに意味はないから、そこは気にするな。


 魔王が、自分の住処以外に、別の拠点を作ろうとした。

 並人やエルフの暮らす、いわば俺たちの土地に、自分の瘴気を直接、根付かせようとな。


 それらを仮に「魔王の地脈」と呼ぶとしようか。

 地面の中、土の下、ずっと奥深くで、魔王の住処と繋がっている「脈」ができたんだ。

 

 もちろん、エルフや並人もバカじゃない。

 魔王の好き勝手にさせるわけにはいかないと、地脈の露出した地点に、封印を施した。

 

 お前らが今、目の前にしている光の陣があるだろ?

 これがその封印だ。

 これがあるから、魔王の住処と繋がっている脈の力は、最小限に抑えられている。


 しかし、印を結んで陣を描いただけでは、どうしても魔物や獣に荒らされる。

 もちろん、なにも知らない並人やエルフたちが、これを壊してしまう恐れもある。

 だから、こんな御大層な迷宮で守っていたということだ。


 そして、この迷宮の作り主は、自分自身に呪いをかけた。

 光の陣を守るために、この場に止まり続けるという呪いを。

 この場から動けない、そして死ぬこともできないという呪いをな。


 ま、要するに俺のことだ。

 俺はこの迷宮の主になってから、ずっとここにいる。

 途方もなく長い年月を、ずっと一人で、な。


 俺自身が海と地の精霊への捧げものになることで、なんとか魔王の力を防いでいる。

 しかし俺の防ぐ力も、常に一定と言うわけじゃない。

 それに、魔王の地脈が暴れる力も、一定と言うわけじゃないんだ。


 言うなら、今は俺が弱っていて、地脈が元気なときと言うことだな。

 だからこの迷宮の中におかしな魔物が湧き出るし、寄ってくる。

 迷宮の出入り口が簡単に開いてしまうのも、俺の力が弱ったからだ。


 ここに来る直前に、大型の魔物が、三匹いたか?

 あれは、魔人将とかいう、魔王のくだらねえ使いっ走りの仕業だ。


 俺が動けないのをいいことに、迷宮の中におかしな魔物を置いて行きやがった。

 俺を助けようとする並人やエルフ、ドワーフ、獣人たちを、通さないためにな。


 邪魔者が俺の領域に入り、俺の力もさらに弱まった。

 正直、なんとかして欲しいと思っていたところだ。


 しかし、力の足りないものがここにきても意味はない。

 真実を求める、勇気のあるものでなければ、ここに立つ資格はない。


 お前たちは、どうやらその条件に合致したようだ。

 おい、睨むな。

 確かに迷宮に入るものを試すような真似をしたことは、悪いと思っている。


 大丈夫、ここの迷宮の中で命を落としたとしても、俺がなんとかしてやる。

 ここは、俺がそう言う風に作ったからな。

 邪念のないものをむざむざ死なせたりはしないさ。


 話が終わってお前らが納得したら、外に帰してやるよ。

 あ、この洞窟の中にある物は、基本的に持ち出し禁止だ。

 なにも土産をくれてやることはできない、悪いな。


 しかし、俺はお前ら、特にアキラと言う名の冒険者とやらに、頼まなければならん。

 どうか、お前の中に眠る龍神の加護を、偉大なる水の精の力を、俺に分けてくれないか。

 

 そうすれば、この島に魔物が発生するのを、まあ、今よりは抑えることができる。

 助けると思って、どうか俺の願いを聞き届けて欲しい。


 礼はできんがな。

 なにせ俺は、ここから動けない。

 お前たちにしてやれるもの、くれてやれるものも、特にないんだ。

 

 もう、そう言う存在に、なってしまったんだ、俺は。


 ん?

 俺の名前?


 ないよ、実は俺には名前がない。

 魔を封じるための存在として生まれ、育てられ、作られたのが俺だ。

 俺はそのためにここにいるし、それ以外に俺の役目はないんだ。

 

 お前たちは、冒険者という生き方なんだな。

 ここからなにかを盗むつもりの盗賊という連中ばかりが来るので、辟易していた。

 そんな連中だったら、罠にはめて、そのまま死なせてるんだが。


 たまに、ここを調べたいだけの物好きが来るのが面白かったよ。

 そう言う奴には、好き勝手させて、こうして会って話をして。

 そうして、外に帰してやったものさ。


 おい。

 なんで、お前が泣くんだ、アキラ。

 同情や憐みは、結構だよ。


 俺は、ここが気に入っている。

 この島は、俺の意識と繋がっているからな。

 見ようと思えば、色々なものが見られるんだ。

 

 そうそう面白いものなど、もうありはしないからあまり見ないようになっていたが。

 ここに来るまでのお前らの奮闘や戦いぶりは、見ていて飽きなかったぞ。


 楽しい時間をありがとう、勇者たち、いや、冒険者たちよ。



 名無しの、魔道士らしき男は、そう言って話を締めくくった。

 

 アキラは涙を流し。

 ルーレイラはそのあまりの偉大さに衝撃をうけ、自然と膝をついてこうべを垂れた。


「俺の、俺の力なんかで役に立てるなら、是非、使ってください……」


 泣きじゃくりながら、アキラも頭を下げる。

 あくまでも鷹揚に笑って、名無しの魔道士はアキラに告げた。 


「そうか、なら、光の陣の端っこにでも、手を触れてくれ。それでいい」


 言われてアキラは、光の魔法陣に触れた。

 アキラの体、心の中を、力と情報が入り混じって、うねっていくのを感じる。  


「ありがとう、アキラ。これでしばらくはなんとかなりそうだ」


 力の受け渡しが終わり、アキラは確かに喪失感のようなものを感じた。

 なにを失ったかというのを自分で言葉にすることは難しいが。

 半分、と名無しは言っているので、完全に失ったわけではないのだろう。

 龍の神は、今もアキラの胸の中に、ともにあり続けるのだ。


「じゃあ、話も終わったし、外に帰してやるよ。あと、この島を表側を削ってなにかを取り出すのは、ほどほどにした方がいいぞ」

「ははーっ、くれぐれも、そのように伝えておきまする」


 すっかり腰の低くなったルーレイラが、恭しくそう言った。


「さよならだ。もう会うことはないことを、お互いに祈ろう」


 名無しの魔道士はそう言って目を閉じ。

 次の瞬間、アキラたちは洞窟出口近く、最初の分かれ道のある空間に戻っていたのだった。


「力が戻ったら、もう出入り口が開かないって、名無しさん、言ってたね……」


 アキラが寂しそうに呟いた。 

 ルーレイラはアキラの肩にポンと手を置き、慰めるように言った。


「それが、一番なんだよ。僕たちには届かない世界ってのはあるものだからね」


 しかし、届いたのだ。

 アキラたちは、迷宮の冒険の果てに、人知の極みにある、神聖ともいえる存在にまで昇華した、名無しの魔道士に。


「確かに、ここの”洞窟”に出入り口があるなんざァ、ここ最近になってやっと言われ出した話だったからなァ」


 長く船乗りをしているドラックも、この島の怪しさを今まで知らなかった。

 洞窟の出入り口が開くという出来事が、よほど珍しいことなのだ。

 ひょっとすると数百年に一時期、あるかないかの話なのだろう。 


「そうだな。岸壁に洞があるというのは言われていたが、その奥に迷宮があるというのは俺も初耳だった」


 ウィトコがそう言う通りに、長くラウツカに住んで冒険者をやっていても、知ることのなかった情報だ。

 

「なんだか、寂しいわね。せっかく会えたのに、一度きりなんて」

「そっスね。悪い人じゃ、なかったみたいッスから。まあ泥棒には、厳しいみたいっスけど」 


 エルツーとクロは、心に虚しいものを感じて、そう言った。


「あんたは、魔物が出なくなってつまらんとか思ってんじゃねーの?」

「うるせえぞ、ガキが」


 カルは物怖じせずに、コシローに絡んで生意気を言うのだった。



「寂しいけど、つらい話だなって聞いてて思ったけど、でも……」


 アキラは濡れた顔をグイッと拭って、笑って皆に向き合い。


「今回も、無事に依頼達成だな!」


 仕事の成功を、素直に喜ぼうと思ったのだった。  


  

 洞窟の出入り口が開き、一同は外に出る。

 約束の時間通りに、そこには船が待っていた。


「よし、これからラウツカに帰るわけだけれど、みんな最後まで気を抜かないように! 家に帰るまで、ギルドに報告を終えるまでが、冒険だからね!」


 ルーレイラがそう音頭を取って、しかし言ってる先から船の中で酒を飲み始めた。


「酒に酔ってしまえば、船に酔わないって言うアレか……?」


 アキラも真似してみようと思い、酒を飲むが。


「きゅう」


 一杯飲んだだけで、疲れからか具合が悪くなってしまったのだった。

 水精龍の加護を半分失ったことで、酒に弱くなったわけではない、とアキラは思いたかった。



 船がラウツカの港に着く。

 降りた先で待っていたのは。


「ご苦労さま、お帰りなさい、冒険者のかた。どなたか、急を要する怪我人などは?」

「あ、フェイさん……ただ今、帰りました」


 港で研修中の衛士、フェイだった。


「アキラどの、少し痩せたか?」

「え? そ、そうかな。まあ、疲れてたし、船に酔っちゃって、結構吐いたりしたから。それかも」

「そうか。体が資本なのだから、気を付けないといけないぞ」


 そんなアキラとフェイのやりとりを、あるものは冷やかすようなニヤケ顔で眺めて。

 またあるものは、苦虫を噛んだような、つまらなそうな顔で眺めるのだった。



 ラウツカの南西沖に、日が沈んでいく。


 洞窟の出入り口は、もう開くことはない。

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