118 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(7)

 ルーレイラとエルツーは失った魔力を少しでも補給するため、超の付く希少品である魔力回復の木の実を、惜しげもなくバリバリとかじり、飲み込んだ。


「さあ、勝負よ、化け物ども!」


 手近にいたドラックとアキラに、エルツーが身体強化魔法をぶち込む。


「ウォッラアアアァ!」

 

 獅子頭の魔獣人にドラックの大ナタが振るわれ、それを剣で防がせて。


「どっせい!」


 アキラががら空きの脇腹に、トンファーによる連撃をぶちかます。


「俺も負けないっスよォ!」


 クロの棍棒が、獅子獣人の膝頭を直撃し、鈍い音を立てた。



「炎のアキラくん! ワニの毒からみんなを守るんだ!」

「シュォッ!!」


 上空に飛びあがった羽ワニが吐く毒液を、ルーレイラの指示を受けた炎のアキラくんが回し受けで蒸発させる。


「ねえ、あの石像、矢が全く効かないんだけど」


 カルの放った矢は巨大石像の胴体に命中したが、なにひとつ傷を負わせることはできなかった。


「斬りかかっても無理そうだな、チッ」


 コシローは舌打ちして、アキラとドラック、クロが相手をしている獅子獣人に狙いを定める。


「どけぇッ!」


 走りざまに振り抜いたコシローの刀が、獅子獣人の足の腱を断ち切った。

 ガクン、と片膝をつきながらも、獅子獣人は剣を振るい続ける。

 

「うぉっらぁ!」


 人間で言えば腎臓の位置に当たる、わき腹と背中の中間に狙いをすまし、アキラのトンファーが唸りを上げる、が。


「ゴゴォッ!」


 獅子獣人を守るように、動く石像の攻撃がアキラを襲った。


「んぎ!」


 なんとかトンファーでガードすることができたが、見た目通りの重い一撃にアキラの膝がカクカクと笑う。

 

 その後も、カルとウィトコが獅子獣人に向けて放った矢を、石像が自分の体を盾にして守った。


「魔物が、味方をかばう……?」


 エルツーは戦局を見ながら、敵の全体的な動きを探る。

 巨大石像は、この中では無敵と言っていい存在だ。

 それなのに、他の二体をかばう必要が果たしてあるのだろうかと、疑問に思った。


「ひょっとすると、魔獣二体を倒せば、あの石像は動きを止めるかもしれないね……」


 ルーレイラもエルツーと同じことを考えていた。

 無敵に見えるあの石像にも、おそらくなんらかの弱点、急所があるのだ。

 それは他の二体の体の中に隠されているのではないか、ということである。


 クロの動体視力が、敵の中で怪しい部分を捉えた。


「獅子頭とワニの背中に、なんか小さく光る文字があるっスよ! 真実と、勇気って書いてあるっス!!」

「この部屋に入るとき、石碑に書いてあった言葉ね! きっとそこが弱点よ!!」


 エルツーの言葉にルーレイラが反応する。


「炎のアキラくん! 全力で石像の攻撃を引きつけてくれ!」

「コアァッ!!」


 精霊戦士、炎のアキラくんが動く巨大な石像の前に立ちはだかる。

 そして、上中下段の正中線正拳突きをお見舞いした。


「ゴォガァッ!!」


 高温灼熱の拳を叩き込まれて、さすがの石像も自衛に回り、炎のアキラくんを攻撃する。

 満身創痍になった獅子獣人は隙だらけとなり。


「もーらいっ!」


 頭が下がったところに、カルの電撃蛙跳びアッパーが炸裂する。


「シィヤァ……!!」


 もだえ苦しんでいる獅子頭を、ドラックの大ナタが襲った。


「がら空きだコラァッ!!」


 ドブシャァ、っと肉を断ち切る音とともに、獅子頭獣人の背中の肉が斬られた。

「真実」と書かれて光っていたその部分が、斬撃によって真っ二つにされた。


「ゴォォォォォォ……!!」


 石像がもだえ苦しんでいるかのような唸り声を上げた。

 ビシビシビシ、とその体全体に、亀裂が走っていった。


「シュアッ!」


 炎のアキラくんのローキックが、石像に炸裂する。

 石像の左足が、バラバラと欠けて崩れて行く。



「あとは、ワニ野郎っスね!!」

「クロ、跳んで!」


 クロにエルツーの身体強化魔法がありったけぶち込まれる。

 エルツーは息も絶え絶えでその場に突っ伏したが、代わりにクロの身体能力が格段に向上し。


「ガルルルルルルルラァッ!!」


 ジャンプ一番、宙を浮いている毒ワニの喉部分に、強靭な牙で噛みつき、肉を引き千切る。


「落ちろ!!」


 そして、ウィトコの投擲したトマホークが毒ワニの翼を切り裂いた。


「ギィシュォアアアァァ!」


 地に落ちてもなお、毒ワニは口から粘液を吐き、周囲を攻撃するが。


「フグルルゥアァッ!!」


 クロが、背中に書かれた「勇気」と書かれた文字に喰らいつき、肉を抉り取る。


「ゴゴゴゴゴゴゴゴァァ……」


 二つの弱点、光る文字を撃破され、石像がその全体を崩し、瓦礫の山になった。


「どっりゃあ!!」


 アキラが獅子頭獣人の心臓、胸部に、トドメの正拳突きを放ったのと。


「シュコアァ!!」 


 炎のアキラくんが、毒ワニの脳天にトドメの下段突きを放ったのは、奇しくも同じタイミングであった。


「やった、みたいね……」


 エルツーの息は絶え絶えだが、なんとか自分の足でその場に立っている。


「僕、もうダメ……誰か、負ぶってくれよー」


 そんなことを言っているルーレイラも、まだ余裕がありそうだった。

  


「勝った……勝ったぞーーーーーー!!」


 アキラが、喜びの勝ちどきを上げた。

 ダンジョンの奥深く、馴染みの仲間と揃って、力を合わせて掴み取った勝利である。

 嬉しさも、今までの冒険の中でひとしおであった。

 が、しかし。


「うかれてんじゃねえ。状況は良くなってねえだろうが」


 コシローに水を差された。

 確かに、迷宮で出会った強敵を倒したのは事実である。

 しかし、だからと言って冒険の目的が果たせたというわけではない。


 この迷宮からどうして魔物が出て来るのか。

 そして、それを封じる手立てはあるのか。

 それらを明らかにしない限りは、仕事は成功したと言えないのだから。


 ちなみに、コシローの機嫌が悪いのはトドメを刺す機会を奪われたからであった。


「なにはともあれ、奥へ進もう。石像のやつや魔物たちはどうやら、この奥の道を塞ぐ役目だったようだし」


 ルーレイラがそう言って示した先には、確かに道が繋がっていた。

 アキラも、気を取り直して目の前のやるべきことに向き合う。


 一体、この迷宮はなんなのか。

 この先にまだ、なにかが隠されているのか。

 果たして自分たちは、無事にここから出ることができるのか。


 それらの課題を抱えて、アキラはみなと共に奥へと進んで行った。


 と、その前に。


「ルー、エルツー、なにか、羽織ってよ……」


 マントを燃やしてしまったため、下着姿、裸同然の格好でいたルーレイラとエルツー。


「見るなって言ってるでしょバカ!」


 我に返ったエルツーが、顔を真っ赤にしてうずくまった。


「俺のも使え」


 結局、アキラがルーレイラに、ウィトコがエルツーに上着を貸し与えた。


「汗臭いよ、アキラくん」

「そりゃ、そうでしょうねえ……」


 ルーレイラの抗議に、アキラが若干凹んだ。 



 狭く、暗い道を少し歩いて抜けた先には、光が満ちていた。

 大きな空間、その地面に巨大な光る印章、円形の魔法陣のようなものが描かれていたのだ。


 そして、その魔法陣の中心には。


「なんだ、客か。今回は多いな」


 髪の長い、青白い顔色の男があぐらをかいて、目を閉じて座っていた。


 歴戦のつわものであるコシローやウィトコが反応していないように、男には敵意や殺気がなかった。

 そして、こう言ったのである。


「黙ってないで、名くらい名乗ったらどうだ。俺が先の方がいいか?」

「え、えーと、すみません。俺、アキラって言います。ラウツカで、冒険者やってます」


 とりあえずアキラは自己紹介した。

 男は、アキラが名乗ると初めて目を開けて。


「へえ、龍の加護を受けてるのか。これはちょうどいいところに来た」


 と、アキラが水精龍の恩恵を受けていることを一目で見抜いた。

 アキラは以前、岩山に住む古い神に様々な加護を授かったことがあるのだ。


 そして、アキラにこのように言った。


「半分でいいから、その加護を俺にくれないか? 最近、力が弱ってきてなあ。ここの『封印』を維持しきれなくなっちまった」


 その言葉を聞いて、ルーレイラは戦慄し、そして理解した。


「こ、この迷宮のせいで、魔物が巣食ったり湧いたりしてたんじゃなくて……あなたが、今までずっと、抑えていたのか! この迷宮の仕掛けはすべて、封印を守るため……!!」


 ルーレイラの言葉に、男は笑って答えた。


「ここまで来るのに苦労したか? そいつはすまなかったな。だがここに出る魔物は、別に俺が呼んでいるわけじゃない。俺の押さえから漏れたやつや、他から迷い混んできたやつだ。俺を恨むなよ。まあ、仕掛けは全部、俺の仕業だが」


 あっけらかんと言ってのける男に、一同皆、言葉を失った。


「さて、赤い髪のやつ以外は、なにもかもわからんと言う顔をしてるな。なにから話してやろうか。順序を追って話すことになるが、長くなるぞ?」


 そして、男の長い話が始まった。



 干潮で迷宮の出入り口が開くまで、あと3時間。

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