117 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(6)

 探索は進む。

 アキラはウィトコ、ドラック、エルツーと一緒にほの暗い洞窟迷路を歩いている。


「伏せろ!」


 急にウィトコが言った言葉に、みな即座に反応し床に突っ伏す。

 頭上を、矢の群れが通り過ぎた。


「なんか、踏んじまったかァ!?」


 ドラックが自分たちの来た道を振り返る。

 特定の床を踏むことで作動する罠のたぐいかと思ったが、いまいち判然としない。


「違うな。この先にカラクリが見える。あのカラクリに近付いたから撃って来たんだろう」


 ウィトコに言われてアキラも前方を見ると、なるほど土人形の兵士らしき一隊が、こちらに弩を構えているのが見えた。

 続けて、矢が放たれてやはりアキラたちが伏している上を通り過ぎる。


「高さとかの狙いは調整できないのか……」


 そこだけは安心で、アキラはほっと息を吐いた。


「このまま匍匐で進むぞ」


 ウィトコの指示に従い、四人がじりじり、じりじり、と匍匐前進で魔法の土人形兵士に迫る。

 兵士の脚は地面と一体化して固定されていた。

 アキラたちが後ろに回ってしまえば、振り向くこともできないようだ。


「しかし念のためだ、壊しておくぞ」


 ウィトコは手斧で兵士の腕を叩き折って、その手に持っている弩を地面に落とさせた。

 ドラック、アキラもおのおの土人形をバラバラにして、完全に無力化させた。


「心臓がいくつあっても足りないわ……」


 まだまだ厄介な罠が待っているのだろうかと思うと、エルツーの気は重かった。


 

 歩みを進めて先を急ぐと、今度は部屋のような場所に四人は来た。


「扉が!」


 アキラの叫び。 

 四人がその部屋に入った途端、通路への出入り口に魔法の石壁が現れて、完全に塞がってしまった。

 部屋に閉じ込められたアキラたちは、しかしあるものを発見する。


「なんだぁ、この”石碑”はよォ」


 ドラックが部屋の中央にある、石でできた立て碑に寄って観察する。

 そこには文字が書かれていた。


『汝の罪を告白し、悔い改めよ』


 内容はそう言う意味であった。


 そして、ゴゴゴ、ゴゴゴと鈍い音が頭上から鳴り響く。


「おいおい……」


 アキラは絶望の声を上げた。

 天井が、緩やかに下に降りて、アキラたちに迫って来ているのだ。


 出入り口は塞がれている。

 逃げ場は、ない。


「どどどどうするよオイィ!」

「支えろ!」


 一番背が高く、力の強いドラックが天井に手をついてその落下を防ごうとするが。


「だ、ダメだァ!! 四人でも全然持てる”重さ”じゃねェぜェこりゃァ!!」

「くっ、あたしの強化魔法で……!!」


 エルツーはそう意を決して、ドラックにありったけの魔法を施そうとするが。


「ま、待って、エルツー! 石碑の通りだ!」


 アキラがそれを制止し、みなに言った。


「みんなが心に隠してる、悪いことをした告白をすればキッと!」

「そ、そんなの、どうすればいいのよ!」


 アキラは、つい先ほど犯してしまった罪を、大声で懺悔した。


「さっき、エルツーのパンツ見ちゃった! ごめん! こんなの穿いてるんだ、意外だなとか思っちゃった!!」

「なっ……」


 急にそんなことを言われて、エルツーはこの危機的状況の中、顔を真っ赤に染めた。

 じりじり、と天井はまだ落下を続ける、が。


「オォ!? か、軽くなったぜェ!!」


 これなら、ドラックの力で今しばらくは辛抱できそうなほどに、天井の重みが減った。


「つ、罪に思ってることって言われても……!」


 エルツーは一瞬だけ考え込んだが、意を決して想いの内をさらけ出した。


「フェイねえに借りてる本、お茶をこぼしてダメにしちゃったけど、まだ返してない! ごめんなさい! いつか買い直してちゃんと返すから!」


 その告白に、さらに天井の落下は緩まり、重さを減らす。

 余裕が出て来たからか、ドラックも自分の罪を頭の中から絞り出す。


「お、俺も、前に”ダチ”の奥さんと、一晩”いいコト”しちまったァ! 許してくれェ!!」


 割と地味にヘビーな話であった。

 

 最後に、ウィトコが長い沈黙のあとで。


「……友を、仲間を、俺のせいで失った」


 それだけぽつりと吐露し、天井の落下は完全に止まった。


 条件は満たされたと見えて、部屋の片隅に別の道へと続く出口が現れたのだった。


「アキラ、終わった後でゆっくり話があるわ」


 ジト目でエルツーがアキラを責める。


「もう、いいじゃん、事故みたいなもんなんだし……」


 罠は解除したが、若干のわだかまりをパーティーに生む結果になった。



 その後もアキラたちは滑る地面に翻弄されたり。


 虫が大量にひしめいている部屋に閉じ込められたり。


 なぜか洞窟の中に木が生えており、何度も同じ、見覚えのある木に出くわして、似たような場所をぐるぐる回ったり。


 七難八苦を乗り越えながら、迷宮の奥へ奥へと着実に歩みを進めていた。



『エルツー、そっちはみんな無事かい?』


 音の魔法石を通し、ルーレイラから連絡が来る。


「ええ、なんとか。散々な目には遭ってるけど、今のところみんな生きてるし、大怪我もしてないわ」

『それは良かった! いやあ、こちらも七転八倒なのだけれどねえ、クロもカルもカタナ男も、勘が良いおかげでなんとか乗り切ってるよ』


 別働隊も全員、無事のようでアキラたちは安堵の笑みを浮かべる。

 魔物と遭遇して戦うこともあるが、戦闘要員が充実していることもあって危なげなく処理できていた。


「でもあたし、回復の魔法を使いすぎちゃって、そろそろしんどくなって来たわ。ルーレイラ、魔法力回復にいい木の実を、いくつか持ってたわよね?」

『ああ、まだ残っているから、合流できれば渡したいところだけれどね。そっちの音魔法の石にも、魔法を込め直さなきゃいけないし』


 二人が使っている魔法の音声通信石は、いわばバッテリー方式である。

 使えば使うほどに残りの使用時間が減ってしまうので、ルーレイラが再び魔力で充電し直さなければいけない。


「って、ちょっと待って。また石碑みたいなのがあるわ」


 アキラやエルツーたちが進んでいく先に、文字の書かれた石碑が建っている。


『こっちにもあるよ。なになに、真実を求めるものはこの扉を開け、と書いているね』


 ルーレイラは自分たちの前に建っている謎めいた碑に書かれた文字を読み上げて伝えて来た。


「こっちは、勇気を示せるものだけがこの先に進め、ってことが書いてあるわ」


 石碑の向こうには、大扉がある。

 中の様子はわからないが、アキラは嫌な予感がした。


「大物がいるかもしれない」


 直感の働くタイプではないアキラだが、このときは珍しく、仲間にそう伝えた。


『こっちもなにか嫌な予感がするね! 準備と覚悟をしっかりして中に踏み込むとしよう!』


 ルーレイラたちも、この先に大きななにかが待ち構えていると判断した。

 

「エルツー、薬屋さんで買った滋養強壮剤みたいなの、全部あげるよ。なにかの足しになれば」


 アキラは手持ちの道具から、エルツーの回復に効果がありそうなものを渡した。


「ありがと。もし戦闘になったら気を付けてね。無茶すんじゃないわよ」

「わかってる」



 全員が手持ちの武器を確認し、いざ、扉の中へ。


 ルーレイラたちの組も、アキラたちと同じタイミングで扉を開けて踏み込む。


 中には大きな大きな空間があり。


「あ、アキラくん、エルツー!」

「ルー! みんな!」


 ルーレイラたちの組と、その空間でアキラたちは無事に合流できた。

 しかし。


「フシュルルルル……」


 奥に、獅子の頭と蛇の尾を持った巨大な獣人型の魔獣らしき化物。

 カイト神聖王国、幽霊の遺跡で遭遇した合成魔獣人によく似た魔物で、大剣を持っている。


「ギュギョギョ、ギョイー」

 

 その隣に、巨大なワニやトカゲを思わせる腹這いの、翼を持った爬虫類型の怪物。

 ラウツカの北城壁に現れた魔物の群れ、その中にいたトカゲの合成獣によく似た魔物。


「ゴゴゴゴゴゴ……」


 その二体の魔物のさらに奥には、巨大な人型の石像が屹立し。

 動き出して、手に持った石斧を構えた。

 

 そして、案の定、アキラたちが入ってきた扉は、固く閉ざされてしまうのだった。


「倒さないと、出られないってやつね……!」


 アキラはいっそう気合いを入れ直し、敵を見据える。

 自分が相手にするべきは、ひとまず獅子頭の魔獣人だろう。

  

「ふっ!」


 誰よりも早く動いたのは、ウィトコだった。

 彼の放った手投げ斧が、一番近くにいた毒ワニの羽の付け根めがけて飛んでいく。


 しかし

 ガギン! と言う音が鳴り、ウィトコの斧は弾かれた。

 獅子頭の獣人の大剣が、毒ワニを守ったのだ。


「クソ、やっぱりアイツ、手ごわい……!」


 一度、似た魔物と戦った経験のあるアキラには、その恐ろしさがよくわかっていた。


「アキラくん! 僕が合図したら、火の薬を炎の中にぶちこんでくれ!」


 ルーレイラは自分の荷物の中から一握りの灰を床に撒く。

 そしてブツブツと精霊への祝詞を唱え、綿と麻で作られた火口(ほくち)に火種を作る。


「今だ!」

「わかった!」


 ルーレイラの声に合わせて、アキラが火の中に火薬を入れる。

 バァン! と大きな音が鳴り響き、小さな魔法の火柱が立つ。


「手の空いてるみんな! 燃やして構わない物をこの中に投げ入れてくれ! 早く!」


 クロやアキラ、ドラックやウィトコ、カルが戦いの隙を見て火柱の中に燃料や布巾など、戦闘に不要不急のものをどんどん投げ入れる。

 ルーレイラもエルツーも、自分のマントを脱いでその中に放り込んだ。

 火柱は勢いよく燃え盛りその大きさをどんどん膨らませ。


「シュコァーーーー……」


 精霊戦士、炎のアキラくんが、文字通り爆誕した。


 激戦が始まり、みなの闘志が燃え上がる。


 次の出入り口解放まで、残り4時間となっていた。

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