116 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(5)
服を溶かされてしまったエルツーのために、アキラたちは探索の足を止めている。
「ああもう、見ないでよ絶対! 見たら殺すからね!!」
「誰も見ないっスよ、エルツーの体なんて」
エルツーは、運よく無事だった荷物から替えの下着を身に付けて、その上にマントを羽織った。
洞窟の中が温かかったのでマントを脱いで移動していたこと、そして靴がなぜか溶かされていなかったことは大いに幸いした。
「しかし、なんの意味がある魔物なんだ、あれ……?」
アキラが疑問に思うように、エルツーの衣服以外にこちらの損害はない。
「魔物特有の、瘴気の匂いがしなかったっスからね。魔物じゃないかもしれないっスよ」
クロの言うとおり、服を溶かす物体Xはこの迷宮に満ちた精霊魔法が生んだ、バグのようなものであった。
ダンジョンを生成、変形する魔法プログラムにエラーが存在し、生じてしまった物体だ。
もちろんそんなことを、魔法に疎いアキラは知る由もない。
疑問は疑問のまま、探索を続けるのであった。
少しの間歩き続けた、そのとき。
「なんの音っスかね。ズ、ズって、壁が小さく鳴ってる気がするっスけど」
クロが真っ先に気付いた異変。
なにかが飛んできたり、落ちてきたり、魔物が迫って来ているというわけではないが。
「通路の壁、なんか狭くなって来てね?」
カルが何気なくそう言って、アキラたち全員、顔面蒼白になった。
「走れーーーーーーーー!!」
全力ダッシュで迫り来る壁の通路を走り抜ける四人。
「ぎゃん!」
その途中で、エルツーがこけた。
「しっかりするっスよ!」
「クロちゃん、エルツーを担ごう!」
アキラとクロがエルツーの体を抱え起こし、肩に担ぐように持つ。
「ちょ、ちょっと! 変なところ触らないでよ!」
「気にしてる場合じゃないっスよ!!」
マントの隙間からアキラが「たまたま」見たエルツーの下着は、割と派手な真っ赤なものだった。
一目散に走り抜け、どうやら迫る壁のエリアを抜け、広間のような部屋に。
「少しは、休めるんだろうか……」
体力気力を振り絞ったアキラが、地面に座り込んで漏らす。
「特に変な感じはしないけどね……ん?」
カルがなにかを見つけたようで、近付いて皆に報告する。
「アキラ兄ちゃん! 宝箱あるよ宝箱!」
「やめろバカ。開けるな、絶対開けるなよ?」
およそ、こんなろくでもないダンジョンに唐突に宝箱が現れて、まともなものが入っているわけはなかった。
「魔物の臭いはしないっスけど、魔法の仕掛けがあったりするかもしれないっスからね」
割と欲望に忠実なクロでさえ、警戒心をあらわにしてる。
「ちぇ、勿体ないな。金貨銀貨がザクザクかもしれないのに」
カルは不満げではあるものの、素直に聞き入れて宝箱から離れるが。
カタカタカタカタカタ!
突然、宝箱に手足が生え、蓋を顔か口かのように開け閉めしながら走って迫ってきた。
「開けてないのに反応するなよ!」
アキラの前蹴りが、仕掛け宝箱にヒット。
ガシャンと壁際に宝箱を吹っ飛ばしたが。
カタカタカタカタカタカタカタカタ!!
より一層元気に、まるで敵意をむき出しにするかのように襲い掛かってくる。
「なんスかコイツは! 動きが気色悪いっスよ!!」
ガゴン、ガゴン、とクロの棍棒打撃が一発、二発。
ボディのあちこちを凹ませながら、なおも魔法の仕掛け宝箱は動きを止めない。
結局、やたらとタフな魔法宝箱をアキラとクロとカルの三人で取り囲んでボコボコにし、大人しくさせるまでにかなりの時間と体力を使ってしまった。
「エルツー、ちょっとでいいから、回復魔法を頼む……」
「こっちも、ヨロシクっス」
「俺もー」
危険度は低いが、攻略するのにやたらと粘り強く時間のかかる、純粋に迷惑な罠だった。
「時間を食っちゃったわね。先を急ぎましょう」
エルツーが全員を魔法で小回復し、四人は進む。
宝箱の部屋を出ると、真っ直ぐな平坦な道だった。
「こういうなにもないところが逆に怪しいよな……」
アキラは周囲を注意深く観察しながら歩く。
「音や匂いだと、特におかしなことは近くにはない感じっスけどね……」
クロの嗅覚聴覚による感知では、周囲に異常はないようだが。
「それでも気を付けてね。この迷宮全体、おかしな魔法の気配が渦巻いてるから。あたしじゃ細かいこと、全然わからないわ」
エルツーの言うように、どんな仕掛けが施されて待ち構えているのか、誰にもわからなかった。
そして、わけもわからないまま。
「わー!」
アキラたちは、突然音もなく地面に開いた魔法の落とし穴に落とされた。
ざばん、と落ちた先は、深さのそれほどのない地底湖のある空洞だった。
「いたたたた……みんな、無事か!?」
「なんとか……」
カルの返事があり、クロのくしゃみ、咳き込むエルツーの声が聞こえた。
とりあえず全員無事のようだとアキラは安心したが。
「真っ暗すぎて、なにも見えないわね……」
服に付いた水気を手で払いながら、エルツーが言う。
持っていた灯りが水で消えてしまったために、迷宮の中は暗闇に包まれていた。
というわけでは、なかった。
「な、なに言ってるっスか、エルツー。提灯は、防水構造だから無事っスよ」
腰下げ式のランプをしっかり無事に確保していたクロが言う。
「はぁ!? ど、どういうことよ? え、私以外は、みんな、周りが見えてるの!? どういう罠よこれ! どうしてあたしばっかりひどい目に遭うわけ!?」
エルツーの目が、見えなくなっていた。
「なんてこった。すぐルーレイラに相談だ」
アキラは音の魔法石を使って、別チームと通信を試みるが。
「もしもし、ルー! 大変なことが起こっちゃって!」
しかし、通信先の相手はルーレイラではなかった。
『ウィトコだ。ルーレイラの耳が聞こえなくなり、喋ることもできなくなった。身振り手振りや筆談でなんとかしているが、おそらく魔法や呪いのたぐいだそうだ』
ルーレイラたちのチームも、同じタイミングで別の種類の災難に遭っていた。
「ど、どうしたら治るか、わかりますか?」
『ルーレイラによれば、周囲になにか仕掛けがあるはずだから、それをどうにかすることで直るらしい』
結局、この地底湖の洞を探索しなければ解決はしないようだ。
「エルツー、俺たちで仕掛けを探すっスから、むやみに動き回らないで待ってるっスよ」
「ええ、お願い……」
眼の見えないエルツーの護衛をカルに任せ、アキラとクロが周囲の怪しい箇所を探す。
地底湖は広さもそれほどではなく、ただの大きい水たまりと言っても良い規模だった。
「魔法の仕掛けって言っても、俺たちじゃよくわからないよな……」
「前にあったやつみたいに、押すだけとかならいいんスけどね……って、なんスか、これは」
クロが、さっそくおかしなものを見つけた。
それは、椅子だった。
不自然に、空間の真ん中ほどに、椅子が置かれていた。
「しかも、トゲトゲだし……」
アキラがげんなりして言ったように、その椅子は座る部分の座面と肘かけ、背もたれのすべてに、木の杭によるトゲがびっしりと付いていた。
「な、なんスかこれ? 座れってことっスか!?」
「誰かが座った重みで、下にあるスイッチとかが働く、とかかな……」
クロとアキラは、顔を見合わせる。
どちらが座るべきか。
そもそもこの仕掛けが本当に正解なのか。
「エルツーのためにも、ここは俺が」
「いやいやアキラさんにこんな役を任せられないっスよ。ここは俺が行くっス」
「……」
「……」
黙ってしまった二人を遠巻きに見ていたカルが、大声で呼びかけた。
「別に、座らなくても荷物を置けばいいんじゃね?」
その通りだと思い、アキラとクロは四人の荷物をかき集めて、椅子の上に置いたのだった。
ガゴン、と重みで椅子が下に一段下がり。
「あ……見えるようになったわ。ありがとう、みんな」
「どういたしまして」
「良かったっスね、すぐに治って」
あのとき、どちらが意を決して先に座っただろうかと考えると。
アキラもクロも、エルツーに笑顔で感謝されて、少し心が痛むのであった。
一行は、地底湖の空洞から先への道を見つけ、進んで行く。
「なんだァ、なんで”アキラ”と”エルツー”が、ここにいるんだァ!?」
「また入れ替わりか」
いつの間にか、隣をドラックとウィトコが歩いていた。
「勘弁してよ、もう……」
何度目かわからない溜息を、エルツーが漏らす。
離散し、再集合したのはアキラ、エルツー、ドラック、ウィトコ。
『いい加減にしてほしいところだけれどね、また報告だよ! こちらには僕、カタナ男、そしてクロとカルがいる! そっちは無事に揃ってるかい?』
ルーレイラの通信越しの声が元気なのが、一同にとっての大きな救いだった。
迷宮出入口の開閉まで、残り7時間。
来た道も分からなければ、これから先どうなるのかも、誰にもわからなかった。
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