115 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(4)

 走り、逃げながらアキラがルーレイラに叫ぶ。


「ルー! 距離を取って、その後どうする!?」

「なにか、あいつらを天井から叩き落とせる上手い手段があればいいのだけれどね! カルの弓はどうだい?」


 この中で弓矢を手にしているのはカルだけだ。

 

「弓だと一発撃つのに時間がかかりすぎるよ。それよりもっといい方法があるさ」


 そう言って、カルは洞窟の壁面に手をついた。


「なるべく俺から離れてね!」


 そう叫び、カルは壁に電撃の魔法を放つ。

 洞窟の内部は湿気や露に濡れていて、壁を天井まで伝った電流が、微弱ながらも巨大人面ヤモリたちを混乱させた。


「キィ!?」

「シャイシャイシャイ!!」


 叫びながら、ぼたぼたと天井から落ちるヤモリ。

 革靴を履いているアキラたち冒険者と、素肌である魔物たちとでは、相当に電気の伝わり方が違う。

 ピクピク痙攣したり、地面でのたうちまわったり、あるいは動かなくなったりする魔物がたくさんいた。


「でかした、クソガキ!」


 その機を逃さずコシローが、立ち直る前の敵に突っ込んで、めったやたらにナマス斬りにしていった。


「コシローさんばっかり頑張ってて俺、あんまり仕事してないな……」 


 残敵の確認やトドメを行いながら、アキラが力なく呟いた。



 目下の危機を乗り越えた一行は、エルツーたちと連絡を取る。

 ルーレイラが魔法石の向こうから聞いたのは、エルツーの怒鳴り声だった。


『散々な目に遭ったわよ! いきなり知らないうちに道を塞ぐくらいのおっきな岩が転がって来たんだから!』

「それで、元気ってことは大丈夫だったってことかい?」

『ええ、おかげさまでね! クロの耳が良くなかったら危なかったわ! しかもあの岩、坂道を昇って転がって来たのよ!? 信じられる!?』


 どうやらエルツーたちの部隊も、予期せぬトラブルに見舞われて洞窟の奥へと足を踏み入れる形になってしまったようだ。


「とにかくこんな事態になってしまっては計画通りにはいかない。今後の方針を決め直そう。戻るか、進むか、をね」


 ルーレイラはエルツーをなだめるために冷静に優しく話しかける。


『それに関しては、クロが気付いたことがあるらしいわ。ちょっと変わるわね』

『クロっス。あの、言いにくいことなんスけど……』


 その後、クロが放った言葉に、アキラたち四人は震撼することになる。


『帰り道も分からないっていうか、おそらく変わっちゃってるっス。音や匂いの流れが、来たときと全然別ものになってるっスから……』

「なんだって!? 今も、現在進行形でこの迷宮は姿を変えて行ってるのかい!?」


 努めて冷静に話そうとしていたルーレイラだが、あっさりと大声を出すに至ってしまったのだった。



 結局、全体の方針は「進む」と言うことになった。

 幸いにも、洞窟全体として奥に進むほど上り坂になっているという構造は変わらない。

 不確定な情報が多い中で元来た道を戻るよりも、先へ進んだ方が地上に出られる可能性が高いとルーレイラは判断したのだ。


 しかし。


「行き止まり、って言うか……どういう罠だよ、コレ」


 アキラが唖然として言ったのも無理はない。

 奥に繋がる道が、塞がれている。

 高速に動く、針、いやむしろ剣の山と言っていい、長く大きく鋭利な刃物によって。


 床からも、壁からも、天井からも、無数の剣山が飛び出しては消え、飛び出しては消え。

 やたらと高速で、なおかつ奥行きもあるので、タイミングよく走って通り抜けるということも不可能だ。


「岩を引っ掻ければ、詰まって止まったりしないかな?」


 カルがそう言って、通路に落ちていた大きめの石を罠の中に投げ入れるが。


 ジャキン! ジャキン!


 岩が、小さな石になるまで切断されただけだった。


「こういうのは、どこかに止める仕掛けがあるものだけれど……」


 ルーレイラが注意深く洞窟の床、壁面を観察する。

 そして、壁から不自然に突起している石を発見した。

 まるで「ここを押してください」と言うボタンでもあるかのように。


 だがその石を押したり引いたりしても、剣の束が高速で出入りする仕掛けは停まらなかった。


 ここでお手上げだろうか、と一行が思っていたそのとき、またエルツーから連絡が入った。


『ねえ、なんか炎が燃え続けてる通路があって、先に進めないのよ。怪しい石を押してみたけど、なにも反応ないし』

「同時に押すってのは、これかあ……やっぱり地図の描き込みと、場所も仕掛けも全然違うじゃないか……」


 ルーレイラが頭痛を覚えながら、嘆いた。



 その予測通り、通信越しに双方のチームがタイミングを合わせて石を押し込むことで、罠は解除された。


 先へ進むことができた一行が、慎重に歩を進めていると。


「カチッ」


 まるでなにかのスイッチが入ったような音が鳴り。


「な、なんだ? ルー! 大丈夫!?」


 心配になったアキラは叫んだが、返事はない。

 異変らしき異変、異音、異臭などなにもないが。


「アキラ!? なんでここにいるのよ!?」

「え、エルツー!?」


 目の前に、別れて進んでいるはずのエルツーが姿を現したのである。


「……さっきのところと、匂いが違うっスね。いつの間にか別の場所に、俺ら飛ばされちゃったみたいっス」


 そして、クロもいた。


「城壁の防衛戦以来だね、この四人で行動するの」


 おまけとして、半白髪の小生意気な見習い冒険者少年、カルもアキラと一緒に飛ばされていた。


 通信の魔法石が、ルーレイラの大声を響かせる。


『おおーい! 聞いてるかいエルツー!! 大変なことになった!! アキラくんとカルがいなくなって、ここにドラックとクロが飛んできたんだよ!!』

「安心して。アキラとカルはこっちにいるから。もう、どうなってるのよこの迷宮は。まったくわけが分からないわ……」


 エルツーは気疲れで、その場に座り込んでしまうのであった。



 編成された班が解散し、そして再編成された。

 こちらはアキラ、エルツー、クロ、カル。

 別ルートはルーレイラ、ウィトコ、ドラック、コシローが進むことになった。


「でも見事にこっち、初級冒険者と見習いしかいないね」


 全員が気付いていたのに黙っていた残酷な真実を、カルは何気なく口にする。


「まあ、クロちゃんがいてくれるから、音とかの異変にはすぐ気付くだろ」


 アキラはなんとか好材料を今の条件から探し出し、言った。

 よかった探しをしないと、気が滅入ってしまいそうになるのである。


「まあ、向こうは手練ればっかりだから心配しなくていいって思うと、気が楽っスよね」

「そうそう。前向きに考えないとな」


 歩きながらクロとアキラがそんな話をしていると。


 むにゅる……。


 と、視界の先で、なにやら動く物があるのが見えた。


「!? へ、変っスよ、魔物の匂いなんか、まったくないっス」

「コウモリか虫でも見たんじゃ……て、きゃあああああああっ!!」


 エルツーが叫び声を上げたのと、不定形の謎の物体がエルツーに襲い掛かったのは、ほぼ同時であった。


「え、エルツー! 大丈夫か!?」

「くっそ、よくもエルツーを! 覚悟するっスよォ!!」


 アキラとクロが凄んで臨戦態勢を取ったが。

 謎の不定形物体は、スササササと地面を這って、驚くべき速さで逃げ出してしまった。


「なんだ今の……って、うわ!」


 カルが安心して肩透かしを食らったのも、つかの間。


「あ、ああ、あああああああ……!」


 エルツーが自分の体を抱えるように抱き、その場に座り込んでわななき声を上げる。


「な、なななななんで!? あたしの服は!?!? え!?」


 謎の物体Xに、エルツーの服が、溶かされたのだった。

 そのとき、魔法石から別チームの連絡が入った。


『アキラァ、聞いてるかよゥ。そっちはどうだァ?』

「こ、こっちは……かなり、大変……」


 アキラは、そうとしか言いようがなかった。


『そうかァ。こっちも、ちょっとなァ』


 ドラックも、なにかを言い淀んでいるようだった。

 それはなんなのか、アキラにはなぜか予想できた。



「あたしの服、返せーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

『僕の服は、どこだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』



 洞窟の中に、衣服を失ったエルツー、そしてルーレイラの大声が、こだましたのだった。


 出入り口の次の開閉まで、残り9時間。

 冒険者たちは、ダンジョンを奥へ奥へと、進み続ける。

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