114 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(3)

 上陸した島は、全体が細長い山の形をしていた。


「それにしても思いのほか、あっさり上陸できたわね。周囲にもう魔物の気配もないみたいだし」


 洞窟の入り口が現れると言われる入江の岸壁を前にして、エルツーが言った。

 ルーレイラがその疑問に対し答える。


「ある程度の魔物は、島の主に雇われた連中が倒してくれたらしい。けれども、洞窟の出入り口が開くたびに中から魔物がうじゃうじゃ出て来て、きりがないからこちらにお鉢が回って来たというわけさ」

「確かにそんな状況じゃあ、採掘作業どころじゃないわね。魔物が湧き出るってことは、洞窟の中におかしな呪いかなにかがあるんでしょうし……」


 今回の事件、ルーレイラ以外には原因を究明して、なおかつ魔物の発生を封じることができない可能性が高い。

 ある種の魔法や呪いに精通した人材でなければ、解決は困難である。

 無人島の主はそう判断して、真っ先にルーレイラに連絡をよこしたのだろう。


「入り口が開けば、また魔物が出る。さっきの要領で俺たちが弓で迎え撃つから、そのあと突入だ」


 矢束をどっさりと抱えたウィトコが言った。


 エルツーも今回、武器である小型ボウガンの矢を多めに用意している。

 アキラたちもなるべく、彼らが撃つ矢が尽きないように、一度使った矢の回収作業などを手伝っていた。

 コシローも手ごろな石を拾うなどして、投石の準備をしているようだ。


「敵を倒すことにかけては、真面目なんだねあの人。普段は得体が知れないけど」


 カルが、よせばいいのにコシローに失礼なことを言って、睨まれた。



 まだ干潮時までにはいくばくかの時間がある。

 アキラは意を決して、再度コシローとのコミュニケーションに挑んだ。


「ゴメンね、カルの奴、生意気でさ。悪気はないんだよ」

「ふん。ガキなんてたいていそんなもんだ」


 特に先ほどのことは、気にしていないようである。

 ガキ呼ばわりされてカルは顔をしかめているが、クロが「どうどう」となだめていた。


「でもコシローさん、すごいね。二刀流もできるんだ?」

「別に大したもんじゃない」


 あいにくとコシローの方には、話を広げようとする意思はないようである。

 必要最低限の受け答えしかしない、と言う態度がありありだった。


 しかし、歴史オタクで格闘家オタクのアキラはその空気を読めなかった。

 これはアキラが空気を読めなくなるタイプであるというだけで、オタク全般がそうだというわけではない。


「千葉出身で、二刀流も使えるって、ひょっとしてコシローさんの習った剣術って、神道流系列?」

「……そうだ」


 どうやら正解だったらしく、アキラの顔がほころぶ。

 神道流系列と言うのは、古くから日本の由緒ある神社、鹿島神宮及び香取神宮に伝わっていた剣術だ。

 双方とも刀剣の神を祀る神社である。


 歴史オタクで格闘オタクでもある関東在住のアキラは、頻繁に両神社を参拝していた。

 そのため、神道流剣術とは縁もゆかりもないくせに、勝手にコシローに対して親近感を覚えたのだ。 


 アキラが空気を読めずに盛り上がっているのを、横でエルツーとクロがひやひやしながら見ていた。


「ああなるとアキラの話は止まらないわね」

「困った病気っス。コシローさん、俺でもわかるくらいうんざりしてるっスよ」


 そんな話をしながら、目的の時間が近付いて行った。



「島主のよこした手紙と、地図の情報だとそろそろ洞窟の入り口が姿を見せるはずなのだけれどね」


 ルーレイラの言うように、潮が引いて岸壁の根元部分が露わにっている。


「構えろ。来るぞ」


 コシローがそう言った。

 おそらく気配で分かるのだろう。


 その言葉を聞き、ウィトコ、エルツー、カルが矢を弓につがえた。

 岩の一部分がぼんやりと色と姿を変えて、暗い穴倉のようなものが口を覗かせた。


「キシィィィィ!」

「ギョギョギョギョ!!」


 洞窟の入り口が開くと同時に、十数匹の魔物の群れがこちらをめがけて走って来る。

 前衛はこちらの先制攻撃による弓矢、投石などで怯ませて。


「だらっしゃあ!」


 アキラの自慢の武器であるトンファーが唸りを上げて、魔物の頭を陥没させる。

 

「オッラァ!!」


 まとわりつこうとする半漁の魔物が、まるで薪のようにドラックの大ナタを振るわれ、半断される。


「気色悪いっスねえ、こいつら!! 特に目が!」


 クロは魚人たちの目や眉間を特に狙って棍棒を振り下ろした。

 

「こんなどうしようもねえ連中しかいねえのか!!」


 荒ぶりながら双刀を上下左右、縦横無尽に振るうコシローが、一人で敵のほとんどを片付けた。


 残った敵、はぐれた敵もウィトコの百発百中の矢を喰らい、動きを止めたところをアキラたちに仕留められた。


「これ以外に気配はあるか、コシロー」

「ねえ。突っ込むなら今だな」


 ウィトコは幾度かコシローと一緒に仕事をしたことがあり、その鋭敏な第六感を信頼している。

 お互いに余計なことを話さない性格なので、ウマが合うのかも知れなかった。


 出入り口の安全を確保した一行は、そのまま洞窟の中へ。

 中は緩やかな上り坂になっていて、薄暗く湿っていた。


「なるほど、ここで二つの道に分かれるのか。確かに地図に書いてある通りだね」


 ルーレイラが魔力補給のための木の実をかじりながらつぶやく。

 入口から少しすすんだところに広間があり、二つの分かれ道があった。

 左と右、両方の道から同時に迷宮を踏破し、奥にある仕掛けを同時に動かさないと最深部へ行けない構造。


「じゃあ、あらかじめ決めた班に分かれて行動しよう。密閉された洞窟の中だからね、途中少しでも気分が悪くなったら危険だ」


 ルーレイラの言葉に全員が頷く。

 準備してあった音魔法の石を、ルーレイラとエルツーがそれぞれ持つ。


 石を渡されたエルツーが言った。


「どのみち、この音の石の魔法は長くはもたないんでしょ? 次の干潮時、洞窟の出入り口が開くまでにはここに戻って来るわ」

「その通り。決められた期限はこれから半日と言うことだね。では僕らは左、エルツーたちは右。連絡は密にするように。行こうか」


 そうしてアキラ、ルーレイラ、コシロー、カルは左の道。

 エルツー、ウィトコ、ドラック、クロが右の道へと、それぞれ進んだ。



 さっそく、エルツーからルーレイラに音声が入った。


『ルーレイラ! おかしいわよこの洞窟!』

「こっちもだ。やられたねこれは……」


 やりとりしている二人は、同じタイミングで天を仰ぎ、嘆いた。


『この迷宮、地図と形が全然変わってる! 勝手に形を変えてるとしか思えない!』


 自然の風穴が侵食したとは思えない、直線的に切りぬかれた洞窟の中。

 そこは、いにしえの冒険者が踏み込んだときとは、姿かたちを大きく変えていたのだった。


「この迷宮そのものが、生きてるんだ……」


 持っていた地図の情報、そのほとんどが役立たずとなってしまい。

 洞窟の入り口が、不思議な力で閉じたのであった。


 そして、さらに悪いことに。


「おい、おかしいといえばこっちもだぞ」


 コシローが、自分たちが来た「後方」を警戒しながら、言った。


「な、なんだい? 今考えをまとめているところだから、静かにしてくれると嬉しいのだけれどね」


 ルーレイラはそう言ったが、コシローの顔が軽い話をするものではなく、真剣な表情を帯びているのがわかった。


「どうして『俺たちがさっき来た方』から、物の怪の気配がしやがるんだ!?」


 洞窟の出入り口と、分かれ道前の広場。

 その地点の安全はしっかり確認したはずなのに。


「アキラ兄ちゃん! 上だ!」


 カルの叫び声を聞き、とっさにアキラが今いた自分の位置から飛び退くと。


「しゅるしゅる……キィ」


 洞窟の天井をひたひたと伝うように、巨大な人面イモリの魔獣が、アキラたちを見て笑い、舌なめずりをしていたのだった。


「チッ、天井に逃げられると刀が届かねえ上に、数が多い……!」


 コシローが刃を振るって応戦するが、相手は素早く、しかも危険を感じると天井に逃げた。

 来た道は敵に塞がれてしまっている。

 戻ることはできない。


「みんな走れ! 距離を取って戦うんだ! 魔法で対策を考える!!」


 ルーレイラの掛け声とともに、四人は一斉に、洞窟の奥へと駆け抜けたのだった。


 次の干潮、出入り口が開くまで、地球の時間にして、あと10時間。

 アキラたちの無人島迷宮攻略は、まだ始まったばかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る