113 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(2)

 準備期間とギルドの依頼手続きを経て、後日。

 アキラたち一行は港へ向かう。


「無人島の洞窟内には、おそらくだけどいくばくかの硝石も眠ってるって話だよ」


 道の途中、ルーレイラはアキラの耳元でそう告げた。

 硝石と言う窒素化合物は、動物の糞尿や死骸が年月を経て形成される。

 無人島内の洞窟と言うことであれば、それらが堆積して自然に硝石を生み出している可能性が高いのだ。


「わかった。ありがとう」


 アキラはそれだけ言って、口を結んだ。

 

 硝石は、黒色火薬の原料として欠かせない素材である。

 もしもこの仕事を上手く達成して、アキラが島主と縁故を結ぶことができれば。

 安定的に、安価に硝石を入手することも可能になるだろう。

 

 それはアキラがこの世界で火薬を開発、実用化させようとしていることへのいい足がかりになる。

 しかし、このことはまだ少数の仲間にしか知らせていない、秘密でもあった。



「ところでさ、こんなにデカい仕事なら、もっと準備期間あってもよかったんじゃねえの」


 船に乗る前に、半白髪のカルがルーレイラに対してそう言った。


「今この時期がもっとも、洞窟に乗り込むいい機会なんだ。どうしてかわかるかな?」


 ルーレイラの出した問題にカルは小さく首を振る。

 わざわざ準備期間を削ってまで、乗り込む時期を早めたその理由とはなんなのだろうか。


「潮の引きが、一番”デカい”じきだからだろォ。明日あたり”満月”だからなァ」


 代わりに応えたのはドラックであった。

 船乗りである彼は、月の満ち欠けとそれによる海の潮位の変化には常に気を配っている。


「その通り。干潮でもっとも潮が引き、水位が下がるのが月が満ちる今の時期だ。これから行く洞窟の入り口は魔法の仕掛けで出たり消えたりするのだけれど、干潮の幅が大きい今の時期がもっとも、洞窟の出入り口が現れている時間も長いということなのさ」

「なるほどね」


 カルは、ドラックとルーレイラの説明に納得した。

 出入り口が開く時間が長い方が、冒険の安全度は上がる。

 次の満月まで半月の間を待っていれば、事態がどれだけ深刻化するかはわからない。

 乗り込むなら今このタイミングがベストなのだろう。


 カルは、この仕事にひそかに燃えて、意気込んでいた。

 と言うのも。

 

「カル、お母さん、見つかったらしいっスね」


 クロの言葉に軽く頷いたように、行方知れずだったカルの母が見つかり、ニワナという街で保護されているのだ。


「うん。今はまだ、お互い離れて暮らしたほうがいいとは思うけどね。まあ、いつかは」


 いつか、母の心と体が癒えた頃に。

 いつか、カルも大人になった頃に。

 一緒に暮らすことができる日のため、今は少しでも金銭を稼いで貯めておこうと、カルは思うのだった。



 その一方で、アキラは若干、緊張している。


「カタナ男が勝手な行動をしないように、くれぐれも注意して見ていてくれたまえよ」


 ルーレイラからそんな役目を仰せつかってしまったからだ。

 今のところ、コシローが特に問題行動を起こす様子はない。

 黙ってみんなの後ろをついて来ているので、安心と言えば安心だが。


「コシローさんはさ、その、土方歳三とか、斉藤一と一緒に幕軍にいたの? 会ったことがあるの?」


 緊張のあまり、アキラのオタクとしての癖が悪い方向に出てしまって、余計なことを聞き始めた。


「だったらなんだ」

「いやあ、ほ、本当に、噂通りに強かったのかなって……」

「……あの人らは、鬼だ。人間じゃない」


 コシローでも歯が立ちそうにない、と言うことなのであろうか。


「そっかあ、やっぱ、本当に強かったんだ」


 歴史の生き証人から、幕末剣豪ロマンを実際に聞くことができて、アキラ感無量。


 たったこれだけの会話で、いったいなにを感激しているのか、コシローはわからずに気味悪がったが。


「原田さんを知ってるか」


 思い出したように、そう話を向けた。


「原田サノスケ? う、うん、知ってるよ。十番隊隊長で、そのあと彰義隊に入ったんだよね」


 新撰組十番隊隊長、原田左ノ介は、新撰組局長の近藤勇の旧知で、槍の名手として知られた人物だ。


「あの人に、稽古をつけてもらったことがある。上野にいた頃だな。何本かは俺が取った」

「スゲエ、やべえ、マジパねえ……」

「永倉さんが一番強いって言ってたな。俺は会ったことないが」

「ファー……」


 アキラは、語彙力を失っていた。

 もっとも、一説には原田は剣術があまり得意ではないために槍の修練に励んだとも言われている。

 竹刀を使った稽古で原田から何本か取ったというコシローの話は、自慢になるのかどうなのか微妙なところであった。


 原田左ノ介は、上野で幕軍と関軍が衝突した際の戦いで負傷し、それが原因で亡くなった。

 そのことを思い出しているのか、アキラの目にはコシローの顔が、少し寂寥を含んでいるように見えた。


 調子に乗って余計なことを聞いてしまったかとアキラは少し反省したが。

 コシローは単に、退屈で無表情になっているだけの話だった。



 港から船を出してもらう手筈は、ドラックのツテにより既に済んでいた。

 一行は用意された船に船頭の案内で乗り込み、南西沖にある無人島を目指す。


「明日の朝頃に干潮の時間が来るから、そのときに洞窟の中に入れるように入口周りの魔物を蹴散らす必要があるんだ」


 ルーレイラの説明するところによると、船が接岸できる浜と、そこから洞窟の入口へ至る経路も魔物が出ているようだ。

 洞窟に入る前の段階で、上陸作戦が必要になるというわけだ。


「ある程度の敵を弓で撃つ。船を揚げる場所を確保して、上陸だ」

「敵はこっちをめがけて突っ込んで来るだけだから、やりやすいわね」


 地図を見ながらウィトコとエルツーが話し合う。


「風下に向かって弓を射られるよう、船頭に船をつける位置を伝えてくれ」

「わかったわ。たくさん敵がいないことを、今のうちに祈っておこうかしら」


 波に揺られ、風をかき分けながら、彼らを乗せた船は島へと近づいて行くのであった。



 船が弓矢の当たる距離まで島に接近した、その頃合を見計らって。

 エルツーとウィトコ、そしてカルが弓矢で浜辺にいる魔物に攻撃を仕掛けた。

 敵は、小鬼と呼ばれる怨鬼、骸骨の魔物である屍鬼など。

 そのほかに、魚の頭や胴体に人の手足が生えたような、いわゆる半漁人型の魔物もいた。


「カルお前、いつの間に弓なんて覚えたの?」


 アキラは驚いて尋ねた。


「弓は学舎で普通に習うよ。まあ、アキラ兄ちゃんが首都の武芸大会に行ってる間、ウィトコのおっさんにも教えてもらったけどさ」


 それにしても玄人はだしのしっかりした構えで、見事に魔物を矢で捉えていた。


 船が浜に揚がり、突入部隊であるアキラ、ドラック、クロ、そしてコシローが飛び降りる。


「久しぶりに、大暴れするっスよォ!」

「アキラ! 気ぃ抜くんじゃねーぞォ!!」

「わかってるよドラックさん! クロちゃんも気を付けて! ……って、うわっ!」


 驚くアキラを追い越しながら、コシローが目にも止まらぬ速さで躍り出て、真っ先に敵の首を刎ねて行く。


「うぉあああああああああああッ!」


 コシローは両手に刀を持つ、いわゆる二刀流で戦っていた。

 右手の太刀で魚人の胴を真っ二つに薙ぎ、左手の脇差で怨鬼の首を突いて抉る。

 彼がここまで鬼気迫る闘いをするのにも理由があった。


 なぜなら、先日にコシローがラウツカを留守にしているとき、街を大勢の凶悪な魔物が襲ったと、船の上で聞かされたから。

 自分のいないところでそんな楽しそうなことが起こっていた、自分がその場に居合わせなかったという怒りが、目の前の魔物たちにそのままぶつけられている。


「つまらん、こんな雑魚どもを斬っても、まったくつまらん」


 魔物の骸を蹴り飛ばしながら、コシローが苛立ちの悪態をついた。


「もう全部、アイツ”一人”いりゃあ、十分なんじゃァねえかァ?」


 その戦いぶりに、勇猛さを売りにしているドラックも呆れるほどだった。


 

 このようにしてアキラたちは、上陸点から洞窟入口までの岸と浜辺を制圧した。

 このまま干潮を待ち、洞窟の入り口が岸から姿を現すのを待って、突入する。


「先にも言った通り、洞窟の中は意地の悪い罠や仕掛けだらけだ。みんな、いっそう気を抜かないように、イイね?」


 ルーレイラが仲間たちに改めてそう言った。



 古来の魔法が大規模に施された、島全体を巣食うほどの迷宮。

 その中で自分たちを待っているのがどのようなものか、アキラは想像すらできなかった。

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