112 ラウツカ南西沖、無人島ダンジョン探索編(1)

 ラウツカ市にわずかばかりの桜の花が咲き始めた、春のある日。


「大変だ大変だ、こりゃえらいことになったぞ!」


 ラウツカ市ギルドに勢いよく駈け込んで、わめき散らす一人の赤エルフがいた。

 彼女の名はルーレイラ。

 様々な魔法技術と豊富な知識を持つ、ラウツカ市ギルドの専属冒険者である。

 

 冒険者等級は上級冒険者、第四等。

 ラウツカ市ギルド専属の中では、最も高い位を誇っている。


 しかし、本人にはまったく偉ぶるところはない。

 場末の居酒屋で飲み明かすのが趣味の、庶民派の気さくなエルフでもある。


「どうしたんです、ルー。とりあえずお茶でもいかがですか?」


 慌てふためくルーレイラを落ち着かせようと、ギルド受付嬢のリズがお茶を淹れる。

 最近、前にもまして肌つやが良い。

 綺麗になった、色っぽくなったともっぱらの評判である。

 本人的には、元々大きかった胸のサイズがさらに大きくなった気がして、若干の悩みの種であった。


「これはとんでもないことなんだよ、リズ。とりあえずウィトコやエルツー、アキラくんは来てるかな? とにかく、人数が必要だ!」


 そう言ってルーレイラは、一枚の手紙と、それに加えて地図らしきものをリズに渡した。

 リズがその内容を確認すると手紙の方には。


「南西沖の無人島、魔物の出現を確認。資源採掘業に支障あり。早急の対応を求む」


 そう書かれてあった。

 おそらく、島の主や関係者からの速報速達の類が、ルーレイラのもとに届けられたのだろう。

 ギルドでもまだ把握していない情報であり、ルーレイラの顔の広さ、情報の速さにリズは舌を巻いた。


「確か、ラウツカ港の南西に少し行ったところにある無人島ですよね」


 リズもその島のことは、話だけは聞いている。

 島の表面には鳥の糞が大量に堆積しており、肥料その他の資源として採集、利用されているのだ。

 ラウツカ近郊において、経済的に重要な資源確保地域であるのは間違いない。


「そうなんだよ、もう一つ、地図の方も見てくれ!」

「地図……これ、洞窟ですか!?」


 リズが地図を確認すると、島の全景らしき俯瞰図の中に、迷路やアリの巣のような図柄と、各種書き込みがびっしりと為されていた。

 しかも。


「そうなんだ、島の持ち主は、あの島が魔法遺跡だってことを今の今までずっと隠してやがった! あの島の内部には、古代魔法で作られた迷宮があるんだよ!」


 ルーレイラが興奮気味に語ったその言葉に、リズも驚きを隠せない。


「ラウツカのこんな近所に、失われた古代の遺跡が?」

「まったく、今になって島が魔物の住処になっちゃったから、あわてて僕のところに手紙と、地図の写しをよこしてきた! もっと早く洞窟の情報をよこしていればこうなる前に開発を進めてたってのにさ!」


 自分の持っている島の情報を独占したいという気持ちは、持ち主の心情としてわからないではない。

 なにせ、島の中に貴重な遺跡が眠っているとなると、遺跡保護のために資源採掘の事業がストップしてしまう恐れがある。


「でもこの洞窟、かなり、広いんじゃないでしょうか……」


 地図を詳しく見ながらリズが不安を述べる。

 洞窟の仕掛けや、罠などの注意点を、遠い昔に別の冒険者が書き記したものらしい。

 書かれた情報から察するに、やたらと仕掛けの多い迷宮になってしまっているのだ。


「ああ、しかも潮の満ち引きと島全体にかけられている魔法の影響で、洞窟の出入り口は一日に二回しか姿を現さない!」

「入るのも出るのも、半日単位でしか動けない、ってことですか……」


 一度入ると、半日は洞窟から出ることができない。

 一度洞窟から出るタイミングを逃すと、次の機会は半日後。


「とにかくリズ! めぼしい冒険者がギルドに顔を出したら、他の仕事を受けないでここで待ってくれるように言っておいてくれ! 僕はちょっと必要な準備をしてくるからね!」

「はい、わかりました。何人くらい必要ですか?」

「手が空いてる面子は、全員確保だ! 戦闘要員もそれなりに必要だからね! 頼んだよ!」


 慌ただしく、ルーレイラは駆け足でギルドを出て行った。



 ひとまずドラックに話しを付けて、ウィトコの身柄を確保しよう。

 それから集まった面子と大まかな方針を相談しようと思い、ルーレイラは足早に歩く。


「くそう、こんなときこそ、あの黒エルフのお嬢さまの出番じゃないか……いったいどこで、なにをしてるってんだ!」


 この場にいない、かつて共に戦った小さな勇者のことを思い出し、ルーレイラは嘆くのだった。



 ルーレイラが去った、冒険者ギルド、ラウツカ支部。

 そこに一人の冒険者が仕事を求めて、足を運んだ。 


「物の怪退治かなにかの仕事はあるか」


 いや、冒険者と呼べるかどうかは疑わしい。

 彼、幕末維新期から転移してきたコシローは、剣客であり、人斬りであり、兵士なのだから。


「あ、コシローさん。おはよう」


 同じく、ロビーにいた転移者日本人仲間のアキラと鉢合わせる。

 コシローは文字が読めないので、アキラに掲示板の内容を聞こうと思っていたのだ。

 アキラは少し悩んだが、結局、伝えることにした。


「それがさ……なんか、無人島に魔物が出て、それの調査と討伐があるんだって。ここで待ってれば、後からルーが来て説明してくれると思う」

「赤毛の耳長か」

「うん、今、ウィトコさんの家に行ってるって」


 コシローが自分たちと一緒にパーティーを組んで、冒険に出てくれるかどうか、アキラにとっては未知数であった。

 しかし、リズの言葉によると「戦闘もしっかりこなせるもの」が今回の依頼は必須だという。

 コシローがやる気になってくれて、自分たちと協調してくれるなら、百人力だと思い、アキラは誘った。


「ふん」


 興味があるのか、それともないのか。

 コシローは大人しくロビーの椅子に座り、時間を潰すために一人で将棋を指し始めた。

 とりあえずのところ、ルーレイラの話を聞くつもりではあるようだ。


 そこに、赤茶髪の強化魔法使い少女、エルツーもやって来てコシローに声をかける。


「あら、やってるじゃない。新しい詰将棋考えたんだけど」

「並べてみろ」


 二人はロビーの席で向かい合い、将棋の研究を始める。


「この角は要らないだろ」

「そう思うでしょ? でも最後で効くのよ」


 アキラがちょっと覗いてみたが、レベルが高すぎてさっぱりわからなかった。


「ういーっス。これ、山猫亭のマリから皆さんに差し入れっスよ」


 その後、白毛狼獣人青年のクロが、サンドイッチらしきパン惣菜をバスケットに抱えて、やって来た。


「どんどん、集まって来たなあ……」


 なにやら賑やかになり始めたギルドのロビーで、アキラはさらに訪れた半分白髪の見習い少年、カルを出迎える。

 眠たそうな目をこすりながら、カルも驚いて言った。


「ふわぁ。なにこれ。どういう集まり? 祭りの話し合いかなにか?」

「ある意味、どでかい祭りだよな。ダンジョン攻略なんて」


 仲間がこうして一同に会するのは、意外と珍しい。

 アキラは冒険への不安を抱きながらも、大きな仕事が始まる予感に胸を膨らませていた。

 

「オウオウ、漁が忙しいこの時期だってェのに、どうしてもって”博士”サマが言うから来てみたけどよォ。随分な”大所帯”になりそうだなァ!?」


 そこに、船乗り兼冒険者の竜獣人、ドラックも加わった。



「ある程度集まったようだね!」

「とりあえず8人か」


 発起人のルーレイラが、ネイティブアメリカン、スー族の転移者である朋友、ウィトコを連れてギルドに現れた。


「ウィトコさん、膝、大丈夫?」


 アキラはウィトコの古傷を気遣って言った。

 アキラがこの世界に転移して来るより前に、ウィトコは仕事で大型の魔物討伐に向かい、大怪我を負った。

 その後遺症で、片足がたまに攣るように痛いと言っていたのだ。


「暖かくなってきた。問題ない」


 案外と、調子は悪くないようである。

 引きずっているようなそぶりもほとんど見られないので、強がって言っているわけではない。


 アキラは、ハッキリとした冒険、魔物討伐の仕事でウィトコと一緒になるのは、実はこれがはじめてであった。


「で、カタナ男も話を聞いてくれるのかな? 勝手な行動をされると困るから、気が乗らないなら辞退してくれて構わないよ?」


 ルーレイラは、居並ぶ面子の中で最大の懸念であるコシローに、そう念を押し確認した。


「細かいことはお前らで決めろ。俺は敵を斬り殺すだけだ」


 ひとまずこの冒険を、ルーレイラが仕切ることに特に異論はないようだった。



 転移者で空手使い、横浜生まれラウツカ在住のアキラ。


 同じく転移者で、上総五井の剣客、コシロー。


 ラウツカの生まれ育ち、利発で強化魔法も得意なエルツー。


 北方出身、鋭敏な聴覚嗅覚が自慢のクロ。


 公国首都からラウツカに来た、才気煥発の電撃少年、カル。


 勇猛さと頑健な体が売りの豪傑、リザードマンのドラック。


 弓術、投擲攻撃の達人、テキサスの荒ぶる馬、ウィトコ。


 そして一党の指揮を執る、ラウツカ専属でただ一人の上級冒険者、ルーレイラ。



「この8人を、二つの班に分けて今回は仕事に当たる! お互いに連絡が取れるように、音の魔法石を持ってね!」


 ルーレイラが言ったことに、エルツーが怪訝の意を示した。


「探索しながら戦うんでしょ? 戦力を分散させるのは危険なんじゃない?」

「僕もそう思うのはやまやまなのだけれどね、残念だがこの迷宮はよほど意地の悪い設計者が作ったと見える!」


 そう言って、ルーレイラは居並ぶ面子の前に、大きく描き直した地図を広げた。


「ここには『二か所の仕掛けを同時に動かさなければ、次の階層へ行く扉が開かない』と書かれているのだよ」


 しかも、おのおのの場所へたどり着くためには、洞窟に入ってすぐに二手に分かれる必要がある、と。

 地図を見ながら、ウィトコが訊いた。


「班分けはどうする」

「僕の方にアキラくん、カル、そしてカタナ男だ。他はウィトコに付いてくれたまえ。誰か、異論はあるかい?」


 一方の班はルーレイラ、コシロー、アキラ、カル。


 もう一方の班はウィトコ、ドラック、エルツー、クロ。


 単なる思い付きではなく、ルーレイラなりに戦力や探索能力の均衡を考えた班編成であろう。


「あたしはないわ。これでいいと思う」


 難しい顔で少し思案したのち、エルツーがそう言ったので、アキラやクロも安心してその班編成に納得した。

 

「それじゃあ、さっそく準備に取り掛かるよ、みんな! まずは必要な道具の洗い出しからだ!」


 ルーレイラはそう言って手を叩き、全員を椅子から立ち上がらせた。


 

 今までの仕事とは全く勝手の違う、新しい体験。


 本格的、大規模なダンジョン探索に、アキラは緊張と興奮をその体中で感じていた。

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